縁結びの黒ネコさま🐈⬛
@myosisann
第1話 にゃん。
『わあっ! きみもかわいいっ!! どこからきたのかにゃ? はい、にぼしあげる、おいでにゃん♪』
夢を見ていた。いや、過去の思い出というべきか。小学4年生の、梅雨が明けたあの暑い日。彼女は黒い子猫に話しかけていた。俺はちょうどそのときに遭遇してしまって。
『あっ』
俺の存在に気づいた
俺と花宮、そして数匹の野良猫たちがいるこの場所。
彼女の小さな手には、にぼしの小袋があった。花宮もきっと俺と同じだ。ふ〜ん、でも意外だな。だって花宮はネコそんなに好きじゃないと、クラスでは言っていたから。まあ、いっか。それより、ふふ、俺はペットショップで売ってる鳥ササミだぞ、花宮。俺のほうがランクは上だ。
俺はこのとき、変な優越感に浸ってたっけ。
しゃがんでいた花宮は一気に立ち上がった。こっちに慌てて駆け寄ってきて。色素の薄い、淡いブランド色に輝く細髪が揺れる。可憐になびく様子がどこぞのお嬢様みたいにみえた。でもーーー、
『いっ、
それに対して表情は慌てふためき、頬を赤くして必死に問い詰めてくる彼女。勝ち気で、どこか男勝りな、いつもの幼馴染の姿がそこにあった。そのギャプが面白くて、俺はつい笑ってしまったんだ。可愛らしい女の子だったのに、もったいないなぁ、って。
『つっ!? うぅ〜!!!! み、見られたぁっ……!! さ、最悪っっ!! うぅぅぅっ!!』
顔をさらに真っ赤に染めて恥ずかしそうにする。
そんな花宮があまりにも不憫だから、
『クラスの誰にも言わないって。秘密にしとくから』
すると、花宮がすごく嬉しそうに笑った。華憐の名前にふさわしい、可憐な花のように、とてもキレイで可愛いく。
『ほんとっ!? うん、うん! ありがとっ! 樹!』
『つっ……!? おっ、おう』
今度は俺の顔が真っ赤になっていないかドキドキしてしまって。ただ、笑っている花宮のことを見つめてたっけ。幼馴染の意外な一面を見たと言うかさ。だって、こいつ、素直じゃないしさ。それに……、俺は初めてこいつに、異性というのを意識したというか……。
そんな俺の心境を知るわけもなく、花宮が
、
『あっ! クロちゃん!』
俺らの横を颯爽と走り去る、小さな黒猫。
『あ〜ぁもう! 触りたかったのににゃあ……』
『……、は、花宮』
『ん? にゃぁに?』
『えっ!? えっと……、花宮も、ネコ、す、好きなの?』
喋り方に『にゃん』にがついてしまうくらいに。
『うんっ! 大好きっ!』
『つっ!?』
別に動揺することじゃなかったんだ。でもその言葉にドキドキしてしまって。俺に言ったみたいに聞こえてしまったから。ほんとバカだよな。
俺はこのとき、嬉しさと恥ずかしさの混じった思いで、なんとか小さくつぶやいたっけ。
『お、俺も、だよ……』
『あっ! だよねっ! 私と同じでご飯持ってきてるし! そっか〜、だから樹もここに来たんだぁ!』
『ま、まあ、な』
『ねぇ! 樹!』
『おっ!? おう?』
『この場所、私たちの秘密の場所にしようねっ』
『えっ? ひ、秘密?』
『うん。だってね、寄り道してるってバレたら、先生や、お母さん、お父さんに怒られるかもだし。そしたら、もうこれなくなるかもしれないから……』
あぁ、まあ確かにそうかもな。
『わかった、約束する』
『えへへっ、ありがとっ。あっ、あとね、もう一つ、ひ、秘密にしてほしいんだけど……、そ、その……』
口籠もる花宮が、何を言いたいのかすぐ分かった。なんでクラスの友達に、あまりネコが好きじゃないと言っていたのか。その理由にもつながる、過度な猫好きによる、にゃん語。ネコを目の前にしたら、抑えられないんだろう。
俺は笑いを必死に堪えながら、告げた。
『大丈夫、秘密にしとくから。さっきも言っただろ』
恥ずかしげに頬を染めていた花宮の表情が、華やぐ。天真爛漫なお嬢様が、そこにいた。
『うん! ありがとっ! えへへっ、大好き! 樹!』
『なっ!?』
花宮は、秘密にしてくれることが素直に嬉しかったんだろう。その気持ちを言葉にしただけで。でもな花宮、そういうのは、好きな男子に言うべきだろ。たく、俺がただの幼馴染じゃなかったら勘違いしてーーー、
『これからは二人でもこようねっ』
『えっ!? なっ!? お、俺と!?』
『うん? あっ、も、もしかして、だめ?』
『い、いやいや!? そ、そんなことないけど……』
でも俺チビだし、ちょっと太ってるし、目もつり目で!? そんなダサい、ただの幼馴染の俺と一緒にいても良いのか!? だって花宮は、すごく可愛くて、美人で、人気者だろ!?
俺と一緒にいたら、困らないか?
胸の奥に渦巻く心配と不安。
でも花宮は、
『よかったぁ! ありがとっ、樹』
そう優しく言って、嬉しそうに微笑んだ。あの笑みを、俺は今も忘れられない。勘違いするなっ、て言い聞かせたけど、もう無理だった。きっと、このときだったんだ、俺が花宮にーーー、
にゃーん。
『あっ、さっきの黒猫ちゃん!』
『つっ!? あ、あぁ。は、初めて見るな』
『うん、あの子とも仲良くなりたいにゃあ』
そう言って花宮がにぼしを手に、ふりふり。
すると黒猫は優しい声音で、
にゃーん。
と鳴いた。颯爽と近寄ってきて。
ぱくっ。
たたたっ。
にぼしをくわえるや、触る暇もなく走り出した。でもチラリと俺らの方に振り向き、優しい声音で、
にゃーん。
と、去り際の挨拶をしてくれたっけ。
『あ〜ぁ……、また会えるかにゃぁ……』
『あ、会えるさ、いつかまた』
俺の言葉に、花宮は猫みたいに目を丸くして微笑んだ。
『うん、そうだねっ。……、にゃん♪』
ちょっとからかわれてるような、愛らしい鳴きマネが、俺の心をくすぐる。あぁ、俺はこのままずっと、優しくて可愛い、ネコ好きの花宮と一緒に仲良くいたかった。なのに俺は、花宮との約束を……………、
ジリリリリリリッッッ!!!!!
バンッ!
目覚ましを荒々しく止めた。
「…………、ふぅ、ふぅあ〜、あ〜、くそっ……」
中学生になって、なんでこんな夢を見てんだ、俺は。
「最悪の気分だ……、休みてぇ……」
でも、そういうわけにはいかない。
俺は鉛のように重い体を起こし、自室のベッドから出た。
ちらりと、中学の制服に目を向ける。
「はぁ〜……、今日もいつも通り、花宮に睨まれんだろうな」
それが今の俺の日常であり、背負っている罪でもある。秘密をバラした代償。
「はぁ〜……」
俺は深いため息をつきながら、制服に着替え出したのだった。
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