家に帰ったら猫が美少女になってた話
文虫
第1話
「ただいま」
仕事からの帰宅。
おかえりを返してくれる相手はいないが、ただいまというとちゃんと家に帰ってきた感じがするのだ。
「にゃーん」
声が聞こえた。
いつも仕事の疲れを癒してくれるハナちゃんのお出迎えは、1日で最も楽しみな時間といっても過言ではない
とはいえハナちゃんはお腹が空いてたまらないので可愛がられる余裕はないと言わんばかりのねだりっぷりだ。
それが可愛いいのだが。
「にゃーん」
「あらー可愛いお声が聞こえるねぇー」
私が帰ってくるのを今か今かと待ちわびていたハナちゃんは、ドアの開く音が聞こえたらすぐさま玄関に走ってくるのだ。
さあ今日はどこから来るのかな?
手前のリビングからかな?
それとも階段から降りてくるのかな?
私を視認したハナちゃんが一心不乱にこちらに走ってくる様子は溶けてしまうほど可愛い。
トテトテという効果音が聞こえてきそうな足音と、その度上下に跳ねる身体は抱きしめたくなるほど可愛い。
たぶん、ハナちゃんは世界で1番可愛いと思う。
玄関から1メートル先にあるスライド式のドアが開いた。
リビングにあるコタツの中で寝ていたのだろう。
「あーハナちゃんそこにいたのーただいまー」
お手本のような猫なで声で、我が家の愛猫ハナちゃんに話しかける。
猫のことになると人はひどく盲目的になるのものだ。
気持ちよく寝ている所を起こされても、壁で爪とぎをしてボロボロにしてもさして気にならないくらいに。
しかし今回は色んな意味で直視したくないが直視せざるを得ない現実が待っていた。
いつもとは比べ物にならないほどの勢いでドアが開かれ、ちらりと見えた手は明らかに人間のものであった。
リビングから出てきたのは黒髪の非常に可愛らしい美少女だった。
誰かに見つかったら余裕で捕まる位の年齢の美少女は、大変興味深いことに裸だった。
混乱、困惑、私は頭の中で今自分の感情を表現する言葉を必死に探していた。
目の前に広がる光景が、現実のものでは無いと思い込もうとしていた。
ハナちゃんってメスの黒猫なんだよな。
放心状態でなんとか考えられたことは、ことの核心をついているようで、より頭を真っ白にさせる。
そういえばさっきから鳴き声おかしいと思ったんだよな。
なんか妙に人間っぽいというか。
「にゃーん」
そんな私の状態などお構い無しな美少女は、お腹が空いてたまらないとばかりに鳴きわめく。
こちらに向かってくる際のトテトテという歩き方や、上目遣いに私の顔をじっと見てくる姿に既視感を感じる。
美少女から視線を外し、天井を向く。
ハナちゃんっぽーい。
頭を抱えるように下を向く。
めっちゃハナちゃんっぽいわー。
最後にハナちゃんの方を向く。
クリっとした目と困り眉毛でこちらをじっと見つめてくる。
くっそ可愛いいな。
私は思考を停止させた。
もはやこの状況に向き合うという道以外に残されていないことを何となく理解したからだ。
頭を撫でると、顔をぐいぐいと擦りつけてくる。
普段のサラサラとした毛ではなく、ふにふにとした人肌を感じる。
かわいい。
家にあがり、手を洗い、頭を抱える。
「さて、どうしようか」
普通ならご飯をあげるのだが、果たしてキャットフードを与えていいのかどうか。
なんか身体が少女になっただけで中身はハナちゃんのままっぽいんだよなー。
声帯が人間だし、見た目だけじゃなく身体的に人間になったのか?
仮に人間の身体になったとして、なら人間の食べ物をあげてもいいんだな、とはならない。
ひと先ず安全策として、人間も猫も食べれるカツオ節あげておこう。
カツオ節を入れている棚を開けて袋を取り出す。
ハナちゃんはとてもカツオ節が好きで、この棚を開ける動作をしただけで目を輝かせるのだ。
「…………」
私は見たいという欲に負けた。
誓って言うが性的な視線ではない。
ちらりとハナちゃんを見ると、それはそれは嬉しそうに、目をピッカピカに輝かせた美少女がいた。
ブッ。
思わず吹き出してしまう。
想像以上に可愛いその満面の笑みは、やったぁ!と聞こえてきそうでなんだかとても面白かった。
「ハナちゃんいっつもそんな顔してたのかー可愛いなー」
頬を撫でるとハナちゃんは両目を閉じてグリグリと頭をおしつけてきた。
「そんな可愛い君にはこれをあげます」
カツオ節の袋を開けて、あげるのだが、やっておかなくてはならないことがある。
カツオ節を1枚摘み、ハナちゃんの顔の前に差し出す。
ハナちゃんは目を細めて、その匂いを嗅ぎ、口に入れる。
シャクシャクと心地いい咀嚼音とはぐはぐというハナちゃんの口から発せられる声で耳が幸せになる。
2、3枚あげて満足したところで、いつものようにそれなりの量をお皿に入れてあげる。
私はカツオ節を美味しそうに食べるハナちゃんを見て満足気に頷くが、途中であることに気づく。
四つん這いになってカツオ節を食べる裸の少女と、それを笑顔で見守る男。
これは犯罪だ。
正直もう少し見ていたい位に可愛いが、流石に全裸の少女をそのままにして見ておくほど変態ではない。
急いで自室のタンスを開けて、今のハナちゃんが着れそうなものを探す。
残念ながら私は、猫が突然美少女になることを想定できる変態ではないため、ハナちゃんサイズの服はない。
とりあえずで私が選んだのは白いシャツと厚手のパーカーだ。
ぶかぶかだが、この際気にしてられない。
下どうしよっかな。
当然下着はないし、ズボンはずり落ちるだけだ。
私は頭を悩ませる。
後ろから迫る影に気づかないくらいには思考の谷に落ちていた。
「にゃーん」
私は突然話しかけられたようにビクッと身体を震わせる。
話しかけるだけでなく、ハナちゃんは私の背中に頭を擦りつけていた。
かんわいーわーこの子。
まあカツオ節しかあげれてないし、お腹空いてるのは当たり前か。
そう考えるとハナちゃんの顔が、まだちょーだいと言っているような気がしてまた笑いそうになった。
「にゃーん」
しかし困った。
今服を着せるのは難しいとして、何が食べられる?
たぶんキャットフードを食べても人体に害はないだろうが、美味しくないだろう。
私は一旦煮干しを2本ほどあげて、その間にネットで調べてみる。
「なるほど、猫は魚を食べるイメージがあるが、だめな種類のやつもいるのか。逆に人間がキャットフードを食べても特に問題はないが、必要とする栄養素が違う、か」
仮に私の幻覚とかではなく、本当に身体が人間になったのだとしたら、少女の身体にはあまりよくない気がする。
とにかく今、猫も人間も食べられて、かつこれからも食料として利用しやすいもの。
「……米……か?」
丁度いいことに今、炊飯器に炊いたご飯がある。
普段から自炊を怠らなくてよかった。
私はお椀に米をよそい、箸で混ぜながら息を吹きかけて冷ませる。
もう帰ってきてから10分は待たせている。
ハナちゃんがものすごく悲しそうな顔をしてこちらを見ている。
猫が座る時の体制で、かつ上目遣いでこちらを見る様子はとんでもない可愛さである。
かといって火傷をされても困るため、入念に冷まして自分でも食べる。
もう大丈夫だと判断し、ハナちゃんの方に振り向くと、一際大きな声でないた。
「にゃー!」
怒った顔も可愛い。
待たせてごめんね。
戸棚からスプーンを取り出し、1口分ハナちゃんの口へ運ぶ。
ハナちゃんはお腹が空いているので思い切りパクリと口に入れる。
そうなった時に歯が痛くないよう、金属ではなく木のスプーンにして良かった。
咀嚼している時のハナちゃんの表情は終始真顔であった。
よくよく考えるとこの歳の少女が白米のみを与えられて美味しいと感じるのだろうか。
いや、変に調味料をかけて取り返しのつかない失敗をしたら冗談では済まない、間違ってはいないはずだ。
1口1口運ぶため少し時間はかかるが、とりあえず食糧は大丈夫そうだ。
ご飯をあげていると、外から雨音が聞こえてきた。
「雨……よし、よし!これはラッキーだぞ!」
私は洗濯物を干したままであることよりも重要なことに気がついた。
ハナちゃんは外に出るタイプの猫だった。
今外に出れば、ちゃんと服を着て、私という不審者がいなかったとしても、心配という意味で通報されることは目に見えている。
だがハナちゃんは、とにかく雨を嫌ってどれだけ外に行きたくても雨が降っていれば中でふて寝する猫ちゃんだった。
問題が先送りになっただけとはいえ、ここで雨が降ってくれるのは大変ありがたい。
まずは服を着せること、次に雨がやめば必ずハナちゃんは外に出たがる。
それまでにどうにか対策を考えなければならない。
ハナちゃんはスプーンが差し出されるのを今か今かと待っている。
本当に可愛い子だ。
子供はもう、諦めていた。
孫の顔を見せられないかもしれないと謝った時、気にしないでと言った親の顔を今でも忘れられないでいる。
人間になったハナちゃんを見た時からずっと考えていた。
脳も人間になったなら、本当に人間として生きることが出来るのではではないだろうか。
娘のように可愛がっていた猫が美少女になっていた。
ハナちゃんと普通の女の子として、親子として生きることが出来るのではないだろうか。
「……いや、今はそんなことを考ている場合じゃない」
続きは落ち着いてからにしよう。
雨音が次第に大きく、強くなっていく。
ハナちゃんは忌々しげに外を見ている。
猫の時と違って、表情で喜怒哀楽がとても分かりやすい。
そんな顔を見てしまっては外に出して喜んだ表情を見るしかないじゃないか。
「さ、どうしようか?」
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