第4話 外科室の真意

昨日の夕方の信じれないこと。

昨夜の不可解なこと。

半分はまだ夢のような感じがして初音は頭が追いつかない。


授業中、窓の外を見てみると、どこかのクラスが体育中。

一際、黄色い声で応援されている少女が一人。

完璧な身のこなしの少女。

「和泉先輩・・・。」

和泉薫は今日も凛々しく美しい。

王子様だ。


彼女の本当の姿を知ってしまう。

彼女の本当の姿でキスをしてもらう。


どこまでそれは嬉しいといえるのか。


「・・・さん、さん!涼宮さん!!」

「え!?」

ハッとしてみると、今は授業中で教師から質問に答えるようにと指名されていたようだ。

しかし、上の空だった初音は何を言っていいのかわからない。

「すみません・・・。聞いていませんでした。」

「涼宮さん、貴女にしては珍しいわね。」

「すみません・・・。」

周りからクスクスと笑い声が聞こえた。普段なら少し苛立ちを覚えひと睨みするところだが、今日は昨夜の情けない自分を思い出して、好きに笑ってくれと初音は思った。


それから放課後。

結局返そびれてしまった本を持って初音は図書室へ向かった。

図書室の扉を開く。

すると、またあのいつぞやの嫌な声が聞こえる。


「あ・・・っ。だめ・・・。」

「駄目ならやめる?」


だから、何をしているの!?


結局展開は薄々分かっているのに、初音は覗き込んだ。

案の定、そこには淫らに女生徒抱き合う薫の姿があった。

しかも、相手は昨日と違う少女・・・。

どこまでも最低な人!


「・・・っっ!!」

ガタリと本を落として初音は走り去る。


それに気づいて、薫はしまったと言わんばかりの顔。

「あーーーっ!!なんて間の悪い子なの!!これじゃ、また嫌われちゃうじゃない!!」

薫は地団駄を踏む。

そして、慌てて初音に電話をかけた。

抱き合っていた女生徒を放っておきながら、自らも乱れた服のまま。


話が出来て少しでもほんの少しでも嬉しかった自分が情けない。

やはり、薫はどこまでいっても理想ではないのだ。


そんな折電話がかかる。

おそらく、薫。

出なくても良い・・・そう思ったが初音の性分とでもいうのか、馬鹿正直に電話に対応してしまう。

見つからないように物陰に隠れて初音は電話をとった。


「あ、よかった!出てくれて!ごめんなさい。また私、貴女を傷つけてしまったみたい。悪いと思っているの。ほんとぉーに悪いと思っているの。」

本当にそう思っているのかもはや怪しすぎる。


初音が黙り込んでいると、今度は薫の声が真剣なトーンになった。

「今度こそ貴女にお詫びをしたいわ。ね、貴女の部屋番号教えて?」

「・・・教えたらどうするのですか?先輩のお詫びって何なのですか?」

「それは教えてあげない。でもきっと貴女にとってはいいことだと思うの。だってお詫びなんだもの。そういうものでしょう?」

「305号室・・・305号室です。」

言ったところでどうなるのか?

また意味のわからないことを言われて試されるだけかもしれない。

さらに憧れが崩されるだけかもしれない。

だが自分でも本当に馬鹿だと思うが、もう少しあの王子、和泉薫と話したいという気持ちがどこかにあった。


「ありがとう!また、夕飯が終わった頃に行くわ!よろしく!」

この人はどこまでいっても読めない。

だからこそ初音は確かめたかった。

もう少し話をしたかった。


その夜。

夕食も終わり、初音が絢と談笑している時に問題の彼女はやってきた。


部屋をノックする音。


絢は「はーい」と立ち上がってドアを開けた。そしてその瞬間のけぞる。

「でええええええ!?い、和泉先輩!?」

「こんばんは。よく知らない女の子。」

「え!え?どういうこと!?」

絢を無視して薫は勝手に部屋に上がり込む。

「こんばんは。間の悪い女の子。」

初音は泣きそうになりながらスカートをぎゅっと握る。絢はそれに対して戸惑うばかり。


すると薫は手であっちいけと絢に指図する。

「暫くの間、この女の子と二人きりにしてくれない?貴女はそこらへんでもうろついておきなさい。」

「えっ!?」

「しっしっ!早くあっち行きなさい。」

なぜか犬のように扱われて絢は少しばかり気に食わなかったが、それ以上に何かいてはいけない気がする。

しぶしぶ彼女は部屋を後にした。


「やっと静かになった。さ!お話ししましょ?えっと・・・名前は?」

「初音です。涼宮初音です。」


やっぱり名前なんて覚えてないのだわ。


初音がそう思っていると、また薫から図星をつかれる。


「名前を覚えてはくれてないんだ・・・とか思ってるでしょ?でもドラマティックだと思わない?お互い名前を知らないまま出会うって!」

「・・・私は先輩の名前、知っていましたけど。」

「そういうことは言わないで。雰囲気台無しになるから。初音ちゃん。」


初音ちゃん。


名前で呼んでもらえた。あの手の届かない憧れの王子様に。

でも、複雑だ。


「初音ちゃん、ごめんなさい。何度も傷つけてしまったのよね。でもね、私はこれがデフォルトなの。貴女はどう思っていたか知らないし、多分それが崩れたのだから泣いているんだと思うけれど。貴女は理想が崩れれば崩れるほど惨めになっているのよね。でも、私それ以上に貴女たちが勝手に理想を描けば描かれるほど惨めなの。」

「和泉先輩・・・?」

「つまり、勝手に私の像を描かないでってこと。そんなことされたら私、無理しなきゃならないじゃない。そういうの嫌なの。だから貴女とはイーブンな関係で話したいのよ。伝わらないかもしれないけど、私なりの誠意よ?」


説得力はあるし、そう言ってくれるのは少なからず嬉しい。

だが、どこがイーブンな関係なものか。

はっきり言って主導権は絶対に薫にある。

今までこの人はこうやって、それらしいことを言って人を丸め込んできたのだろう。


初音はムッとしながら下を向いていると薫は彼女の顎を片手で引き寄せた。


「今、私のこと疑っていたでしょ?貴女、自分や他人が思っているより顔に出やすいから注意しなさい。」

恥ずかしいやら悔しいやらで初音はフイッと目線だけ逸らした。

「図星をつかれると人って怒るのよね。私、それをためらいなく言っちゃって今までよく失敗しているの。今も失敗していたらごめんなさい。それも含めてお詫びするわね。」

初音は薫の手を払いのける。

払い除けられ、薫は両手を上げると悪びれた顔をしたのでそれが初音の心をまた傷つける。


「先輩の言うお詫びって何なのですか?」

「問題を出してあげようと思って!」

「問題?」

「だって貴女、問題を解くの得意でしょ?そうしたら流石にわかるかなって思って。」

「どういうことですか!?」

しかし、薫は何一つ初音の言葉には耳を貸さない。勝手にどんどん話を進めていく。


「もし問題が解けたら、貴女の願い叶えてあげる。それが私なりのお詫び。ていうか、問題の答え自体がもうそれな気がするけど?」

「何の問題なのですか・・・?何が先輩はしたいのですか!?」

薫は人差し指で初音の唇を抑える。そして王子の笑顔。

「問題。私が今、何を想っているか当ててみなさい?」

「先輩の想い・・・?」

「難しいかしら?じゃ、ヒントあげるわね。」


そう言うと薫は初音の手首を掴む。

「ヒントその1。どうしてあの時、私は楽しんでいた最中なのに貴女を追いかけたと思う?」


どうして?どうして見ず知らずの私を追いかけたの?放っておけばいいのに。


次に薫は初音の本棚を見て『外科室』を取り出した。

「ヒントその2。・・・あなたは、私を知りますまい・・・。それ、伯爵夫人と貴女だけが言っている台詞じゃないわよ。さて、他に誰が同じこと言っていたでしょう?」


私と先輩が共通で知っている人。

伯爵夫人、私。

残りは。


今度は、初音に近づくと彼女を力のままに押し倒した。

「ヒントその3。この本の筋書き。」


筋書き?

二人は昔会っていた。

伯爵夫人の一目惚れ。

医師の一目惚れ。


最後に、初音に薫は顔を近づけた。

「ヒントその4。ラストは実技でいきましょう。」

薫はそのままゆっくりと初音に口付ける。

そっと。優しく。壊れないように。


・・・今、何を・・・?


唇を離すと、薫はスッと立ち上がって帰ろうとした。


「答え、わからなかったなら私、帰るわね。」

初音は唇を触る。そして起き上がると慌てて彼女を引き止めた。


「先輩!!そ、それは・・・その答えは・・・私が自惚れていいということ・・・でしょうか?」

すると、薫は振り返って微笑む。

「ハズレ!でも半分正解!」

「ハズレ・・・。」

「可哀想だから情状酌量よ!貴女はどうして自惚れていいと思ったの?30字以内で答えよ!」


初音の手が震える。

どこまで言っていいのかわからない。

これもはずしたなら、もう薫に合わす顔がない。

しかし、考えても考えても、今の初音にはこれしか言えない。

震える声で薫に向かって言う。じっと彼女の目を見据えながら。


「なぜなら和泉薫は涼宮初音が好きだからです。」


それを聞いて薫は満足そうに微笑んだ。今まで見た笑顔のどれよりも。

そして手を叩いてこう言った。


「正解!よく出来ました。さすが主席さん!」

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