第5話 恋愛小説のヒロイン

「正解!正解!やればできるじゃない。」


初音にとって何よりも大切な問題を解いたというのに、薫はこの有様。


この人は本気なのだろうか?また試されているだけなのか。


「あの・・・この答えは本当に正しいのですか?」

すると薫は挑発的に微笑むと初音を壁に追いやり、そのまま手を壁に当てて彼女を閉じ込めるようにした。


「本当に正解。貴女、疑り深いのね。私、問題に不正はしないの。」


学園の王子は初音の理想の姿ではなかった。

でもその王子にキスされて。

多少異様ではあったが、王子に好きと告白されて。


どこまでが自分の正解にしていいのか。

わからない。

初音の戸惑いを察したのか薫が口を開く。


「私、みんなになんて呼ばれてるか知ってる?不名誉だけど王子って呼ばれてるみたい。で、貴女に私は言ったの。王子は探してくれるって。王子の好きな人は誰?魔法の馬車で帰って行ったお姫様。だからちゃんと私、探しにきたでしょ?まぁ経緯は何だか違うけど。貴女、日常生活においてもお話を読み解きなさい。」

「・・・でも、どうして?いつ、私を好きになったというのですか?いつ私のことを知ったのですか?どうして・・・!?」

すると、薫は初音に顔をグッと近づけた。

「いい質問ね。でも教えない。」

「え・・・。」

「私、そういうミステリアスな性格で売っていこうと思っているの。みんなの前では。そして貴女の前でも。貴女も含め、みんなこういうの求めているんでしょ?私に。」

「で、でも、さっき無理はしたくないって・・・私とはイーブンな関係でいたいって・・・。」

「ごめんなさい。私、忘れっぽいの。」


薫はパッと手を離して初音から離れると手を合わせて微笑んだ。

「そんなことより!お詫びという名のご褒美あげる。何がいい?」


どうして?なぜ?

考えるとキリがないし頭が追いつかない。

薫はそれすら試しているのかもしれない。

それならば、もう完全に彼女の言うことにのまれよう。

彼女は自分のことを好きと言ってくれるのだから。

それは間違いないのだから。


「・・・欲しいです。」

「ん?」

初音は両手を握りしめるとピンと背筋を伸ばし、大きな声を出す。


「私を!抱いて欲しいです!!」


それに対して薫は目を丸くする。口に手を当てながら。

「わーぉ!貴女、意外と大胆ね!わかったわ。まかせて、私が一肌脱ぐわ!」

「ち!違います!!脱がないでください!その抱くではなくて・・・。その・・・。」

「そうなの?じゃあ、なぁに?」

初音はチラチラと目線を逸らしながら口を開く。


「その・・・抱きしめて欲しいんです。」


初音の言葉を聞いて暫く薫はキョトンとしていたが、次第に表情が柔らかくなる。

そして、それは優しい微笑みに変わった。

初音が憧れてやまない王子様の微笑み。


「知ってた?私ね、貴女のそういうところ好きなの。大好きなの。」

「和泉先輩・・・?」

薫はまた微笑むと両手を広げた。

「さぁ、きて?ぎゅってしてあげるから。」


初音はいざそう言われると恥ずかしくて彼女に飛び込むことができない。

戸惑っていると、薫は困った顔で笑う。

「恥ずかしい?じゃ、特別。私からぎゅってしてあげる。こんなことってあまりしないの。でも、貴女だからしてあげる。」


そう言って薫は初音に近づくとそっと触れる。そして何よりも優しく、包み込むように抱いてくれた。

薫は初音の長い髪を梳かすように繰り返し触った。


抱いてくれたこと。

優しくしてくれていること。


信じられない。

理想は違えど、ずっと憧れていた人に。


初音は薫の胸の中で我慢できず泣き始めた。

震える肩を薫は今度は力強く抱きしめる。


「可愛い。」


可愛い。

そう言われて一瞬肩をびくりとさせた。でも、それでも薫はずっと抱いてくれた。


「ねぇ、初音ちゃん。貴女のことだから、理想だった私との筋書きって、きっとこうでしょ?実は私が昔から初音ちゃんのこと認識しててずっと貴女を想っていた。初音ちゃんも同じ想い。そして、想いを確かめ合った2人は結ばれてハッピーエンド。」

初音はゆっくりと薫を見上げた。

薫は初音の顔をなぞるように触れる。

「図星でしょ。貴女って本当に顔に出やすいのね。」

「あ・・・ごめんなさい、そういうつもりでは・・・。」

「いいの、謝らなくて。・・・ねぇ、その筋書きどこまで本当なのでしょうね。私は意地悪だから、教えない。貴女のご想像にお任せするわ。でも一つ言えることは。」

「言えることは・・・?」


「私に抱きしめられてる今の貴女、恋愛小説のヒロインみたいね。」


そう囁くように薫に言われて、また初音は泣いてしまった。

今度は声を出しながら。


「本当、可愛いのね。貴女。大好き。」

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