第2話 にゃん。にゃん。

 月日が経つのは早い。小学校を卒業して、中学生になった。


 歩道に植えられた満開の桜に祝福されながら、これから通うことになる中学校へ緊張しながら歩いたのも、もう気付けば3か月も前のこと。桜は鮮やかなピンクの花から、青々とした葉へと衣替えをしている。夏の強い日差しをたくましく受け止めている様子からは、鮮やかな花の姿を想像しづらい。

 俺も、中学入学の初々しい気持ちはだいぶ薄れてしまって、今じゃこの通学路を歩くのが普通のことだと受け入れている。男子、女子でそれぞれ統一された紺色の制服に身を包んで。


 成長の証。


「なんか、小学生だったのが遠い昔のように思えるなぁ~……」


 まだ俺12歳なんだけど、どこか年寄り臭いことを思う。でも小学生だったときの俺は何を考えていて、何を思っていたのか、あまり思いだせないんだよな。まだ3か月も前のことなんだけどさ。

 それは中学校に入学してからの新しい環境(勉強の科目が増えて覚えることが山ほどあるとか、科目ごとに先生が変わって名前覚えなきゃいけないとか、クラスの人数も多くて皆の名前覚えなきゃとか)、色々な目まぐるしいことに馴染むため、脳が余計な記憶を消して、メモリーを空けているせいなのかもしれない。パンクしてオーバーヒートしないように。


 そう思うと、俺はつい口から零した。


「だったら、なんで今日夢にでてきた記憶は、真っ先に消してくれないのかなぁ~……」


 花宮との偶然の出会い。猫が大好きな花宮と、2人っきりで出会った思い出。


 今でもはっきりと覚えている、思い出せる。あのときの俺は、花宮華憐に何を考えていて、何を思っていたのか。


『大好き! 樹!』


「つぅ……!?」


 顔が、熱い。


「あぁ~!! な、なに朝から考えてんだ俺! お、落ち着け!! あ、あれはお礼の意味の大好きであって、それ以上はなにもない!!」

 

 ネコが好き過ぎて、になってしまう。そのことを秘密にする約束。そのお礼の言葉だっただろ!? あっ、


「そうだよ……、約束したのに、俺は……」


 花宮を裏切った。


 ……、暑い。


 ふっ、と頭上を見上げた。


 梅雨明けの空から降り注ぐ陽光が暑い。罰せられているかのような暑さに、気分が滅入る。頭上一面は、キレイな水色が際限なく広がっていた。梅雨のときの重く灰色がかった雲なんて今までなかったかのような光景。とても清々しくて……。今の俺とは真逆の色だ。俺は今もどこか灰色がかっていて。


 視線を下に戻した。青空を直視するのが辛かった。


 通学路のアスファルトは強い日差しに焼かれ、もやがかかっている。今まで蓄えられてた梅雨の水分が急激に蒸発し解き放たれたせいだろうか。

 半袖の白シャツを胸元でついパタパタと煽るも涼しく感じない。汗と湿気の匂いが鼻にまとわりつく、蒸し暑さが露出している肌にまとわりつく。いつまでもずっと。


「はあ~……、気分が……」


 最悪だ。そして、ふと思う。俺は、毎年梅雨が明けるたびに、同じことを思いだして、



「おはよう」「おはよう」「今日も暑いね」「そうだね」


 ハッとした。耳に入ってくる声。


 俯きだった視線を上げると、周囲にはちらほら同じ制服を着た学生がいた。


 あぁ、いつのまにか、結構歩いてたんだな。


 同じ中学へ行くもの同士。顔は知らない。たぶん、違うクラスとかだろう。


 このままのペースで行けば、もっと生徒は増え、活気があふれてくる。


 ……、今の俺には気が重い。


 このまま、素直に学校へ向かう気分じゃなかった。それに、なんだか胸騒ぎもする。このままずっと歩いてたら、花宮と出会ってしまう気がした。それは、最悪だ。


「……、あっ」


 目線をさまよわせていると、知らない小道が目に付いた。まだ、歩いたことが無い道。


 ……、行くか。


 いつもの通学路から外れた。知らない小道に入ってく。


 気持ちを整理したかった。落ち着かせたかった。


「今日は早めに家を出たし、多少時間がかかっても遅刻はしないだろ。それに、学校の方角に大きくそれるような小道では無さそうだし」


 俺はちらほら目に付く学生達から離れ、見知らぬ人気のない小道に歩みを進めていった。

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