第10話

「盛り上がってるとこ悪いけど、もう店閉めの時間だよ」


 町丘さんの一言で、僕と相良さんしか店内にいないことに初めて気づく。今、何時だろ。時間のことなんて全然気にしてなかった。タクシーで帰るのもったいないな……。給料日前でだいぶ財布の中身が寂しい。


「ご馳走様」


「あいよ」


 カラン、とドアベルの音。僕と相良さんは店を出た。小さな屋根がついているのだが、外はまだざあざあぶりだ。店を出る前に確認したが、2人とも傘を持っていない。折り畳み傘を入れておくんだった。そう後悔していると、相良さんが肩がぶつかるくらいまでそばに来ていた。逞しい腕。雨を避けるために、この距離にいるんだ。変な勘違いをしちゃダメだ。


「……始発まで、どこかで待つ?」


 言いづらそうに、彼が言う。顔は困惑している。僕は、ちょっと言葉に詰まる。けど、これもなにかの縁かもしれない。悪い人じゃ、なさそうだし。


「そうします」


「じゃあ、俺がよく使ってるビジネスホテルでいいかな」


「はい。大丈夫です」


「じゃあ、走っていくけどついてこれる?」


 茶化すような視線。けれどそれも、嫌味っぽくなくて。僕はゆっくりとうなづいた。


「じゃあ、せーので行くからね」


「は、はい」


「せーのっ」


 ぱしゃぱしゃぱしゃぱしゃ。雨の音。通勤鞄が濡れないように抱っこして走る。相良さん、足早い。やばい、ついていけないかも。そう思って、「待って」と手を伸ばそうとした瞬間、ばちりと彼と目が合った。手の先が、彼に触れる。冷たい雨の中、伝わる熱。彼が僕の手を掴み、引き寄せてくれる。一瞬、時が止まったように。気づけば2人でどしゃぶりの雨の中立ち尽くしていた。


「……俺が引っ張るからもうちょっと頑張って」


 少しの間(ま)。その直後、相良さんが僕の手を引いて走り出した。1人で走るより、安心する。

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