傀儡みたいなイメージがありましたけど、やっぱりそういう地位にいれば、そりゃあ権力への欲望が芽生えてきますよね……^^;
義朝の血が引き継がれていたんですね……だから九条家へと向かった、と。
「何かエラそうだから」という理由かと思っていました(笑)
でも摂関家ぐらい突き抜けた存在でないと、源氏サラブレッドの足利家とかが物申してきそうですし、こうするしかなかったのかもしれませんね。
面白かったです。
ではではノシ
作者からの返信
もちろん、血筋だけではなくて、父親の九条道家が院・朝廷の権力者だったからですけど。
北条政子は親王将軍が実現できると思っていたところ、後鳥羽院が拒否してしまって、摂家ということになったわけですが。
でも、道家も、長男は鎌倉に送らずに、京都の自分の家を継がせているんですよね。摂政・関白と鎌倉将軍を(摂家のなかでも)九条家で固めたかったのか。あまり目立たないですが、じつは野心家でキーパーソンだったのかも。
それでは、またよろしくお願いします。
投稿ご苦労様です。
『当時の制度では「職」は家に属します。したがって、その「職」に現に任じられている人ではなく、その家の当主がその家の「職」について優先権を持ちます。』
というのは面白いですね。日本独自のような気がします。
作者からの返信
ありがとうございます!
たしかにそうですね。
「家」制度は日本だけにあるわけではありませんし、「院政のようなシステム」も、フランスのカペー朝では「若い王を即位させて、父王が共同統治者になる」という仕組みがありましたから、日本独特とも言い切れないのでしょうけど。
しかし、院政のように、本来は最高の存在である「天皇」を「将来、治天の君=院政を行う上皇になれるようにするための通過点」にしてしまう、という仕組みは独自で、ほかに例がないかな、と思います。それが「家」によっては大御所政治になったりするわけです。
それでは、またよろしくお願いします。