第11話
まだ休日の1日目の夕方だというのに、平日分の疲れは浄化されていた。
ハナちゃんが、かわいい。
その事実があるだけで、私の心は満たされた。
その幸せを分け与えてあげたいと思い呼んだ友人が来た頃には、幸せの大元がこたつで眠ってしまった。
角崎はやけ酒と言わんばかりに家の緑茶を物凄い勢いで飲み干してしまった。
「そんなに飲んだら寝れないぞ?」
「ハナちゃんが起きるまで寝るつもりも帰るつもりもない、というかまだ6時だろうが。猫ならともかく、ハナちゃんちょっと寝すぎじゃないか?」
猫は1日の半分以上を寝て過ごす生き物だ。
その名残かハナちゃんも今日、食事以外はこたつで丸まってた時間が多かった。
普段も同じ生活リズムだとすると、確かに良くないかもしれないな。
「そうだな、じゃあ飯でも作るか」
「何を言ってるんだ」
立ち上がる私に対して食い気味に言ってきた角崎。
「美味しい匂い漂わせるとハナちゃん吊れるんだよね。朝はホットケーキ、昼は焼きおにぎり、夜何にしようかな」
「なるほど美味しそうな匂いか」
角崎がゆっくりと椅子から立ち上がり、外出の支度を始める。
「どっか行くか?」
「いや俺だけ行ってこよう、緑茶代だ」
「ありがとうございます」
膝におでこが当たりそうになるほど深深と頭を下げる私に対して、角崎は照れくさそうに制止させる。
「やめてくれ、本当にかなり飲んでしまったからな」
「そんなの気にならないくらい世話になってる。……それで、何を買いに行くんだ?」
角崎はジャンパーを豪快にと羽織る。
もーカッコつけたがりなんだからー。
「カレー」
あーね?
「まだカレーは早いかなって思って昼やめたんだけど」
「甘口買ってくるし、ハチミツとか入れとけば大丈夫だろう」
うーん、悩みどころではあるが、角崎がまったく料理出来ないことを棚に置けば、確かに問題なさそうな気もする。
「じゃあ……お願いしようかな」
「了解、何が必要だ?カレーといえば、じゃがいも、にんじん、カレールーにあと……」
じゃがいも……にんじん……カレールー?
まさか角崎……。
「レトルトじゃ……?」
「レトルトじゃ匂いもなにもないだろう。まだ6時、時間はある」
「誰が作る……?」
「お前と俺しかいないじゃないか、一緒に料理とやらを覚えよう」
「…………レトルトも一応買ってきといてな」
角崎はしぶしぶ了承して、家を経った。
角崎が買い物をしている間に米を炊いておく、さらにスマホでカレーの作り方を調べて分かりやすいのを選択した。
家にない材料を角崎に連絡する。
本当にやることがなくなり、ハナちゃんに会いに行こうかとも思ったが、我慢して買い物に行ってくれてる角崎に申し訳がないため、自分も我慢した。
角崎が帰ってきたところでカレーを作る。
まな板と包丁を2人分、ボウルを用意する。
玉ねぎ、にんじん、じゃがいもといった具材を切り分けていく。
「片山、これって皮むきどうやるんだ?」
角崎はにんじんを手に取って私に聞いてくる。
私も握ったにんじんを見つめながら同じことを考えていたため、笑いそうになる。
「ピーラーじゃないか?」
「なるほど」
「皮むきは俺がやっとくから、角崎はじゃがいもか玉ねぎ頼む」
角崎はじゃがいもを手に取って私に聞いてくる。
「片山?じゃがいもの皮は?」
「ピ……ピーラー……かな?それもやっとくから玉ねぎ頼む」
角崎は玉ねぎを手に取って私に聞いてくる。
「片山、玉ねぎは」
「玉ねぎは手だろ」
皮むきという基本作業からかなり苦戦している。改めて料理の大変さを痛感させられた。
何より料理になると角崎がこんなにポンコツになるとは思わなかった。
「片山、じゃがいもはどんなサイズで切るのがいいんだ」
「1口サイズくらい?」
私もほとんど料理したことがない、これくらいしか言えることが無いのだ。
「了解」
了解といった割に、角崎が切ったじゃがいもは、衝撃的なことに4等分に切り分けられていた。
「お前の1口サイズじゃないわ」
思わず口に出してしまった。
その後私はその欠片をさらに4等分した。
何やかんやで用意した具材を炒める。
「……炒める?炒めるってなんだ」
野菜やら肉がいい感じに焼けてきたら、水を加える。
沸騰してきたら灰汁を取りながら具材が柔らかくなるまで煮込む。
「片山!なんか変なのが浮いてきたぞ」
「それが灰汁、俺が灰汁取りしとくから、角崎はこれを頼む」
「ん?」
私は角崎にうちわを渡して、カレーの匂いをハナちゃんが寝ているリビングへと仰がせる。
角崎はとても不服そうな顔をしていたが、あまりにも戦力外だ。ハナちゃんへの食事以外の時にでも改めて料理の練習をしよう。
いい感じに煮込むことができれば、ルーを適量入れる。
何故かルーが溶けないと思ったら、一旦火を消さないと溶けにくいらしい。
私も大概だな。
ルーが溶けてから、再度火をつけてよく混ぜると、いつもの見慣れたカレーが出来上がった。
「にゃあーん」
どうやらハナちゃんが来たらしい。そのうちごはーんと言ってくれるようになったら嬉しい。
角崎はハナちゃんに会えてとても嬉しそうだ。
頭を撫でたいのか手を少しずつハナちゃんに伸ばしている。撫でさせてあげたいところだが、料理した直後の手で触らせる訳にはいかない。
ぐうぅぅ。
ハナちゃんを椅子に座らせている時にお腹がなる音が聞こえたが、もはや気にならないくらいに私もお腹が空いていた。
さあ、実食といこう。
炊きたてのご飯をお椀に入れる。せっかくのカレーなので表面を斜めにするのを忘れずに。
そこに具材を最低1つずつ入れていく。
じゃがいもは小さく刻みすぎて溶けてしまわないか心配だったが、大丈夫のようだ。
小さい子が嫌いになりやすいにんじんの初印象を少しでも良くあって欲しい。そのために私はにんじんを1欠片摘んでちゃんと煮込めているかを確認する。
他ならぬ私が1番最初に食べたにんじんがまだ柔らかくなっておらず、ひどい食感でしばらく食べれなかったのだ。
肉も念の為1欠片食べておく、特に確認することもないためただのつまみ食いだが、ちょっとくらい許してくれるはずだ。
毎度お馴染みの木のスプーンを用意して、ハナちゃんの前に持っていく。
1口目はご飯とカレールーを半分半分にすくってスプーンの中にミニカレーライスを作り、息を吹いて熱を冷ます。
「はいあーん」
「なーーん」
角崎が非常に羨ましそうな顔をしてこちらを見ているが、正直この役は独占したい。
それに今回は試してみたい事がある。
ハナちゃんは生まれて初めての香辛料の味を楽しんでいる。
最近は食べていて辛いとあまり思わなくなったカレー。
カレーの味、と言われると人々はどんなことを考えるのだろう。おそらくだがほとんどの人が「カレーはカレーだろ」というのではないだろうか。
初めて食べた時のカレーの味は、もはや忘れてしまった。少しでも印象に残ってくれると嬉しい、そう思った。
「はいハナちゃん」
私はハナちゃんにスプーンを手渡す。
既にスプーンを食べる時に使うものとして認識しているハナちゃんは恐れることなくそれを受け取った。
ハナちゃんは不器用ながらもカレーをスプーンですくって食べていく。
ルーばかりであったり、米ばかりであったり、最初はそういうものだ。
レトルトじゃないからお代わりだってできる。
水を入れたコップを隣に置いておくと、左手で手に取り多少零しながらも飲んでいる。もう傍から見たら、普通の人間と相違ない。
娘の成長を見た父親の嬉しさとは、こういうものなのだろうな。
ぐうぅ。
美味しそうに食べるハナちゃんを見ていてついお腹がなってしまった。
ハナちゃんに聞こえたらまた気を使わせてしまう。私も食べるとしよう。
「角崎は福神漬け派?卵派?」
「俺は福神漬け一択だな、あれは美味い。片山は?」
「俺は……何もかけずに食べようかな」
俺はハナちゃんを見ながらそう言った。せっかくなのだから同じ味を楽しみたい。
ほう、と俺を見た角崎は少し悩んだ様子を見せたあと、「なら俺もかけない」と言った。
角崎が買ってきたところを考えると、本当に福神漬けが好きなのだろう。悪いからあとでちゃんと持って帰らせよう。
俺と角崎は、横長の椅子に座ってカレーを食べる。
たまにハナちゃんのおかわりをよそう為に席をたちながら、自分たちの手作りカレーを消費していく。
とても美味しかった。
食べている最中はお互い話しかけなかった。
角崎はともかく、私は気を使ってではなく、考え事をしていた。
ハナちゃんにとってこのカレーが思い出深いものになってくれただろうか。いつか好きな食べ物が問われた時、「お父さんが作ってくれるカレー」と言ってくれたりするのだろうか。
もしそう言ってくれたら、私は泣いてしまうかもしれない。
「思いのほか美味いな」
「ああ」
この時食べたカレーは、なぜかとても新鮮な味に感じた。
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