第7話 薔薇の花が散る前に

「貴女・・・。今日、あの子に告白したのよね?」


薫と碧の部屋。

二人とも同じベッドで、裸で戯れながら寝ている。

「え?したよ。それが何か?」

「あのね、こんなことしておいて言うのも何だけど。何やってるの?貴女?」

「ん?何って、見ればわかるでしょ。セック・・・」

碧は薫の頭をポカンと叩く。

「そういうことするから駄目なのよ。」

「でも私さ、それも含めて初音ちゃんに告白したわよ?」

「意地悪の度が過ぎるわ。これも、私が言うのも何だけど。もう少し優しくしてあげなさいよ。」

「優しいわよ?」

「明日、謝りなさい。あの子可哀想だわ。貴女と違って純粋みたいだから。」

「知ってる。私、そういうところが好きなんなのだもの。」

碧は薫の額をぴんと指ではじく。

薫ははじかれた額を押さえながら不服そうな顔。

「貴女があの子と出会ったおかげで、真実の愛に気づいて意地悪の魔法が解けるといいのにね。」

「何よ、人を野獣みたいに。」

「一緒よ。このケダモノ!!」

薫は「うーん」と言いながら立ちあがる。

「薔薇が散る前に、私を助けてよ?初音ちゃん。じゃないと私、永遠にこのままなんだからね!!」



「初音。気を確かに持って!!」

次の日の朝。初音は目の下にクマを作りながら登校する。

足元も心なしかおぼつかない。

いきさつを聞いた絢は必死に彼女を励まし続けるが、初音の反応は薄いままだ。

「大丈夫よ!あの和泉先輩が部屋に来てあんなこと言うのだもの。きっと本当よ。本心よ。」

「でも、他の女の子を抱くのはやめられないって・・・。優しいのは私だけにじゃないのよ。騙されて傷ついては優しくされて・・・こんなのDVと一緒じゃない・・・。私がそういう被害者になるなんてね・・・笑える・・・。はは・・・ははは。」

「やばい、重症じゃん・・・。」


ふらつく初音を必死に支えながら絢が歩いていると、女子たちの群れを蹴散らしながらやってくる人物が一人。

彼女は初音を見つけるとウィンクをひとつ。

「和泉・・・先輩・・・。」

今日も和泉薫は美しい。何も知らなければ、初音の理想そのものだ。


「初音ちゃん、昨日はぐっすり眠れた?言わなくても分かるわよ、きっといい夢見たのね!勿論、私はぐっすり寝たわ!!夢の内容は覚えてないけれど。」

初音は、もはや反論する気も起こらない。


周りの生徒たちはそれを見ながらひそひそと話しだす。

想像するにどうせ“なぜあの勉強馬鹿で恋愛無縁の涼宮初音の元に王子が!?”と言ったものだろう。

とりあえず、余計なことはされたくない。

ましてや、昨日のことなんて話に出されたくない。

初音は無視するように歩き出すと、薫は気に入らないような顔をして、彼女を近くの木に追いやる。

そして・・・。


「やっばい・・・。王子の壁ドン・・・。本当に何をしたのよ初音・・・。」

絢は口に手を当てながら狼狽した。

初音はというとその手を無理矢理どけて潜り抜ける。

「あ、ちょっと!!王子の必殺技を無視する気!?これで結構みんな昇天するのよ!?」

薫の言葉を無視して、初音は歩き続ける。


そしてまた周りからひそひそと囁かれる。

これもきっとこうだ。

“あの王子を無視するなんて、やっぱり色恋沙汰に興味ないのね”


上等だ。それで通してくれ。

初音は絢を引っ張って教室へと向かった。

薫は何か言いたげだが、あっという間に女子の群れに飲み込まれてしまい何もできなくなってしまった。


どすどすと無言で歩く初音をちらちら絢は見ていたが、あることに気づいた。

「初音・・・。ブレザーの胸ポケット。何か挟まってる。」

「え・・・?」

慌てて胸ポケットを見ると紙切れが一枚。

訝し気に初音が取り出して、その紙を見てみると何やら殴り書きされている。


“学園一の美女に告ぐ。今宵、21時。野獣とダンスしませんか?花が散ってしまう前に二人で沢山摘みましょう?”


「・・・これ、和泉先輩が入れたのだわ。こんな変なことするのは和泉先輩しかいない。」

「なにこれ、どういう意味よ。ちゃんと教えてくれたらいいのに。」

「先輩は意地悪なのよ。そうやって私をいつも試しているの。」

「で、どうするのよ・・・?」

「・・・・・・。」


無視したらいい。

キスされて、好きと言われて。

散々、からかわれて。

弄ばれて。

そもそも、本当に好きと思われているのかさえも怪しい。

あんなのは理想の王子様ではない。

只の野獣だ。


何度この気持ちを壊されたのだろうか。


無視したらいい。


しかし、初音はそれができない。

本当に馬鹿みたいだが、薫に憧れた日々はやはり消えはしない。

結局、薫は王子様で。

あの微笑みは無視できなくて。


「私が心から先輩を愛せば、先輩は美しい王子に戻ってくれるの?」

「初音・・・?」

「行く。行ってみる。これが最後になるかもしれないけれど。もう一度先輩を信じたいの。」

「よかった!初音が元気になって!!でも、どこに行く気?」


美女に告ぐ。

野獣。

ダンスは広いところで踊らないと。

花は、多分。


「薔薇に囲まれた庭。東庭園だわ。」


やっとの思いで女子たちから逃れてきた薫は、初音たちを物陰からそっと見ていた。

「正解。さすが主席ね。物語を読み解くことができはじめたわね。まぁこれは初歩の初歩だけど。」

そして、くすくすと笑う。


「さーて、王子と美女の未来やいかに!!」

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