第8話 美女が野獣の呪いを解く方法

空に月が輝く21時。

薔薇の花が香る東庭園。

薔薇に囲まれた中央にある芝生。


そこに初音はやって来た。

彼女の理想の王子を取り戻すために。


「遅い!!減点よ!!」

先にそこにたどり着いていたのは、王子・和泉薫。

何を言っているのか、何が減点なのかは全く分からないが、真意を見出そうとするだけ無駄だ。

初音はそんなことは気にせずに改めてなぜ呼んだかを聞く。


「和泉先輩、どうして私を呼んだのですか?こんな夜中に、こんな場所に。」

薫は、今回は王子ではなく、意地悪な継母のように笑う。

「どうして?それは薔薇の花を摘みに来たの。こんな夜中に?だってダンスパーティーって大体が夜にするものでしょ?私、こう見えて意味のないことはしないの。」

「先輩のしていること、やりたいことの意味はいつもわかりません。」

「そんなこと言わないで。踊りましょう?」

薫は初音に近づくと彼女の手を取り引き寄せた。

そしてすっぽりと腕の中に包み込む。

「・・・・・・!?」

「ねぇ、早く踊りましょ?」

薫は息を吹きかけるように初音の耳元で囁く。やはり、何をしていても、何を言っていても彼女は王子様であり、初音の憧れ。でも、騙されはしない。


「で、でも、私・・・踊りなんてしたことがありません。」

「いいのよ。貴女は私と手を繋いでなんとなくくるくる回っていれば。ステップなんて意味がないわよ。私と一緒に手を取り合うことに意味があるの。ステップを考えている暇があったら、私のことを考えてよ。」


薫の言葉はやはり正論だ。

多少つじつまが合わなくても、彼女の言葉にのまれる。全て。


薫はそのまま初音の手を握ると彼女と回りだす。

薫は多少ステップを踏んでいるようだったが、初音が足をもつれさせないように気遣っていた。初音は、薫の導くまま踊る。


庭園の外灯が二人を照らす。シャンデリアの輝き。

風が吹き薔薇が舞い散る。祝福のシャンパン。

薫は鼻歌を歌いだす。管弦楽の音色。

制服のスカートがひろがる。ドレスをなびかせる。


ダンスパーティーだ。

ここはお城ね。

王子様と踊っている。


目を閉じれば、全てが見えてくる。

でもこの人はまだ野獣のままなのだわ。


「物事って全部終焉があるの。知ってた?」

薫の言葉で初音はハッと目が覚める。

そして薫は初音の手を放し王子のようなお辞儀をした。

初音がまだ夢冷めやらないといった顔をしているので、薫は微笑んでまた彼女の手を引っ張った。


「ねぇ、薔薇を摘みにいかない?」

「薔薇・・・?」

「私の薔薇はいまにも散ってしまいそう。だから今のうちにスペアをいっぱい作っておきましょう。」


彼女の意図が分からないまま、初音は薔薇の花の方へ連れて行かれた。


「赤、黄色、白。でもやっぱり赤がいいわね。深紅の薔薇って燃えてこない!?見ているだけで、こう・・・性欲が!!滾る!!」

一瞬でも薫を王子だと思った自分が恥ずかしい。

「今、私のことを馬鹿にしたでしょ?」

「・・・!?」

「いいわ、今夜だけは月が綺麗だから許してあげる。そうだ、これをあげましょう。」

薫はそう言うと深紅の薔薇を手折って、初音のブレザーの胸ポケットにさした。

「綺麗よ。」

「先輩・・・。」

「ね、いい雰囲気になって来たから、少しお話しましょ?そこのベンチに座って。」

薫は白いベンチを指さした。

話とは何だろうか。

期待、不安、恐れ、期待。

初音は今までにない感情に襲われた。このような気持ちを物語のヒロインたちはしていたのだろうか。文字だけでは読み取れていなかった。


「ご存じの通り、私はどうしようもない野獣なの。いつも性欲を発散しては楽しんでいるのよ。私、誰とでも寝るの。貴女はさぞかしがっかりしたでしょうね。それは認めるわ。謝りはしないけれど。」

「・・・・・・。」

「だったら、教えてよ。貴女は私がどんな人だったら良かったの?魔法を解くために私、できるだけ努力するから。」


どんな人・・・。


初音は暫く黙り込んだ後、ゆっくりと口を開いた。


「美しくてかっこいい王子様。お姫様には優しいんです。色々な人に求婚されるけれど、お姫様だけを愛していて・・・。いつも包み込んでくれるんです。」

それを聞いて薫は笑いだす。

「な、何ですか!!馬鹿にしているのでしょう!?こんな物語のような話を私がするなんてって思っているのでしょう!?」

それを聞いて薫は初音の手を取って微笑む。

「違うわよ。あのさ、初音ちゃん。貴女の思い描いてる王子って、今の私と変わらなくない?」

「どういう・・・?」

「私は、美しくてかっこいいから王子って呼ばれているの。私、他の女の子は抱くけれど、それだけよ?その時だけの関係。貴女にはこんなにずっと付き合ってるの。貴女だけに優しく接してる。私、色々な女の子に求められたわ。勿論その度に抱いたけれど。でも、私が本当に愛しているのは初音ちゃんだけよ?そして、この前も無限の包容力でぎゅってしたわ。」


まただ。

彼女の言っていることは・・・誰よりも正しい。


「真実の愛にたどり着いていないのは、私じゃない。貴女よ。私だけが貴女を愛していても、魔法は解けない。貴女、もっと落ち着いて物事を見るべきよ。」


薫は初音の唇に人差し指を立てて触れた。そしてその人差し指越しにキスをする。


「もし本当の愛に気づいたら、初音ちゃんからキスしてよね。ま、それまで私が何度でもしてあげるけど。軽めのやつ。」

「先輩・・・。」

初音がただただ、薫の言葉に押されて言葉を失っていると、薫はポケットから何か出してきた。


銀色に光る指輪。中央に小さなスワロが付いていてさらに輝きを増す。

「指輪・・・?」

「これあげる。知ってる?原作の野獣は指輪をベルに贈るの。お城に戻りたくなったら、この指輪を使ってと。」

薫は初音に指輪を差し出すと彼女にそれを握りしめさせた。


「私、今は貴女にそれをはめる気はないわ。使い方は貴女が考えなさい。」

「先輩・・・?」

すると薫はニコッと笑って、ベンチから立ち上がった。そして「うーん」と背伸びをする。

「私、もう帰るわ。寝不足って美容の大敵よ!!」

「ちょ、ちょっと待ってください、先輩!!私はどうすれば・・・!!先輩を・・・!!」

薫はまたいつものウィンクをすると初音に手を振る。


「求めよ!!さらば与えられん!!ファイト!!初音ちゃん。」


まただ。

薫は何も教えてはくれない。


初音は手のひらに残る、指輪をずっと見つめていた。

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