第5話
角崎は、考えておけと言った後、その話をすることはなくなった。
「にゃーん」
可愛い、可愛いな。
「黒猫の時から結構美人さんだったからな、文句なしの美少女だ」
さっきまでの重い空気を払拭しようとしているのか、角崎は明るい話を持ちかける。
「にゃん」
外に出たいと言っているとすれば困った話だ。
角崎も頭を悩ませている。
「にゃーん」
深夜の公園に行くという案には角崎も賛成し、対案は出ていない。
どうする。
車に乗せて深夜まで走り続けるとか?
「にゃー」
待て、外に出たい以外の選択肢もあるな。
「んにゃーん」
無視され続けて怒ったのか、ハナちゃんは私の太ももに手を置いて中腰の態勢になった。
太ももがいつもより下だと気づいたのか、今度は私のズボンの入口を掴んだ。
「にゃーん!」
一際大きな声で叫んだ。
ムッとした表情が実に可愛らしい。
人間からすれば猫はにゃんにゃん鳴いてるように聞こえるが、それは彼らにとっての言語なのだろう。
ハナちゃんは突然変わった声帯で、猫の時の話し方を真似しているのだと思う。
「私は……なあ、角崎」
「なんだ」
「正しいかどうかは分からない、こんなに簡単に決めてもいいのかとも思う、でも俺はハナちゃんは人として育てていこうと思う」
角崎は一瞬驚いた表情をして、優しく微笑んだ。
あまり角崎が見せない顔だ。
「いい判断だ。俺にできることはなんだって協力しよう」
いい判断だと言った角崎は、私がこちらを選択すると分かっていたのだろうか。
猫として育てると言ったらなんと言ったのだろうか。
角崎は分かりにくいが良い奴だ。
きっと選択することが大切だと言ってくれたのだと思う。
「ありがとう」
何重の意味を持っていた感謝の言葉は、とても重かった。
「じゃあまずおやつをあげようか、かつおぶしでいいかな?」
「にゃーん」
どうやらおやつをねだっていたようだ。
助かった。
角崎は買った服をこたつで温めに行ってくれた。
効率を重視したのもあるだろうが、角崎は意外と女の子に耐性がない。
中身が猫とはいえ全裸姿のままいられたら耐えられない性格なのだ。
「可愛いねーハナちゃん」
かつおぶしをお皿に入れる。
当たり前だが四つん這いで舐めるように食べている。
椅子に座って手で食べる姿を見られるのはいつになるだろう。
名前はどうしよう。
花かな、華かな、それとも波奈とか?
考え始めたら止まらない。
シャクシャクとかつおぶしを食べるハナちゃんはとても可愛かった。
ハナちゃんと一緒にリビングへ戻ると、角崎が上半身をこたつに突っ込んでいた。
私の気配を感じたのか、もぞもぞと出てくる。
「何しとるん」
「急に訛るな気色悪い。混ぜないと温まらんし、燃えてしまいかねんからな」
「おお、なるほど」
「で、どうするんだ」
「まずはオムツかな、こっちとしても1番着て欲しいし、着てるのと着てないのとでは見る抵抗感が違う」
やはりかなり年齢が下とはいえ、女の子の裸を見るのは抵抗がある。
そして着させるのも比較的簡単だ。
「オムツよし、俺が後ろから支えるから、お前が止めろ」
まず角崎がハナちゃんの後ろに周り込み、位置を調整、股下からオムツを前に通す。
着させる上で1番大切なのはハナちゃんの気をそらすことだ。
ということで大きめのかつおぶしを咥えてハナちゃんの前に突き出す。
「にゃーん」
いい感じに気を取られてくれている。
その隙にテープなしの方をハナちゃんの腰あたりに当て、角崎が上手いことテープを貼る。
「もうちょい上だ。ずれ落ちるぞ」
「いや待ってくれ今俺は超えちゃいけないラインの瀬戸際なんだ」
なんせ目の前にハナちゃんの顔がある。
かつおぶしは1口目で半分が食いちぎられ、ハナちゃんがシャクシャクと咀嚼した。
つまり二口目は。
「唇触れる程度はセーフだ。大丈夫、やれ」
なんて無茶な。
犯罪だからな?
ハナちゃんという1級美少女の顔がどんどん近づいてくる。
「ふんぐうううううぅぅぅ」
「に?」
身体を思い切り仰け反らせ、ハナちゃんの顔が遠のく。
その勢いで持っていたオムツのテープを貼る部分を上に持ってくる。
「ナイスだ」
角崎はテープを止め、さらにちょうどよくなるように調節する。
成功だ。
「はあああああ」
着せられたことを確認した瞬間、俺も角崎もしりを着いて座り込む。
ハナちゃんは全裸で、上も下も丸見えで、50センチにも満たない距離にいたのだ。
精神的にひどく疲れた。
「しんど」
「角崎は後ろからだったからまだマシだろ」
「丸見えの背中にエロスがないと?お前もまだまだ子供だな」
「それでもこっちよりマシなことにかわりないだろうが」
「そんなことよりハナちゃんは……」
角崎め、分かってて背後に行ったな?
そしておかしなことに、こんな下らない会話が出来るくらいにハナちゃんは大人しかった。
それ程不快では無いのか、食べようと思ってたかつおぶしが食べれなかったのがショックだったのか、フリーズしたように動かなかった。
「ふにゃう」
残念ながはかつおぶしはもう口の中でふにゃふにゃだ。
「個人的な考えだけど、温めたのが大きいんじゃないかな」
「ま、なにせ寒いからな」
角崎と顔を見合せた私は、示し合わせたように素早く行動を始める。
ならチャンス以外の何物でもあるまい。
「ほれ」
角崎から送られてきたパスは、買ってきた白いティーシャツを少々いじったもの。
裾から袖口までを真っ直ぐ切り裂いた、簡易ポンチョだ。
頭を通すだけとはいえ、やはりハナちゃんの気をそらすのは大切だ。
ということでかつおぶしをハナちゃんの顔の前に突き出し、顔とかつおぶしの間にティーシャツの襟ぐりを挟む。
ハナちゃんのティーシャツに対する警戒心がかつおぶしを食べたいという欲に勝り、食べようとした瞬間に顔に当たらないようにそっと着させる。
かつおぶしに夢中になっている間に一先ず袖辺りを安全ピンで慎重に止めて固定させる。
「ふうっううううぅぅ」
「お前の安全ピンて、もっと安全なのなかったのか」
針が刺さるなんてことがないように大きめのサイズを買ったし、クリップなんかは肌に当たると冷たいからだ。
「ないな」
「にうぅ」
相変わらず想像よりも大分大人しいハナちゃん。
静かになってる隙に裾も安全ピンで止めてしまう。
ティーシャツは摘んでいるだけで十分温かさを感じる。
確かにこれに身を包まれていれば気持ちいいだろう。
「にゃーん」
ハナちゃんは再び四足で歩き出した。
袖と裾しか止めていないため、真ん中がたらりと垂れ下がり、中身が見える。
「おい片山」
「なんだろう」
「童貞を殺すセーターみたいになってるぞ。気のせいか、半裸の時より過激に見えるんだが」
「…………腰も止めようか」
もしかすると寝ている途中で外れてしまう可能性もあるので、安全ピンをセロハンテープで強く止めておく。
結果的に8箇所止めることになった。
チラリズムは未だ健在だが、まあ大丈夫だろう。
スカートやら、ポンチョワンピースやら、四足歩行に弊害のある衣服は家の中では着させられない。
オムツに白ティーシャツというなかなかな格好とはいえ、全裸よりはずっと安心する。
「いやいや、切れ」
「え?」
よく分からんが勝手に心を読んできた角崎が投げかけてきた言葉で、一瞬我を見失った。
「切ってミニスカにしろ、ちょうど黒と白の2枚ある」
「ええ」
「さっさとやるぞ」
ということでコタツに入りたがってるハナちゃんには少し待ってもらって、まずは膝に引っかからない長さを図り、黒のスカートを切る。
未経験者が線もなしに真っ直ぐ綺麗に切れる訳もないため、切り口はギザギザで、裾は波のようにぐにゃぐにゃだ。
ミニスカートにした後は、スカートをおしぼりのように丸めて細くし、ハナちゃんの腰に回す。
座ってる状態だとやりにくいため、私がかつおぶしを持って後ろ歩き、ハナちゃんがそれを追いかける。
その隙に留め具を止めて、あとは丸めた部分を元に戻すだけだ。
これで全裸の美少女から、チラリズム白ティーシャツに裾がぐにゃぐにゃのミニスカートを履いた美少女になった。
角崎が若干話しにくそうに口を開ける。
「一定層に需要がありそうな格好だな」
「やかましい」
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