第4話 にゃん。にゃん。にゃん。にゃん。
人気の無い初めて通った小道で、俺は黒ネコと再会した。いや、再会と言っていいのだろうか。だって今俺の目線の先にいる黒ネコが、小学生のときに出会った、夢にも出てきたネコと同じとは限らない。あのときは、子ネコだったし。
「でも……、あのときの子ネコが成長して、大人になった?」
過去、夢、そして現在が変に絡み合った状況に俺はどうしたら良いか分からず、ただ黒ネコを、まばたきも忘れ見つめていた。当の黒ネコは、俺の熱視線を気にすることもなく、日に照らされている道側を歩きながら、こちらへ近づいてくる。
艶やかな黒い毛並みを煌めかせ、しなやかな足取りで足音ひとつたてない優雅な様。
なんとも言い難い、どこか非現実的で、夢のようなこの状況に、鼓動が早く、大きくなる。
全身が、心が、大きく揺さぶられる。
黒ネコが、俺の正面にやってきた。歩みを止める。
日陰側にいるのに、汗が頬を伝った。そのとき、
「にゃーん」
黒ネコが鳴いた。
『久しぶり』
そう言われた気がした。
ドクンッ。
心音が跳ねる。
「そ、そんなわけないだろ…………!」
つい独り言が出る。でも自分に言い聞かせないと、冷静になれない気がしたんだ。
「落ち着け、落ち着け……! ただのネコだ。そう、キレイな黒ネコ」
目の前にいるのは、普通の黒ネコなんだ。俺の過去、夢には何の関係もない、ただの偶然が重なった、それだけのこと。
「あははっ、お、お前も、にぼし、欲しいのか?」
さっき逃げていった野良ネコみたいにさ。
すると、黒ネコが、
「…………、にゃー」
どこかそっけなくも、返事をした。そうか、そうだよな、お前も、にぼしが欲しいだけの、ただの黒い野良ネコだよな。
小さく深呼吸。
変に考えすぎなんだよ、俺。
「待ってな、今あげるから」
全部あげよう。それでキレイさっぱりと終わろう。この小道と、黒ネコのことは今日だけの出来事。明日は普通に通学路を行く。
花宮のことも、もうこれからは、気にしない。
手のひらに、にぼしを全部のせようと、小袋を傾けたときだった。
バシンッ!!
「いてっ!?!?」
急に走った痛み。にぼしの小袋を持っていた手が何かに叩かれた。いや、違う。引っ掻かれたんだ!!
引っ掻かれた痛みで、にぼしの入った小袋を離してしまった。そのとき、
「あっ!」
パクリ。
地面に落ちる前に、空中で小袋をキャッチした黒ネコ。口に咥えたまま、俺から少し距離をとる。
「こ、このやろう〜!」
せっかく食べやすいように、手のひらにのせてやろうと思ったのに!!
ガマン出来ず、手を出してしまったってとこか。
「おい、返せ」
黒ネコは、身動きせず、にぼしの小袋を咥えたまま、俺をじっと見つめていた。
「まあ、普通は返さないよな……」
ネコに向かって何を言ってんだか。
俺はやるせない気持ちで、黒ネコを見つめる。このまま咥えて逃げて、どこか安全な場所でゆっくり食べるんだろう。
じぃーーーー。
じぃーーーー。
…………、おい、なんで逃げないんだコイツ。
黒ネコも、俺と同じように、見つめてくる。そして、小さな頭を揺らして、小袋をちらつかせる素振りを見せる。
な、なんだこれ。……、は、腹立つ。
「お、おい。逃げないなら、とるぞ」
引っ掻かれる怖さを我慢して、手をサッと伸ばした。
ヒョイ。
「なっ!?」
黒ネコが小さな頭をそらし、俺の手をかわす。
「…………、ま、まあ、いいさ。俺は、気にしない。やるよ、全部。…………」
サッ!
ヒョイ!
「ま、まあ、今のは、冗談だよ、冗談。…………」
サッ!
ヒョイ!
サッ!
ヒョイ!
サッ!
バシンッ!
「いでぇっ!?!?」
超引っ掻かれた。
「だあああああ!! なんなんださっきから!! 逃げねえのかよ!? おちょくってんのかああ!!」
コクリ。
黒ネコの小さな頭が頷いた。
OK、ならば
「返せ、この泥棒ネコ!!」
俺が勢いよく立ち上がると、黒ネコが走り出した。
「待て!! 逃がさねぇ!!」
走る、走る、走る!! 一本道をひたすらに。
でも黒ネコが前を行く。
早い。ネコ超早い!
時折、後ろを振り向く黒ネコ。めっちゃ、余裕かましてくる。
「くそっ!! ムカつく!! 絶対捕まえて、あっ!」
前を行く黒ネコの先、小道が違う通りと合流している。
「ヤバい! 他の道に出られたら、捕まえにくいぞ!」
それに今は通学の途中。時間に多くの余裕があるわけでもない。
「この一本道で捕まえるしかない!! 俺の本気を見せてやる!!」
汗だくになりながら走る、がむしゃらになって。
黒ネコが、違う道との合流付近で、急に足を止めた。
「おおっ! なんか知らんがチャンス!!」
一気に距離を詰める。そして、
「捕まえた! っと、なっ!?」
体を屈ませ、黒ネコを両手で捕まえようとしたら、消えた。いや、高く、俺の頭上を飛んでいた。そして、重力の法則に従い、
「いでっ!?」
ドンッ!
と、頭にかかる負荷。黒ネコは見事に俺の頭に着地した。
「…………、こ、こんの、クソネコがああああ!!」
ピョン。
俺の怒号を合図に地面へ降りた黒ネコ。トコトコと小走りで違う道との合流地点に行く。
黒猫が、一本道を出て、違う道へ。右に曲がった。俺も、急いで後を追う。
「もう決めた! 遅刻してでも捕まえるからなっ!!」
人間としての誇りが許さない!!
俺は走る。そして、勢いよく小道を飛び出した。
「きやっ!?!?」
女性の声。驚いた声だった。
視界の端に、女性が映る。顔は見れなかった。でも、制服。紺色。俺と同じ中学に通ってる人と、すぐわかった。後もう少しでぶつかるとこだった。
「す、すいません!! い、急いでて!?」
すぐに立ち止まる。女子の方へ目を向けた。
「えっ……!?」
俺はその女子に、目が釘付けだった。
色素の薄い、淡いブランド色の細髪が揺れていた。
少し大人びた、整った顔つきが、驚きに満ちていて。
俺も、同じように、驚いてんだろうな。
きめの細かい白くて瑞々しい肌を、少し赤らめながら、彼女が口を開いた。
「い、樹!?」
「は、花宮!?」
俺と花宮は、互いに驚きの声をあげ、見つめ合っていた。
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