第5話 にゃん、にゃん、にゃん、にゃん、にゃん
黒ネコを追いかけ飛び出した道で、俺は偶然にも花宮と遭遇した。
「いっ!? 樹!?」
「はっ、花宮!?」
なんでここに花宮がいるんだ!?
目の前にいる花宮に、視線は釘付けだった。
淡いブロンド色の髪が印象的な彼女。夏の日差しに照らされ、肩までかかった細髪が、陽光を編み込んだかのように、煌びやかに揺れている。その美しさに、端正な顔立ちが華を添える。
品の良いお嬢様のような、綺麗に整った目鼻立ちで、美人と言っていい。でも間近見ると、丸みのある顔周りや大きな瞳が、幼く可愛らしくて、俺の知る小学生のころのあどけない花宮の印象を思い出させる。
中学生になり大人っぽくなった見た目でも、変わらないとこもまだあるんだな。
何故かはわからないが、気持ちが弾んだ。
「いっ、樹っ……!?」
突然、目の前の花宮が声を詰まらせる。白磁のように滑らかで艶やかな頬が朱色に染まっていく。淡い口元が何か言いたげに揺れていて、小さくも荒い息遣いが聞こえそうだ。
ん? あれ? てか、花宮の顔ちか、近すぎないか!?!?
こんな間近で花宮の顔を見たのは初めてかもしれない!! いや、小学生の頃に何度か経験あるような!? い、いや、今はんなことどうでもいいだろっ!?!?
花宮の瞳がだんだん潤んでいく。
わわっ!? は、花宮!?
赤い頬は膨らみ、怒っているようでもあり、恥ずかしそうでもあり、も、もうよくわからない。だが何とかしないといけないっ、と俺の脳内が警鐘を鳴らしていた。
や、ヤバい!! な、何も思いつかない!! えっと、えっと、えっと!?!?
「おっ」
思わず口から、なんの意味もない声が漏れた。花宮の愛らしい瞳がいっそう見開く。
花宮からの視線にさらされ、体が、顔が熱い。もう何も思い浮かばない。だからなのか、素直な、シンプルな言葉を俺は口にしていた。
「お、おはよっ、花宮」
「えっ……!?」
花宮の小さく驚く声。
や、ヤバい!? 間違えた!? いやいや!? 挨拶に間違いなんかあるかよ!! で、でも、も、もっと他に言うべきことがあったかも知れない。
俺が脳内でパニックを起こしていると、
「ふふっ」
花宮の淡い口元から笑いがこぼれた。小さくも優しげな声音が、俺の鼓膜を揺らす。ああっ、俺のよく知る花宮がいた気がした。白い頬が少し緩んでいて、小さな笑みが似合う。
懐かしさが込み上げてくる。小学生のときの、仲が良かった思い出が蘇る。今日の朝見た夢の想いが、込み上げてくる。今この瞬間戻れそうな気がした。あの頃の関係に。
花宮の小さな口元がそっと開く。俺の大きな淡い希望はーーー、
「うわっ、にぼしじゃん」
「ほんとだ、にぼしキモ」
「朝から、にぼしに会うとか最悪ッ」
花宮の取り巻き達の悪口で、儚く、一瞬にして散った。
花宮がハッとしたように顔を強ばらせる。俺に向けられていた、優しげな表情はもうない。いつもの、不機嫌そうな、棘のある嫌な表情に、変わっていた。
ああっ、そうだった。俺は勘違いするとこだった。花宮は、こうでなくっちゃな……。
俺はホッとしていた。気持ちは海の底のように沈んでいて。
俺は後ろに2、3下がる。花宮から距離を取るり、冷たくなった頭で、他に言うべきことがあったと思い出し、その言葉を口にしていた。
「よっ、ネコ女」
俺はそう冷たく吐き捨てて、花宮に背を向ける。前を、小走りで行く、逃げるかのように。
花宮の取り巻き達が怒ったように騒いでるのが聞こえる。その喧騒のなかで、はっきり聞こえた。
「樹のバカっ……」
嫌悪感のこもった花宮の声音だった。俺の胸にチクリと刺さる。でも、これで良い。これがいつもどおりの、俺たちなのだから。
もう俺は花宮と、仲良くは……、しない。そう決めてるだろ?
ふと、いつもの花宮の声音が、今日はなんだか寂しげに感じた。……、なんでだろう、いや、そんなの、どうでもいい……。
俺は頭を左右に振り、前をいく。偶然にも通学路だったこの道を、後ろを振り返らずに突き進む。それが、俺の決めた、花宮との接し方だと示すように、両足に力を込めて、俺は地面を蹴っていった。
縁結びの黒ネコさま🐈⬛ @myosisann
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