#5 こちら、「あの日」より

 戸惑いと焦りの中、商店街の方に出てきたツタウは言葉を失った。


 「どうしてこんな......ひどい......」

 ヒビ割れた道路。倒壊した商店街。街が半壊状態だった。

 それに、あちこちから助けを求める声が聞こえる。


 商店街のスピーカーからはアナウンスとサイレンがけたたましく鳴り響いている。


『先ほど発生した地震で最大震度7を計測しました。このあとの余震に十分注意し、すぐに安全を確保してください』

 

 呆然ぼうぜん――

 状況が飲み込めず、その場に立ちすくんだ。


 「ツタウ、どうしたの?なにかあったの?」

 「ミクどうしよう! 街がぐちゃぐちゃで......地震があったって聞こえていて。私、どうしたらいいの」

 「地震なんてこっちじゃ起きてないみたいだけど......一体。」


 その時、一人の男性の声がツタウの耳に入ってきた。


 「この声は......パパ......?」

 聞き馴染みのあるその声はツタウの父親の声だった。

 とっさに声のしたほうを振り向く。


 そこにはたしかにひとりの男性がいて、助けを求めていた、が父親とは別人のようだった。

 不思議に思いながらも、とにかく助けを求めるその声へと駆け寄る。

 

 徐々にその背中に近づいて気付いたが、男性はひとりの女性を抱えていた。

 だらんと落ちた手からは赤い雫がしたたる。


 「大丈夫ですか! 私に何かできることは」

 そう言いながら男性の肩に伸ばした手がくうきった。


 れることができない。


 ツタウが不可思議な現象が起きたその自分の手を確認し、顔を上げたところで更なる異変に気が付いた。

 「私、見えていないの――」

 まるで、この世界に自分が存在していないかのように、その場にいた男性はツタウを認識していなかった。

 いや、ではなく、ツタウはそこに存在していなかった。


 ありえないことが連続して起こっているこの状況を飲み込めずにいたツタウだったが、スピーカーから聞こえるアナウンスの声に同調して、昔、授業で見た写真と話の記憶を思い出した。


 「『2004年10月23日 新潟県中越地震』」


 まさかそんな。

 自分は今、その日に?

 でも、なぜ......?


 「いま、中越地震の日にいるみたい。でも誰も私のこと見えていないみたいで......」

 現在、唯一コミュニケーションのとれるミクに状況の説明を試みる。


 「地震って昔あった? つまり過去ってこと? そんなことがありえるの」

 「まさか、星街ほしまち放送局......」


 ラジオ局での出来事を思い出す。

 たしか、側を通った電車に驚いてそれで......

 机にあった手紙を持ったまま押したボタン。ON AIRボタン。


 「もしかして、あのスイッチを押しちゃったから過去に.....」

 「無事に戻ってこれるんだよね、ツタウはケガとかしてないの?」

 「うん、私は大丈夫みたい。でも......」

 

 そうだ、今は目の前のこの人を助けないと。

 二人に意識を戻す。

 何度も声をかけるがやはり二人には届かない。

 慌てふためく男性の腕に抱かれた女性はますます苦しそうに呻いている。

 近づいて気付いたが、女性は妊娠しており、出産間近のようだった。

 

 「本当にここが過去なら、この人は私のパパで......ママ......? そしてこのお腹にるのは」


 に気付いたクリーニング屋の店主が駆け寄ってきた。


 「小鳥遊たかなしさん! 奥さん、大丈夫か? すぐに救急車を呼んでやるからな」

 慣れない手つきでPHSを何度も操作するが電話は繋がらない。

 「だめだ、全くつながらねぇ......」


 ぐったりとした女性は消え入りそうな声で想いを訴える。


 「......この子だけは。このお腹の子だけは無事に」


 地震の倒壊に巻き込まれて傷だらけのそのな体では、医療設備の整っていない場所での出産には到底耐えられそうもなかった。

 しかし、産気を抑えることもできず、選択の余地はなかった。


 優しい目を潤ませながら、母は男性に想いを託すように言葉を絞り出す。


 「きっと、あなたに似て優しい子に......他人の痛みを悲しみ、喜びを一緒に感じられる子になるわ......朝に弱いとこだけは似ないと良いんだけど......一目ひとめ会いたかったなぁ......」

 「ママ......!」

 思わず、ツタウは母の最期を感じ取り、その手と自分の手を重ねる。

 初めて会った母の手にかすかなぬくもりを感じた気がした。


 「私、とっても元気だよ。とっても幸せだよ。

 ママの子で本当に良かった......!産んでくれてありがとう」

 

 母は優しい表情でツタウの顔を見つめ、手を握り返した。

 あれ?今、私のこと見えて......。


 その瞬間、ツタウの世界が小刻みに揺れはじめ、また流れ星のようなビジョンが視界に広がっていった――。

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