第2話

ハナちゃんのごはんタイムが終わって一息つく。


1つ目の関門を突破したのはいいものの、外に出たがった時にどうするか、という最大の難所が待ち構えていた。


台所で立ったまま頭を回転させる。


一応食事は猫でも食べれるものをあげたが、恐らく身体は完全に人間になっていると思われる。

つまり、空腹に意識がいっていただけで、体毛がなくなった今のハナちゃんは、すごく寒いはずだ。


よく考えれば当たり前のことだ。

かなり長い間裸でいさせてしまっている。


私は急いで洗面所のバスタオルを手に取りハナちゃんの所へ向かおうとするが、一瞬、躊躇した。


バスタオルに慣れてしまうと服を着るという動作を拒絶してしまうのではないか。

慣れていないとはいえ服を暖かいものと認識し、着衣が必要なことと理解してくれれば、上半身だけでも着てくれるのではないだろうか。


頭を悩ませていた私の前に、ハナちゃんが洗面所の入口に貼ってあるのれんからひょっこりと頭を出した。


ついてきてくれたのか。


ハナちゃんは家に来た友達と1日で打ち解けられるくらい人懐っこい猫だった。


よく見ると、ハナちゃんは時々寒そうに身体を震わせている。


理由は分からないが、すぐそこにリビングがあるのに私のところに来てくれた。

それなのに私は、この先だとか着てくれるだとか自分の都合ばかり。


ハナちゃん第一、それこそ当たり前のことだ。

困ったらまたその時考えればいい、今ハナちゃんを震えさせているのは、紛れもなく私だ。


これ以上この寒い時期に少女の身体で裸でいるのは危ない。


私はバスタオルをゆっくりと、足元に座るハナちゃんの肩にかける。

だがハナちゃんは気に入らなかったのか、バスタオルを歩いて床に落とす。


素肌に直接感触があるということ自体に慣れていないため、どうしても拒否感があるのだろう。


しかしハナちゃんはその後すぐに自分が落としたバスタオルの上に乗った。


床が冷たいからか。

どうする?


自分の都合を考えずに寒がっている少女がいたらどうするか、考えろ。


駄目な思考をストップさせると簡単に答えが出た。

私が帰ってくるまでハナちゃんがどこにいたのかを考えれば本当に簡単な話だ。


私はハナちゃん用の服とタオルをもう1枚持ってリビングに向かう。


ハナちゃんならついてきてくれると信じてコタツの前に正座して待つ。


ハナちゃんはリビングに入ってきた。


「いい子だ、本当に」


私はすぐさまコタツを開けて、入口を作る。

火傷してはいけないため、温度を弱設定にして。


ハナちゃんがコタツの中には入っていった。

猫よりずっと大きいとはいえまだまだ小さい、それほど窮屈ではないと思う。

コタツの真ん中で寝ると弱設定でも素肌では危ないため、中心を少しずらす。


冷えた身体が温まり、気持ちよさそうに寝るハナちゃんはとても可愛い。


猫は身体が柔らかく、器用に身体を丸めて寝るのだが、その体制は人間が真似しようとしても真似出来ない。

少女の姿になったハナちゃんはどのようにして寝るのか、少し興味があった。


ハナちゃんは左向きになり、両手を枕にして、両足をくの字にして重ねていた。

その状態で肘と太ももがくっつくくらいに背中を丸めて寝ている。


めっちゃめちゃ可愛い。


なるほど、猫は普段こんな感じで寝てるつもりなのか超かわいいな。


私はハナちゃんにそっとバスタオルをかける。

服を着させるより先に、素肌の感触に慣れさせることを優先すべきと判断した。


ハナちゃんは片目を少し開けてこちらを見たが、特に嫌がる様子もなくもう一度目を瞑る。

ハナちゃんは気になることがあっても寝ている最中なら多少は許してくれる優しい子だ。


そしてコタツの真ん中あたりに、持ってきた2着の服を置いておく。


やはり自分の匂いが付いているものの方が受け入れやすいだろう。


「ん?……匂い?」


そういえば、ハナちゃんの五感は一体どうなってるんだ?


鼻や耳、何よりひげの役割を担う器官が無くなった今、かなり感じる世界が違っているのではないか?


しかしハナちゃんにそんな雰囲気は感じない。

無くなったヒゲの機能を補う何かが人間の器官にあるのか、それとも私が思っている以上にハナちゃんは長い時間この身体でいたのか。


後者だとしたら、混乱して暴れ回った時に傍にいてあげられなかったことが悔やまれる。

逆に言うと、すぐに適応できる年齢で人間になったのはまだよかったことなのかもしれない。


そっとコタツを閉じる。


「さて、どうしようか」


いつかは雨が止む、それまでに最低でも上下1枚は服を着せること。

しかし着せたところで、四足歩行で徘徊する少女を放置しておく人はいないだろう。


「……とにかく今は、ハナちゃんに合うサイズの服を買ってこよう」


正直ハナちゃんのぶかぶかパーカー姿はめちゃめちゃ見たいが、明らかに男用のパーカーを着てる少女も、それはそれで犯罪臭がする。


ここは我慢だ。


時計を見る。

家に帰ってまだ1時間も経っていない。


「18時30分、車で行けばすぐに帰ってこられるか。車で行けば……車か……」


自分の頭の中に思い浮かんだ案があまりにも滑稽で思わず苦笑いをしてしまう。


「エロ同人か」


それにハナちゃんはもう夜行性じゃない、例え夜中の誰もいない場所に連れて行ったとしても今のハナちゃんにはマイナス面の方が大きいだろう。


問題を先送りにする方法しか思い浮かばない自分が情けない。


「それでも、今はこうしよう」


少なくとも、真昼間に外に出すよりは正しい選択のはずだ。


「さて、行くか」


私は美少女になったハナちゃんを見てから初めて、彼女の傍を離れた。

心配すぎてコタツの中に潜り込んで抱きしめたくなりながら。


いや、それは帰ってからにしよう。

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