第13話 事実は小説より奇なり

“あなたは、私を知りますまい”


薫がそう思って数日。図書室に初音が現れた。

背伸びをして本を取り出そうとしている。だが、初音はさほど背は高くない。届くか届かないかのギリギリで震えている。


「あと、少しなんだけど。」

「はい。どうぞ。」


薫の体が勝手に動いていた。

それは今まで培った野生の本能というべきか。気が付くと彼女の背後にいて本を取り出してあげてたのだ。


「ありがとうございます。」

そう言って初音は振り返る。

「どういたしまして。」

だが薫を見た瞬間、初音は固まってしまった。目を泳がせながら。


私、何か失態をしてしまった・・・の?


薫の目もまた泳ぎだした。

こういう時いつもの薫なら、ごまかし紛れにキスしたり。抱きしめたりする。そしてあわよくば押し倒す。

とはいえ初音にそんなことはできないし、したくない。

そしてやっと我に返ると、初音のとりだしたかった本のタイトルに気づく。

「泉鏡花『外科室』ね。これいい本よね。究極の愛の形だわ。ねぇ、貴女。よかったら、私と・・・。」

そう言いかけて、薫はまたもやハッとした。

「い、いない・・・。」

気が付くと初音が消えていた。


「私・・・何かまずいこと言った・・・?」


嫌われたのか?

この和泉薫が、落とせない女の子などいないと言われしこの和泉薫が・・・。

置いて・・・いかれた。


薫は様々なショックを受ける。


涼宮初音。

なぜ、貴女は斜め上の行動に出るのだ。


薫はそれからというもの意地になって初音を探した。

廊下。校庭。寮。

そして気づく。

初音はずっと薫のことを見ている。できるだけ彼女と目は合わすのをやめておいたが・・・絶対に薫のことを見ている。

他の女の子と同じ目で。


「この子・・・もしかして・・・私のこと・・・。」


そんなことを気づき始めたある日、初音に薫は出くわした。

初音はお気に入りの本をどこかで読もうと、場所を探しているようだ。

あまりにもきょろきょろしていたので前方を彼女は見ていない。

「きゃっ!」

初音は薫にぶつかって本を落としてしまう。そうして初音はゆっくりと顔を上げたのだ。


千載一遇のチャンス再び!!


「ごめんなさい。」

薫は偶然を装い、声をかける。

しかし初音の顔が今、間近にあるのだ。そんなラッキーなことがあるものか。

薫は落ちた本を拾うと初音に渡す。

「これ、泉鏡花の『外科室』?私も好きな本だわ。」

もう一度あのセリフをこれ見よがしに言ってみる。


思い出しなさいよ!涼宮初音!!


と念を込めながら。

今度は目を合わせないでおこう。彼女はまた逃げてしまうから。

そう思いながら本を彼女に渡したのだ。

だが、おかしい。涼宮初音は何のリアクションも起こさない。


何をしている、涼宮初音。

私のことが大好きなはず。

なぜこのチャンスを活かさない!

お前は、本は読めるのに事の流れを読まないやつなのか!?

早く何か言いなさい!!

しっかりしろ、学年主席!!早く問題を解決しろ!!

私がこんなに滞空時間を作っているのにっ!!

とはいえ・・・。

もはやこれ以上場を持たせることが・・・この和泉薫というものが!!

できん!!マジでできん!!


仕方なく、薫はそのまま去っていくことになった。

結局、初音の目を見ることができないままに。


「あなたは、私を知りますまい・・・!!」


悔しまぎれに薫はそのあとずっとこの台詞を呟いていた。


それから初音に近づくチャンスが薫には全くない。

下手に近づくとこの前の二の舞だ。

薫の妙なプライドがそれを邪魔していた。失敗など許されない。

こんなに自分は待っているのに。

早く、教えてほしいのに。究極の愛の形を。


「アーーーーーーッ!!何をしているの!!私!!」

薫は発狂寸前だった。ただでさえ、性欲を我慢していて辛いのに。この有様。


究極の愛の形はひとまず置いておこう。

何か腹を満たさなければ。

そう思って、久しぶりに女の子を図書室に連れ込んだ。

そしてそれは、女の子を美味しくいただいている時。


「和泉・・・先輩?」


そこにいたのは、薫が恋焦がれてやまない美しい涼宮初音であった。


初音に気づき、薫に攻め立てられている女生徒は服を慌ててなおす。

薫はというと、ゆっくり顔を上げて初音を見つめた。


駄目だ・・・。

よりによって・・・こんな認識のされ方ほど惨めで悲しいものはない。


しかも初音は涙をためながら走り去ったのである。


残された薫は腰に手を当ててため息をつく。

「困ったわね。刺激が強すぎたのかしら?」

一緒にいた女生徒は唖然としている。

「・・・だよね。私もそう思う。やっば、追いかけないと!!私、涼宮初音に嫌われちゃうじゃなぁぁぁい!!」



「・・・そう言うと薫は一心不乱に涼宮初音の後を追いかけていったのであーる!!」

薫は驚きを隠せない初音を前に立ち上がると天に向かって両手をあげた。


「・・・どう?私のお話。なかなかに壮絶でしょ?感想を述べよ!!」

しかし、初音はどういえば正解なのか・・・本気で分からない。

そもそもこの話自体が信じられない。


「感想・・・は。壮絶です・・・。」

「だよね!?私もそう思う!」

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