第6話

全裸ではなくなったハナちゃんは、元通りコタツに入ってくるまった。


深夜まで空いた時間に私と角崎はこれからのことを話し合っていた。


「どうするかな」


「外は外でも知らない場所じゃ、警戒して車から降りないんじゃないか?」


「そのうち慣れるだろう?」


「ハナちゃんと俺の体力が持たない」


うーん、と私たちは同時に頭を悩ませる。


「結局四足歩行がダメなのだとしたら、二足歩行になってもらうしかないと思うんだが」


どれだけ考えても行き着く先はこの結論だ。


ポンチョワンピースを着て、二足歩行で歩いていれば、最悪にゃんにゃん叫んでも、ちょっと変な人程度で済む。


「そんな簡単なことなのか?」


「赤ん坊なら話は別だが、身体の年齢は13、14くらいとしたら、想像よりは簡単なはずだ」


「うーん」


そうだろうか。

さっき2足で立った時も、私を掴んでいてなおフラフラだった。


「生物は慣れることで進化してきた。現にハナちゃんは今までの歩き方ではなく、膝をついてハイハイしている。そっちの方が楽だからだ」


「二足歩行が楽だと気づけばだんだん移行していくと?」


「そういうことだ。まずはさっきみたいにねだりを無視して2足の機会を増やせ。次に椅子に座るという動作を覚えさせろ」


「なんで椅子?」


「人間の身体の構造とその役割を本能的に理解した方が早いと思う。手っ取り早いのが座るという動作だ」


とすると私がすべき行動は、ねだりをしばらく無視して、支えることで2足で立たせる。

その後に、椅子でも机でもお尻で座らせる。


今まで身体の構造的に出来なかった座るという動作が人間の自然な動きを察させることができる。


「なるほど。やってみる価値はあるか」


「あとどれだけ深夜に行くつもりかは知らんが、3時とか4時とかでいいんじゃないか?」


「だからハナちゃんの体力が……」


「それが目当てだ。ド深夜に遊ばせて次の日に外に出る体力を奪え」


角崎ってこんな鬼畜だったっけ。


「それは流石にきつくないか?」


「二足歩行できるまで浅い徹夜か、1日深い徹夜かどっちがいい?」


1日で終わらんだろ。

こんな若い時期に昼夜逆転なんて良くなさすぎる。


「俺が中学生の時はゼロ睡眠耐久とかやってた。大丈夫だ」


「今の成長した角崎に大丈夫要素がないんだが」


角崎は身長173センチと小さい訳では無いが、やせ細っており、学生時代からくまが標準装備だ。


「ハナちゃんには明るく元気に育って欲しいんだよ」


「クールビューティいいじゃないか、そもそもそういう外見だろ?」


「俺は天真爛漫な子になって欲しいんだよ!」


角崎は笑い、思い出される学生時代の他愛も無い会話をした記憶が懐かしい。


「はっはっは、相変わらずお前とは趣味が合わんな」


「……まあ角崎は間違ってない。心苦しいがそれでいこう」


「いいか、見失うのが最悪のパターンだ。見張りは俺がやっといてやるから、できるなら二足歩行の練習、出来なくても絶対に目を離すな」


「了解」


夜が耽ける。


深夜丑三つ時と呼ばれる真夜中に、怪しげに動く2つの影があった。

そう、私たちである。


ハナちゃんの白ティーシャツは夜だと目立つため、黒いポンチョを着せている。

ワンピースではなく、裾が腰程度までのポンチョだ。


頭を通すのではなく、マントのように留め具がないタイプを選んで正解だった。

めちゃめちゃ可愛いのだ。


今は私がハナちゃんをお姫様抱っこして、角崎が少しずつかつおぶしをあげている。


「にゃうあうあ」


仰向けで、なきながらかつおぶしを口に運ぶハナちゃんは意識が飛びそうになるほど可愛く、これには流石の角崎もだらしない笑顔を隠しきれないでいた。


嫌がる様子もなく、車に運び入れる。

ハナちゃんも一日ぶりの外が楽しいのかもしれない。


改めて思う。

猫の性格次第では大分前に詰んでいた。


車の後部座席に乗せる時、作戦通り、椅子に座らせた。

できるだけ楽なように背をもたれさせて、警戒心がなくなるように、コタツで寝ていた時のタオルを椅子に敷いている。


ハナちゃんは腕を力なくだらんと垂れ下げ、心置き無くもたれかかっており、ポンチョは煩わしかったのか二の腕までずり落ちている。


勝ったな。


角崎がハナちゃんの隣に座って姿勢を安定させる。


「お前ハナちゃんになんかしたらぶっ飛ばすからな」


「ならお前がここに座れ」


「……そうやな」


ということで角崎が運転、私がハナちゃんの隣に座ることになった。


ハナちゃん可愛いハナちゃん可愛い。


外でも危ないからと切り裂いたミニスカートのまま、膝まである靴下を履かせてやってきた。


前かがみになると、ポンチョの隙間から見える白ティーシャツの間から見える素肌というチラチラリズムが存在している。


これは犯罪だ。

やめだやめ。


「どこへ向かう?」


「昔よく遊んだ山の上の公園がある。そこはどうだ?」


小学生の頃、鬼ごっこをしたり、山に登ったりした公園だ。

懐かしい。


「人はこないのか?」


「周りに家はないし、雰囲気求めてやってきたカップルくらいしかこないと思う」


「なるほど、よさげじゃないか」


角崎は車のエンジンを吹かし、出発する。


目的地は車で10分程度、すれ違う人も、明かりがついてる家もない。


やばい犯罪してる感が凄い。

いや、私たちはなにも悪いことはしてない。

大丈夫だ。


公園に着いた。

野草が生えまくった地面だと不安だったが、幸いにもコンクリートが使用されている公園だ。

多少は問題ないだろう。


お姫様抱っこで公園内まで抱えて運んだ。

電灯しか明かりがなく、周りは暗い。


お尻から下ろそうとするとハナちゃんはとても嫌がった。


「んーっんーっ」


バタバタと腕の中で暴れ、いつの間にか反転し、うつ伏せになっていた。

私の腕から垂れ下がる手足をパタパタ揺らしている。


えっかわいー。


私がハナちゃんの可愛さに思考停止させていると、角崎はふむと唸る。


「嫌がっている。怖がっている?」


「ふーっふーっ」


手足は動きを止め、ハナちゃんの息遣いは荒くなっている。


「ふー……ふー……」


よく見るとハナちゃんは半目で、だんだんゆっくりになる息遣いと共に目は閉じていく。


「なるほど」


「角崎?」


「帰るぞ片山」


急に歩き出した角崎を、ハナちゃんになるべく振動がいかないように追いかけた。

車内に戻ってまたハナちゃんを隣に座らせる。


「角崎、どうした」


「ハナちゃんは眠いんだろう」


車を発信させながら角崎は喋る。


「眠くて眠くて仕方ない時に、安心できるお前の腕の中から離れたくなかった。シンプルな理由だ」


ハナちゃんは私の方に倒れかかってきた。


「っとと」


「すーすー」


寝ている。


「寝転がると睡眠、の違いなのだろう。ずっと寝ているように見えてしっかりとした睡眠をとっていなかった」


「いたって健康的な少女が真昼間に寝れるのもおかしな話か」


角崎がルームミラー越しに様子を見てくる。

ハナちゃんは今、私の手に支えられて揺れている。


「睡眠学習という言葉もある。そのまま座った姿勢でいさせる方が慣れるのも早いかもしれん」


「んぁう」


「…………だがまあ、お前の好きにするといい」


角崎にここまで言わせるとは、流石ハナちゃんだ。


私は手の力を少しずつ緩め、ハナちゃんを私の足の上に頭をのせた。


「すー……」


ほっぺを触ると、ぷにぷにしていてとても可愛い。


「ふふ……可愛いな……」


「…………親子……か」


角崎がボソッと呟いた。


「どうかしたか?」


「いいや、なんでも」


角崎も私もその後何も話さなかった。


真っ暗の道路を車のランプが照らしている。


道の数メートル前までしか見えない中で走り続けた。


角崎は私の家に着くや否や自分の家に帰った。


泊まっていけと言ったが、苦笑を浮かべた角崎に勘弁してくれと返された。


「完全に失念していたが、ハナちゃんは本当に外に出るのが好きなのか?」


角崎が去り際に放った一言は、ひどく私の頭に残った。


猫の時も外には出ていたから、少なくとも嫌いなことはないと思う。

しかし改めて考えてみれば、この子は猫として生きて1年程度だ。


活動範囲は家の庭、もしくはその周辺、塀に囲まれた範囲だとすると。


最初からそれでよかったのでは。


灯台もと暗しというやつか。

角崎に笑われてしまう。


早急に解決しないといけないものは大体終わったかな。

とりあえず明日仕事には行けそうだ。

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