最終記録

「……イチ! リュウイチ!」


 カナの声が聴こえる。

 天国とは、地球人が精神安定のために編み出した寓話装置だと思っていたが、実際にあったのか。

 いや、違う。


 私の身体は脈打っており、体温を保持していて、誰かに激しく揺さぶられている。


「リュウイチ! しっかりして、リュウイチ!」


 目を開けると原口カナの涙でくちゃくちゃになった顔があった。


「……カナ」

「大丈夫⁉︎ どうしたの倒れ込んで⁉︎」

「……生きてる」

「良かったぁ……もうっ、心配するじゃない! 冗談やめてよね!!!」


 そうか。

 人間の脳は、その意識の存続は、他の意識との直接の連続性を必要としないのだ。

 人間は意味をもって、言葉をもって意識の鎖を過去から未来へと繋ぎ、その連鎖を渡ることで生きているのだ。


「ごめん、俺……」

「ちょっと黙って!」


 原口カナは私にキスをした。

 乱暴なキスだった。


「勝手に死んだり、いなくなったりしたら絶っっ対に許さないから」


 原口カナは私に抱きつくとわんわんと泣き始めた。温かく、鼓動する身体。


 そうだ。

 意味と言葉で繋ぐ心と、血の通った生きた身体とその触れ合い。それが彼らの──生命の連なりで、生きることそのものなのだ。


 私も涙を流していた。

 自然に涙が溢れて来たのは初めてだった。


「カナ……ありがとう。愛してる」


 カナは顔を上げると、涙を拭いながら言った。


「バカ。まずは何か着なさいよ」


 この星は、この文明は、地球人という種は本当に、マクエグチーだ。



*** 了 ***

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文明観測員1127号 木船田ヒロマル @hiromaru712

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