第7話
慌ただしい1日が終わりを告げた。
朝起きたら、昨日のことが全て夢だったかのように変わらない日常が待っていた。
なんてことはなく、目が覚めた瞬間に足元にいるものの感触から昨日の出来事は夢ではなかったと理解する。
布団をめくって中を確認すると、私の足にくるまって寝ている美少女の姿があった。
猫の姿に戻っていないのはいいことなのか、悪いことなのか。
ハナちゃんを人間の女の子として育てる。
その誓いはとても固いものだが、どうしても朝起きたら戻ってたり、と考えてしまうのは人間の性だと思う。
「ハナちゃーん」
ちょっとずつ足を曲げ、身体をハナちゃんの近くに寄せていく。
「ハナちゃーん」
そっと頭を撫でる。
「んーー」
気になったのか、ハナちゃんはもぞもぞと身体を反転させて、頭を私とは反対側に持っていってしまった。
「あーごめんねハナちゃん」
ショックではない。
いやショックではあるけど、この行動は猫の時からやっている。
そういう時、私は決まって背中をさする。
しかし今のハナちゃんの背中をさするのは、若干ハードルが高い。
穴だらけの白ティーシャツの至る所から綺麗な肌が見える。
よく見ると綺麗な髪の毛がくしゃくしゃになっている。
「……」
お風呂に入れなければならないのだろうか。
裸姿を見るのに抵抗があるとか、少女の体を洗うのが犯罪臭がするとかではなく、着替えをどうするか、だ。
角崎と2人で何とか着せることが出来た衣服、それを脱がしてまた着せる。
この作業を想像するだけで頭が痛い。
角崎に頼めば、何だかんだ言いつつ毎日手伝ってくれそうな気もするが、流石にそこまで迷惑をかけるのは気が引ける。
でもハナちゃんの今後を考えると、女の子にとって髪と肌は命だ。
「…………」
枕の傍に置いてある携帯に手を伸ばす。
『7時30分』
時間を確認しつつ、私は電話をかける。
「……もしもし角崎?」
「にゃーん」
時は変わって、私は台所にいた。
「お前は馬鹿か、か」
流石の角崎も、朝風呂は承諾せず、夕方また家に来る、ということで手を打った。
「にゃーん」
「ハナちゃんごはん?」
「にゃあーん」
「ごはーんやってかーわいー」
今は角崎のアドバイスを元に、ハナちゃんのねだりをガン無視中だ。
大変心が痛むが、二足歩行という大いなる目的のために必要なことだ。
それにしても上目遣いでねだってくるハナちゃんの可愛さは相変わらず訳が分からないな。
ハナちゃんは少女になって表情がかなり分かりやすくなった。
今はどうしてくれないの?と聞こえてきそうなうるうるとした目でこちらを見つめている。
あれこれ私嫌われるんじゃない?
いやいや、ハナちゃんが私を嫌いになるなんてありえない、それにこれは本当に必要なことなんだ。
「んにゃーん」
そうこうしている内に、ハナちゃんが私の太ももに手を乗っけてきた。
よし!えっとこれで。
「ごめんねーハナちゃんー」
ハナちゃんに私の肘裏を持たせる。
そして私はハナちゃんの脇を持って、そっと、花びらを持つようにそっと持ち上げる。
「んうう」
喉の奥の方から聞こえてくる唸り声は、どう聞いても怒っている。
「ご、ごめんね?」
今はほとんど私の力で持ち上げているようなものだ。
ちょっとずつ、ちょっとずつ力を抜き、ハナちゃんの力で立たせる。
立つことに慣れていないハナちゃんは、必然的に腰が落ちてゆく。
落ちて、落ちて、中腰になる。
その先には、あらかじめ用意していた椅子がある。
ストッ。
座った。
可愛い。
座るという動作は、昨日車の座席で経験済みのためか落ち着いた様子だ。
背もたれもある。
そしてこの椅子は何と、ハナちゃんの慣れのためにリビングに運んでおいた360度回転椅子。
くるんと反転させればそこにテーブルがあるという仕組みだ。
ハナちゃんの前にご飯の入ったお皿を置く。
当然ハナちゃんは手を使うことなく食べる。
箸とは言わずとも、手を使って食べれるようになってもらいたい所。
米だと手が汚れるから、豆でも買ってくるか。
でも豆だけだと喉が乾くか。
あれ?そういえばハナちゃん水分とってなくない?
「あーどうしようか」
猫の舌は表面が返しのようになっていて、そのザラザラに水を引っかけて飲んでいる。
つまり水を一気に飲んだことがない。
ストローとかいいかなって思ったけど、そもそも吸えないか。
ということで私が用意したのは木のスプーン。
これですくって飲ませる。
ちょっとずつスプーンの大きさを変えて飲水に慣れさせよう。
ただしこれはやっておかねばなるまい。
まず水を少量いれたコップを用意して、ストローを突き刺します。
ご飯を食べ終わったハナちゃんの前に差し出します。
さあどんな可愛い反応を見せてくれるのでしょうか?
ここで予想外なことが起こる。
ハナちゃんはどうやら私の思ってる以上に喉が乾いていたらしく、なんとコップを両手で掴んだ。
そのままコップを傾けて、縁を口につけた。
「うそ」
あまりに唐突な出来事に、私は止めることができなかった。
しかしハナちゃんは非常に頭がいいらしく、こぼれないように傾けて、ぺろぺろ水を舐めた。
めっちゃ頭いいな。
こぼれないようにするのも勿論のこと、手を使ってコップを持ったというのが驚愕だ。
ただ、舌で舐めるという認識はそのままになっているようで、飲むことをしない。
「これからだな」
ちなみにストローは床に落ちた。
ハナちゃんは相当頭がいいと判明したところで、私は仕事に出かける。
普段は何食か分のご飯を置いて出かけるのだが、今日は昼休憩に爆速で帰ってくるつもりだ。
「いってきまーす」
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