第12話 むかしむかしあるところに

「OK、初音ちゃん!ちゃんと制服という礼服に着替えたわ!いつでもきて!!」

初音は好きと言ったもののやはり呆れてしまう。

彼女の言動や行動はいつも不可解だ。

「先輩・・・お言葉ですが、来てほしいのは私の方です。どうでもいいので、早く本題に入ってください。」

「冗談よ。頭が固すぎる。もう少し貴女もウィットにとんだ会話に対応するべきよ。」

「どうでもいいので、早く話してください。」

「貴女も偉くなったものね。まぁ、今日は無礼講よ・・・。じゃあ、今度こそ話してあげましょう。むかしむかしのお話を。」

そう言うと薫は初音を抱き寄せた。なんだかんだで最後はこうやって優しくてかっこよい薫になるのは意地悪だ反則だ。そして初音はその度に胸が高鳴る。

そんなことを考えていると、ぽつりぽつりと薫が語りだした。


「むかしむかし、あるところに・・・それはもう、すごぉぉぉぉぉくふしだらな少女がいました・・・。」


二年前。

薫は高校一年生の頃から手癖が悪かった。年上のか弱く可憐な先輩を誘っては片っ端から「いただきます」をしていた。それはもう自他認める大食漢。勿論、先輩だけではない。薫は雑食だ。同級生もおいしくいただいていた。

そんな彼女の食堂は図書室。そこでランチ、ブランチ、ディナー。時にはモーニングも。

女の子は好物だ。とてもとても好物だ。しかし、好きなものをずっと食べていると、こう・・・胸やけを起こしてきた。


「あー。つまらない。でもやめられない。けど、つまらない。」

薫は最近マンネリ化してきた生活にうんざりしていた。食べるという趣味に。

趣味なんだからやめるつもりは毛頭ない。だが。

「趣味はもっと持つべきね。そればかりしてたら、飽きちゃう。私、飽き性だし。」

女の子を食い物にした後、いつもあれやこれやと探すが、一向に見つからない。

やはり、趣味は一つでいいのかしら。

そう思って時は過ぎ、薫、高校二年の春。


いつもの図書室で女の子をいただいた後、口を拭きながら本棚と本棚の間から出ようとした。


ガタリ。


誰かがいる。向こうの本棚だ。

薫はできるだけ近づいて、本棚の影から覗いてみた。

すると、そこにいたのは黒髪の可憐な乙女。

「わーぉ。超好み!!久々のヒット作。誘ってみーよぉーっと。」

だが、薫はぴたりと立ち止まった。


黒髪の乙女はこの上なく幸せに満たされた表情で本を抱きしめたまま瞳を閉じていたのだ。

薫は今まで様々な女の子の幸せを満たしてきたが、このような表情の幸せは見たことがなかった。


何をしているの?何がそんな表情にさせているの?


じっと薫は彼女を見つめた。

すると彼女は、こう呟いたのだ。


「究極の愛の形だわ・・・。」


乙女は陶酔した顔で本見つめる。そして、また一言。


「あなたは、私を知りますまい。」


乙女はうっとりと本を見つめると、それを本棚に戻す。

「大変、もうすぐ図書室が閉まってしまう。帰らないと・・・。」

そして乙女は慌てて図書カードを誰もいない受付に置くと慌てて去っていった。


「究極の愛の形・・・?なにそれ?馬鹿みたいな台詞ね。」

とはいえ、薫は気になって仕方がなくなり彼女がしまった本を取り出してみた。

「泉鏡花『外科室』・・・?なにこれ?てか、誰が書いたのよ?同じ“いずみ”とか超腹が立つんですけど。」

残念なことに薫は文学、殊に文豪が書いた小説など全く興味も知識も持っていなかった。それどころか、童話ですら興味がなく何一つあらすじを言うことができなかった。それほど、彼女は物語に対して全く興味がないし理解するつもりはない。

だが、乙女の言葉が気になり薫は興味本位で『外科室』を開いて読んでみることにした。


暫くして。

「・・・なにこれ、信じられない。」

読み終わった薫の頭に“?”がずらっと並ぶ。

「どうして死ぬのよ。馬鹿じゃないの?一度会っただけなのよ?何にも触れ合ってないのよ。意味わからない。なのにどうしてそんなに愛して死ぬのよ。“あなたは、私を知りますまい”そりゃそうでしょうよ。何が言いたいのよ。」

そんな愛の形、薫には全く理解できなかった。

キスをして抱き合って抱き合って、愛は生まれると思っていた。

なのに彼らは何一つしていない。なのに・・・死を選ぶほど愛していたのだ。


「馬鹿みたい。」


そうは言ったものの、乙女の言葉が引っかかる。

“究極の愛の形”

究極?抱き合ってないのに?


そこで、薫は自分に対する矛盾を感じ始めた。

薫はいつもキスして抱き合って抱き合って。でもだから、そこに愛は生まれたのか?いいや生まれてはいない。薫は全く愛を知らない。

愛の形。

抱くことだけが愛じゃないのだろうか。

一度会っただけ。それだけ。それだけで死を選ぶほど二人は愛しあっている。

そんな愛の形、見たことがない。つまり、それが究極の愛の形なのか?


「わかんない。」


薫はため息をつくと、そっと本棚に戻した。

とはいえ、乙女が気になる。行動派の薫はいてもたってもいられなくなり、彼女が置いた図書カードを見てみた。


「・・・涼宮初音。一年生だわ。」


そして、それから自分でも信じがたい行動に薫は出た。

初音の図書カードを見てはその本を探して読んだ。

毎日。

たくさん本を読んだ。

でもそれにはどれも共通点があった。

どれもこれも直接的な表現・・・性交を表す表現はない。

なのに愛し合っていることがわかる。美しい文章で抱き合うより美しい表現を。


「こんな愛の形、知らない。」


しかし、その言葉は初めて『外科室』を読んだ時の気持ちとは明らかに違っていた。


「私、そんな恋がしたい。この気持ちを自分で確かめたい。私、『外科室』の真意を知りたい。」


そして、初音のことが同時に気になる。

彼女は自分が到達していない領域に達している。彼女は誰よりもロマンチストで誰よりも聡明だ。薫にたくさんのことを教えてくれる。


「私、彼女のこともっと知りたい。」


だが、どう出ればいいのか分からない。あの薫が・・・だ。誰よりも純粋で美しい初音をどうやって話せばいい。

薫のことだ、すぐに何かを言って失態を犯すに決まっている。初音に嫌われたくない。きっかけがない。嫌われたくない。話したいのに。聞きたいことはたくさんあるのに。彼女に近づくのが怖い。近づいてはならない。


「私、こんなに貴女の事を想っているのに・・・あなたは、私を知りますまい。」

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