第3話 シンデレラの魔法が消えても

切ったはずの電話。しかし、和泉薫は何度も折り返してくれた。

それだけでも驚きだが、今から会おうという。

その話に乗ってもいいのだろうか。

それもまた、彼女の一種の意地悪なのだろうか。

もしそこに誰もいなかったら。

それこそ惨めである。


初音は手を震わせながら考える。

もう、あの連絡先の書いたメモ用紙はぐちゃぐちゃになって番号も読めやしない。


ただ引っかかる薫の言葉はあの一言。


「貴女の一番好きな本を持ってきてね。私も持っていくから。」


どういうことだろうか。それなら初音は迷うことなく、泉鏡花の『外科室』を持っていく。

好きな本。初音と薫を繋いでくれた本。

そして、それは初音の勝手な想いを詰めた本。

だが今はその想いも・・・。


初音は目を閉じた。

自分でも馬鹿らしい。

きっとこんな姿を見られたら学年中の笑いものだろう。

馬鹿だ。


でもだからこそ。


初音は急いで自室に戻ると本棚にしまってある『外科室』を取り出し、約束の場所へと向かった。

憧れを確かめるために。取り戻すように。


「遅かったじゃない。待ちくたびれちゃった。」

約束の場所に行くと、薫はすでにそこにいた。

「あ・・・。」

「私、案外約束を守る人なの。貴女、絶対疑っていたでしょ?」

図星をつかれ初音は黙り込んだ。薫は、初音に近づくと彼女の美しい髪をさらりと流す。

初音はどうしたらよいかわからずじっと薫を見ていると、薫は微笑んだ。それは初音が憧れた「王子様」であった。薫の本性が分からない。そんなことを考えていると薫に話しかけられた。


「本、持ってきてくれた?」

初音は無言で『外科室』の本を差し出す。

「偶然。わたしもその本なの。」

薫は同じ『外科室』の本を取り出した。そして初音の本を見つめてそれにキスをしたではないか。

「・・・!?」

初音が動揺していると、薫は初音の頭を撫でて言った。

「でもね、私、偶然ってないと思っているの。全部必然よ。」

「ひつ・・・ぜん・・・?それは、どういうことですか?」

「教えてあげない。」

薫はぴょんと跳ねて後ろを向くと、リズムを刻むように揺れながら言う。

「ね、その本の内容、覚えている?」

初音は眉をしかめながら黙っていると、薫は「もう!」と言いながら今度は彼女の方を振り向く。

「私にかいつまんで言ってみてよ。内容。」

初音は戸惑った。

なぜ、今そんなことを?

しかし、何か彼女の言わんとすることが知りたくて、あらすじを話し始めた。


「伯爵夫人は、手術を受けることになったけれど、麻酔は使いたくないと。それは麻酔中に心に秘めたことを言ってしまいそうだから。医者は困ったけど麻酔なしで執刀する。そうしたら伯爵夫人は“あなたは、私を知りますまい”と言ってメスを手に取り自殺・・・。医師は“忘れません”と言って結局その後を追って死んでしまうのです・・・。実は昔、一度だけ二人は出会っていて・・・。つまりお互い一目ぼれをしていた・・・という落ちです。」

「そうそう!そういう話だったわよね!私半分忘れていたわ!」

「・・・この話に何の意味があるのですか?」

「それも教えてあげない。」


薫はにこりと微笑むと、初音に顔を近づけた。そして今日夕方と同じ行為をする。

初音の泣き黒子に口づけた。

初音は驚き、思わず片手で黒子を押さえる。

だが薫は素知らぬ顔で話をつづけた。


「貴女さ、本ってよく読む?」

「・・・はい・・・。」

「それなら話は早いわ。物語を読むとき、この言葉はどういう意味があるのだろう。作者は何が言いたいだろう・・・って考えない?そういうことよ。貴女はもっと現実においても考えるべきだわ。」

「・・・?」

「私は貴女の疑問に答えないし、答える気もないの。意地悪だと思う?私もそう思う。」

「あの・・・。話が読めません。」

「本は読めるのにね。」


ますます分からない。

キスした理由もわからなければ、薫の話も分からない。

そういうところが彼女が言う意地悪なのか・・・。

何を自分は試されているのだろう。


初音が黙り込んでいると、薫は時計をちらりと見た。

時刻は午前0時。


「あー。魔法が消えちゃう時間。少しだけ楽しかったわ。貴女はもう馬車に乗って帰りなさい。でも大丈夫、王子はきっと探してくれるから。」

薫がそう言って帰ろうとするので、初音は慌てて彼女を呼び止めようとする。

が、彼女は決して振り返ることはなく一言だけ残して去っていった。

「またね!学年主席の女の子。頭は日常生活でもうまく使いなさい。」

「え・・・?」


どうしてそれを・・・?


だがしかし結局、初音の知りたいことを薫は何一つ答えてくれなかった。

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