第13話

1日時を遡って、日曜日。


私は特に何もすることがなかったのでボーッと天井を眺めていたのだが、ある瞬間、唐突にその欲求が芽生えた。


掃除機に驚いてるハナちゃんが見たい。


邪なことこの上ない欲求だが、実際にハナちゃんが人間になる前から随分長い間掃除していない。ハナちゃん云々ではなく、そろそろしないといけない。


ということで掃除をしていく。

まず机の上や床に置いている私物たちを撤去する。

冬、コタツからできるだけ離れたくない時期ということもあって、物が散乱していた。


私がいつも放ったらかしにしているのは、お菓子やら衣服やらが多い。お菓子は台所の戸棚にしまって、衣服はちゃんとハンガーにかけておいた。


机の上には文房具類とティッシュ箱、テレビのリモコンのみとなった。それらは適当に台所の机に置いた。


何も無くなった机の天板を濡れタオルできちんと綺麗に拭いてから、持ち上げて廊下の壁に立てかける。


天板を退かして移動可能になったコタツの布団を畳んで、リビングの襖にしまっておく。


天板も布団もなくなって土台のみとなった。中が丸見えになるわけだが、驚いた表情をしてこちらを見ているハナちゃんがいた。


「ごめんね掃除するねー」


ハナちゃんはじっと土台部分をゆっくりと持ち上げる私を綺麗な緑眼をまん丸にして上目遣いで見てくる。その仕草が猫の時から変わってなくて可愛い。


「よいしょ」


土台をリビングの端っこに立てかけると、広くなった絨毯の真ん中に、未だに状況を理解出来ていないハナちゃんがポカンとした表情をして寝転んでいる。


さながらまな板にのせられた魚のようだ。ハナちゃんには何もしないから大丈夫だよ。


ハナちゃんがリビングにいるうちに、廊下に用意していた例のものを起動する。


猫のことを知れば知るほど、掃除機は猫の天敵だと思うようになる。なんせ臭い、でかい、うるさい、という猫の大嫌いなものトップ3を標準装備している。


ハナちゃんがそうであるように、風呂が好きな猫はよく聞くが、起動している掃除機が好きな猫は都市伝説的存在だと言っても過言ではないのだろうか。


ハナちゃんは猫の割には大人しい性格である反面、そういった大きかったり、びっくりする物が苦手だった。


分かっていながら私は今から掃除機をかける。

まあ、遊び心というやつだ。


「弱」に設定してリビングに入る。


ガラガラとスライド式のドアを片手で開けると、部屋の真ん中でお尻を高く上げて警戒態勢をとっていた。

さっきよりも割増で大きくなってる瞳が、ハナちゃんの今の感情を物語っている。


1週間という期間が過ぎたが、未だにハナちゃんの服装はチラリズムTシャツである。四つん這いになってお尻を高く上げて威嚇しているハナちゃんは、服装も含めて獣に育てられた感が非常に強い。


部屋に入るために右手で掃除機の取っ手を持ち上げただけでハナちゃんの身体がビクリと跳ねる。

よく見ると、ほんの少しずつ後ろに下がっている。


確かに邪な気持ちで始めたとはいえ、ここまで怖がられると流石に申し訳なくなる。「強」にはせず、一旦切る。


リビングの真ん中へ進んでいくと、ハナちゃんはものすごいスピードで、私と掃除機を大きく右に避けていった。


人間の身体の構造によるものなのか、逃げる時のハナちゃんの体勢は、猫というより猿に近かった。

着々と人間に近ずいてる証拠だ。


ハナちゃんが猛ダッシュで部屋から出ていったことを確認して、私は再度掃除を始めた。

掃除機をかける。掃除機は人間ですらうるさいと感じる爆音を鳴らしながら、ほこりっぽい空気を辺りに撒き散らす。猫のサイズから考えると、さながらブルドーザーだ。


一通り絨毯の上を掃除してから、コロコロで細かい汚れなんかを取っていく。


しかしどれだけ綺麗に使っているつもりでも、汚れとは知らず知らずのうちに溜まるな。

ほこり、お菓子の欠片、そして。


「これは、毛か」


ハナちゃんがよく寝ていた場所に落ちている毛、おそらく猫の時の。少し先には長い毛が、人間のハナちゃんの毛が落ちていた。


「…………」


数秒の後、私はどちらもコロコロで巻き取った。




熱心に掃除をし続け、絨毯から机のあとが消えたくらいで、ふと気になってハナちゃんを探した。

ハナちゃんはリビングのドアから上半身だけにょきっと出して私のことを見ていた。


「ははは、終わったよハナちゃん」


ハナちゃんはゆっくりと部屋に入ってきて絨毯の真ん中にぺたりと寝転んだ。


あら可愛い。

しかし疲れた。私もハナちゃんの隣で寝よ。


ハナちゃんが私の腕を枕にしてきた時は、愛くるしさに死んでしまいそうになった。


可愛いなあ、ハナちゃんは。


綺麗になった絨毯の上で、私とハナちゃんは長い間眠りに落ちた。

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