第11話 そして魔法は解ける

「和泉先輩!和泉先輩!!」

どんどんとドアをノックする音が聞こえて、碧が中から出てくる。

「あら、どうしたの?」

「和泉先輩はいますか?私です、涼宮初音です!」

「ですって。よかったわね、薫。」

すると、もう寝ようとしていたのかジャージ姿の和泉薫が顔を出した。


「初音ちゃん、こんばんは。でも、来るならもっと早く来てよ。私、貴女とはジャージで会いたくなかったわ。どこの世にジャージの王子様がいるのよ。」

すると初音は碧をすり抜けて薫の元へ駆け寄った。

「先輩は何を着ていても先輩です。私の憧れの先輩です!!」

「よかった。提出期限に間に合って。私、締め切るところだったわ。」

それを聞いて碧は呆れる。

何が締め切るだ、先ほどあんなに馬鹿騒ぎしていたのは誰だ。


「よく言うわね。だから貴女は意地悪なのよ。」

「シャラップ!!邪魔者はさっさと消えなさい。今から初音ちゃんとピロートークするんだからね!!」

「何がピロートークよ。何がプラトニックよ。馬鹿じゃない?貴女、時々意味も分からず英語もどき使うのやめなさいよ。まぁいいわ。私、談話室で時間つぶしているから好きなだけピロートークしてなさい。」

碧は散々、薫を馬鹿にすると手を振って部屋を後にした。


「さ!て!と!!初音ちゃん、何をお話ししに来たの?」

すると初音は無言で指輪を薫に差し出した。

薫にもらったお城に戻るための指輪。

「あら、懐かしいもの持っているじゃない。これ、私にどうして欲しいの?」

「はめてください。私の指にはめてください。左手の薬指に。」

「どうして、はめて欲しいの?」

初音は今までで一番意志を持った目で薫を見据える。

そして、深呼吸をすると大きな声を出す。


「なぜなら涼宮初音は和泉薫が好きだからです!」


「・・・それは理想の和泉薫に言ってるの?」

すると、初音は背伸びをすると薫の唇に自分の唇を寄せた。

百戦錬磨の薫とちがってそれは不器用なキスかもしれないが、初音の精一杯を込めてキスをする。

「私の憧れの先輩は意地悪です。でも好きです。妄想の理想は捨てます。私が好きなのは和泉先輩。先輩はいつだって理想そのものです。本当の和泉先輩に戻ってください。私、どんな先輩も好きです。どんな先輩であっても私の理想の先輩です。」

「エクセレント!!いいレポートだわ。」


薫はそう言うと初音の薬指に指輪をそっとはめた。そしてその指輪にキスをする。

お姫様に王子様がするように。

ここはお城。

茨のお城の魔法が解け始める。初音の妄想で育った茨が消えていく。


「ついでに貴女のキスも加点要素にしてあげる。」

薫はふわっと初音を包み込むとそのままぎゅっと抱きしめた。

初音は薫にしがみついて泣く。

「ごめんなさい。先輩。私、先輩の魔法を解きたい。いつも通りの先輩に戻ってください。意地悪で不道徳で最低な本当の先輩に戻ってください。」

「・・・初音ちゃん、それ言い過ぎよ。でも、まぁ許す!!私、やっと完全に魔法解けた!貴女の妄想理想の魔法から!あー!スッキリした!!」

そして、薫は初音の泣き黒子にキスをする。涙をぬぐうように。いつかそうしたように。

「泣かないでよ、私が意地悪しているみたいじゃない。」

「意地悪です。先輩は意地悪です。でも好きです。」

「これよ!これ!!今走り出した二人のラブロマンス!!」

初音は薫の胸に顔をうずめながら一言呟いた。

「雰囲気が台無しになりますから、そういうのやめてください。」

「わかってるわ。ごめんね、初音ちゃん。大好き。」

薫は、初音の額にキスをする。

やはり、薫は王子様だ。初音は再び自分を恥じた。

「自分を恥じるのはやめなさい。貴女、すぐに顔に出る。」

薫は何でも初音のことを分かっている。薫は最初から、ずっと初音だけを見ている。理解している。

・・・しかし。


「先輩、一つ教えてください。先輩は、どうして私が好きなのですか?いつ好きになったのですか?先輩はいつ私に初めて会ったのですか?」

「貴女、欲張りね。全然一つじゃないじゃない。」

そう言うと、薫はベッドに座った。そしてここに座りなさいと初音に指示する。

その顔はいつになく嬉しそうで、誰よりも綺麗で。

初音が薫に見惚れていると、それに気づいたのか薫はふふっと笑った。

「なんとなく、気分がいいから教えてあげようかな。私の昔話。事実は小説より奇なの。」

薫はそう言うと、初音の頭をポンポンと叩いた。

そして、本棚から『外科室』を取り出すとゆっくり語りだす。昔の話を。


薫と初音の出会いの話を・・・。


「あ、ストップ!!ちょっと待って。その前に着替えていい?私、形から入るタイプなの。怒らないでよ。こういう時ってCMでよく引っ張るじゃない。それと一緒よ!」


薫は薫であった。

だがそれも今の初音にとっては、嫌な気はしない。

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