第6話 王子様とお姫様の関係

「初音ちゃん、泣かないで。これじゃあ、私が意地悪しているみたいだわ。」

「しています。先輩は意地悪です。」

それを聞いた薫はまた力を入れて初音を抱きしめた。


「先輩は優しいですって言ってもらいたかったな。ま、そんなこと到底無理よね。それより早く泣き止まないと、私、ずっとこうしているわよ?あなたの性分では、このままでは逆に辛いのじゃない?私は永久にできるけど。」

確かに薫の言うことは正しかった。

薫に抱きしめられたのは嬉しいが、このままだと辛い。胸が高鳴りすぎて辛い。

初音は涙を拭きながら彼女から離れると、それを見た薫はまたいつもの様子に戻って両手を広げる。


「ね、私の包容力半端なかったでしょ?私、こう見えて包容力にも自信があるのよ!いつも女の子に言われるのだから!"先輩の腕に抱き締められるの大好きなのです。強くて、優しくて"ってね!」

薫は自信満々にそう言うが、初音は固まる一方。涙も止まる。

「あれ?どうしたの?」

「あの・・・先輩は私のこと好きなのですよね?本当に好きなのですよね?だから、私だけこうして抱き締めてくれたのですよね?」

「そうよ?」

「さっき言ったこと・・・話が合わないです。」

「んん?ごめんなさい。私、忘れっぽいのよ。もしかして何か気に触ること言ってた?」


やっぱり、私はこの人に揶揄われている。


初音は少しでも理想の薫を取り戻して嬉しかったのだが、また裏切られた。

苛立ちまぎれに薫を問い詰める。

薫の答えをもう一度信じようと一欠片の希望をもちながら。


「先輩、私のことを本当に好きだと言うのなら、もうそういうことはやめてください。他の子とキスしたり抱き合ったりするのをやめてください!」

「何言っているの?それは嫌よ。」


薫に即答されて、初音は怒る間も無く唖然とした。

「初音ちゃん、それ、おかしくない?」


おかしいのはそっちだ。

初音が呆然と薫を見ていると、彼女は不機嫌そうに首を振る。

「初音ちゃん、貴女は私が好きだからといって趣味の読書を辞めるの?違うわよね。私も同じよ。貴女が好きだけど趣味は辞めたくはないの。」

「趣味・・・?」

「あれ?言ってなかった?私、女の子を抱くことが趣味なの。あ、抱くって言ったってさっきのようなことじゃなくて、セック・・・」

「聞きたくありません!!そんな趣味聞きたくありません!!理解もできません!!」

薫は滅茶苦茶なことを言っているが筋道を立てて話すので、いつも論破されそうになる。

だが、やはりこれはどう考えてもおかしい。

初音がどう想いを修正しようとしても薫はいつもそれを壊してくる。

初音が今度は違う類の涙を目にためていると、薫は仕方がないとまた初音の頬にキスする。舐めるように。


「もう、騙されません。」

「騙してはいないわ。だって、私は貴女が好きと言う事実は嘘じゃないもの。私の趣味のことは謝るわ。貴女、そういうの嫌いだものね。だから、貴女とはそういう関係にはしたくないのよ。もう少しプラトニックにしたいわけ。でも、それじゃ私のフラストレーションは溜まっちゃう。わかる?これはどうしようもないの、人類ひいては生き物の定めよ。」


初音が黙り込んでいると、薫は頭をかきながら彼女に手を差し伸べる。

「お願い。手をとって欲しいの。王子様とお姫様みたいに。私だって貴女を抱きたいわよ。それはもうすごぉーく激しく抱きたいわよ。でも違うじゃない?私たち二人の仲って。私はフェアリーテイルの王子様、貴女はお姫様。もう少し言うと、私は『外科室』の高峰医師、貴女は貴船伯爵夫人。私、貴女とはそういう究極の愛の形でいたいの。わかる?」

まただ。

薫に完膚なきまでに論破されている。

言い返すことができない。

初音は確かに薫の言う関係でいたい。

でもこの論理はおかしい。

そしてもっとおかしいのは、それでも薫といたいという気持ち。

初音は不服ながらも薫の手を取った。


「ありがと。」

そしてあの王子スマイル。

初音はこれ以上見たらもっと丸め込まれると思って目を逸らした。


「じゃあ、今日はここまでにしておくわね。貴女と愛を確かめ合って結構楽しかったわ!初音ちゃん、大好きよ。また連絡するわ。」

そう言うと薫はウィンクをして部屋から出て行った。

全く彼女が読めない。

読もうとしたところでも無駄だろう。

初音はどうしていいかわからない気持ちになって、薫が触れてくれた『外科室』の本をただ見つめた。


部屋の外。

薫はうろついてる絢に出くわした。そしてニコニコと微笑むと部屋を指差す。

「ちゃんとステイできたのね。GOOD BOY!もう帰っていいわ。今度はちゃんとご褒美にジャーキーでも持ってくるわね!」

そう言うと薫は鼻歌まじりで帰っていく。


やはり、犬扱いだ。

絢はその対応に気に入らないが、そんなことより、初音だ。絢は慌てて部屋に入って初音を問い詰めた。

「初音!一体、何があったの!?」

初音は呆然としながら棒読みで答える。

「先輩に告白されて・・・キスされて・・・。また会おうって。」

「でええええええ!?」


初音、幸せと苦しみの日々の始まり。

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