記録7

 原口カナという地球人は私と頻繁に意見を交わした。


 彼女との意見交換は、私にとって特別なものだった。

 いや、それは意見交換だったのだろうか。

 私と原口カナは一緒に過ごしても段々言葉を交わすことは少なくなっていった。


 不思議だった。


 言葉の、文脈や意味の交換は減ってゆくのに、理解や交歓の度合いは増してゆくのだ。マクエグチーだ。


 彼女の頭髪、彼女の頭部骨格と表情筋、外皮が成すデザイン。私の顔面を反射して映すその視覚器官液胞。彼女から発する安息脂肪酸の嗅覚情報。


 私は脳のシナプスが隣のシナプスと結び付く気持ちを理解した。


 彼女は私の肉体に触れたがり、私も、私の肉体も彼女の肉体に触れたがった。


 彼女は私の名を繰り返し呼び、私は彼女の名前を繰り返し呼んだ。

 私とあなた、上山リュウイチと原口カナという二つの細胞は一つの細胞に接合し体液を混合して、私は、私とあなたという区分があり、尚且つ私とあなたとが一つになるということの喜びと素晴らしさとを知った。

 私は私の中に沸き起こる非合理な自我に戸惑った。


 私の中で原口カナのプライオリティが異常に肥大化し、それが私の責務や、私自身や、私の母星や、汎銀河や、宇宙全体と同等か、それ以上に大切に思えた。


 私は理解してしまった。

 地球人が愛と呼ぶ意識の病を。

 あなたを大切に思い、何より大事にすると同時に、他の誰かにはどこまでも残酷に、黒い岩になれる。

 この種族は危険だ。

 この種族に、階層9、階層10の力を持たせるわけにはいかない。

 この種族は愛のためならば、迷わずその力を銀河や時空の破壊に使う。

 この理解が意識連続体に伝われば、それは迷わずにスバルスメコックを用いて地球人類だけをグールカンゴするだろう。


 だが私は既にそれを許せなくなっていた。

 

 確かに、この種族は危険だ。

 時空全体にとって。

 だがそれ以上にこの醜悪で美しく、可笑しくも悲しく、最悪で最高な種族を私は愛するようになっていた。


 それは明らかに病だが、私は私自身をその病の状態に置いておきたいと思った。


 ここに来る前の私なら、原口カナに会う前の私ならこれは信じられないことだった。

 しかし私はそれに対し恐れも悲しみも痛みもなく、むしろ温かく、安心を感じていた。マクエグチーだ。


 意識連続体との再接続、報告の期日は迫っていた。

 我々の構造上、意識連続体に嘘をつくことはできない。

 

 だがこの星を、地球人を、原口カナを護らなければならない。


 例え、私が私として存在できなくなったとしても。

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