第四十節:別れ、駆け抜ける青年
「ルクスト! ルクストッ‼
しっかりしてっ‼」
「ルクスト‼」
「おい! てめえ、何寝てるんだよ⁉」
力なく倒れたルクストの周りにアルヴァ達が集まる。
どんなに呼びかけても、ルクストは起き上がらない。
ルクストの腹部を貫いた大槍はルシファスの死と同時に消滅し、その腹部にできた空洞からは血が流れ続けていた。
「勝った・・・のか・・・?」
もはや目も見えていないのか、何もない遠くを見つめたままわずかに動く口でルクストが声を絞り出す。
「ああ! 勝ったよ! 勝ったんだ‼」
「そうか・・・、よかっ・・・た」
アルヴァがその手を握っても、ルクストの手は握り返してはくれない。
ルクストの命の灯火はまもなく消える。
「ルクスト‼」
「我が魔力よ! この者に、癒しの奇跡を・・・!」
「姫様・・・、やめて、ください・・・。
この、傷は・・・、深すぎ・・・る・・・。
私は・・・、もう・・・」
泣きながら治癒魔法をかけようとするアサラを、ルクストは残り少ない力で静止する。
ルクストの腹部に空いた傷穴は、治癒できるものではない。
ルクストは、アサラが敵地で傷を負っている今、その魔力を無駄に消費させたくはなかった。
だが、それでもアサラには幼き頃から自身の側にいた護衛騎士の死を受け入れる事はできない。
「ふざけないでっ‼
あなた、私の護衛騎士でしょ⁉
なら、最後まで私を守りなさい‼
ここで死ぬなんて、許さないわ‼」
「申し訳、ございま・・・せん・・・。
ですが、私は・・・あなたに仕える事が、でき・・・、幸せ・・・でした・・・」
絞り出すようなルクストの声が徐々に小さくなっていく。
騎士の家系に生まれたルクストは、幼き日より王女であるアサラを守る事を誇りとして生きてきた。
いつしかアサラへの感情は、ルクストの中で特別なものへと変わっていった。
彼女が、自分ではない別の男と旅をしていたと知った時は苛立ちを感じた。
初めて城の外で親しくなった異性であるその男に対し、いつしか彼女の心が特別な感情を抱くようになっていた事も気付いていた。
彼女にとって、物心ついた時から知っている自分の存在はただの幼馴染か、せいぜい兄くらいのものだという事もわかっていた。
だけど、ルクストにはそれでも良かった。
世界と彼女の為に戦い、彼女を守って命を落とし、死にゆく自分の為に涙を流す彼女の騎士として最期を迎えられる。
愛しき王女の護衛騎士ルクストにとって、これ以上の最期はなかった。
「ルクスト・・・! だめよ、ルクスト!」
もう彼女の顔も見えない、その声もルクストには聴く事ができなかった。
それでも彼には最期に残す言葉があった。
「アルヴァ・・・・、リーウェン・・・・、
姫様、を・・・た・・・の・・・む・・・」
「ルクスト・・・?
いやよ、こんなのっ‼ お願い、目を開けてルクストォッ‼」
アサラがどんなにその名を呼んでも、ルクストは応えなかった。
信頼できる仲間達へ最期の言葉を残したルクストは息絶えた。
愛する王女の目の前で。
「ルクスト・・・!」
アルヴァ達がルクストとの別れを惜しんでいた時、大量の足音が近づいてくるのが聴こえた。
それは、激闘による騒音を聴きつけた魔王軍の兵士達だった。
「貴様らっ‼ ここで何をしている⁉」
甲冑を着た隊を引き連れた魔族の将校がその先頭に立ち、アルヴァ達へと声を張り上げる。
その後ろからは次々と兵士が続き、アルヴァ達を囲んでいく。
「まずいっ! 集まってきやがった‼」
「くっ‼」
「貴様はっ、反逆者のアルヴァ‼ 生きていたのか⁉」
アルヴァはその男に見覚えがあった。
魔王復活の際に早々に魔王軍傘下に入り、真っ先に北の大陸との戦争を推し進めようとした野心家だった。
「おい、今の状況でこの数やばくないか?」
「正直、全身ボロボロだ・・・。
ここの奴ら全員倒せても、その後が続けば勝つのは無理だろうな」
アルヴァとリーウェンは、周囲を囲む魔王軍の兵士達へ注意を払う。
少なくとも、目の前にいる敵だけなら全快のアルヴァ達であれば敵ではなかった。
だが、ルシファスとの戦いで肉体の限界が近い今のアルヴァ達にとって、その敵がかつてないほどの強敵に思える。
「なら、一気に突破してずらかるぞ」
「ルクストを・・・、ルクストを置いていけないっ・・・!」
アルヴァがリーウェンの提案に頷こうとした時、背後で倒れるルクストの亡骸に寄り添うアサラは涙を流しながらそう口にした。
アサラはルクストの亡骸から離れようとはしない。
なら、どうすればいいのだろう。
アルヴァかリーウェンのどちらかがルクストの亡骸を担いで逃げたところで、戦力も移動速度も削がれさらに追い詰められるだけ。
アサラを無理やり連れて行ったところで、それは同じ事だ。
「アサラ・・・。
・・・わかった、俺が・・・」
「待て。俺が残る。ルクストは俺に任せておけ。
だから・・・、お前達は先に行け」
アルヴァが出した答えは、ルクストの亡骸を守る者がひとりここに残って戦う事だった。
つまり、ひとりが犠牲になってあとのふたりを逃がす。
だがそれを見透かしたようにリーウェンがアルヴァに代わって、その役を申し出た。
「リーウェン⁉」
「実を言うとな、脚を痛めてまともに走れる状態じゃないんだ
でも、死ぬ気でやればここで奴らの足止めくらいはできるぜ」
「だめよ! そんなのっ‼」
「ルクストの死を無駄にする気か。
お前は、フルシーラの女王になるんだろ?
なら、お前は生きろ。
そして、ここであった事を地上に生きる奴らに伝えて、導いてやれ」
その想いは、アルヴァも同じだった。
アサラをここで死なせるわけにはいかない。
たとえ、何があってもアサラを地上へと帰還させる。
そうでなくては、ルクストの死に報いる事ができなかった。
「リーウェン・・・」
アサラも、リーウェンの意志を察したように頷いた。
それを見たリーウェンは、笑みを浮かべてアルヴァ達ふたりの前へと出た。
「いくぞっ‼ 走り抜けろっ‼
おおおおおおぉぉぉっ‼」
リーウェンの鉄拳が地面を貫いた。
周囲は砕かれた石畳による粉塵が巻き起こり、兵士達の視界を覆った。
「ぐっ‼ なにを・・・!」
「リーウェン‼ 先に行ってるぞ‼」
「リーウェン・・・、ありがとう・・・!」
アルヴァはアサラの手を引いて、前を塞ぐ数人の兵士達を斬り倒しながらその場を駆け抜けた。
振り向く事なく、城の外を目指す為に。
「逃げたか⁉ おのれ・・・、追えっ‼」
「おっと、ここから先は通さないぜ?」
囲まれていた状況から、今度はリーウェンが兵士達の道を阻む状況へと変わった。
傷ついた身体でたったひとりで、仲間達を守る為に。
「貴様、まさか人間か⁉ 人間がどうやって、この城にっ!
だが、ずいぶんと手負いのようだが、その体でこの数を・・・!」
「うるせえぇっ‼」
「ぐっ!」
敵を殴り飛ばすリーウェンには余裕などなかった。
リーウェンにはわかっていた。
今の自分には時間稼ぎしかできない事も。
だが、たとえこの戦いで命を落としたとしてもリーウェンに悔いはなかった。
リーウェンは幼き頃から、強さに憧れていた。
魔法も剣の才能もなかったが、鍛錬を積み自分だけの強さを手に入れて闘技大会の王者となった。
それでも、リーウェンの飽くなき強さへの探究心、戦いへの探究心が尽きる事はなかった。
そんな時に出逢った剣士は、誰よりも強かった。
その強さに憧れた。
剣士との旅は、リーウェンにさらなる強さと、戦いを与えた。
そして、リーウェンは世界を救うかつてない戦いを経験した。
そして最後に、それを与えてくれた仲間の為に戦える。
そこに、何も悔いはなかった。
ただひとつ、悔いがあるとしたら・・・、
「アルヴァ・・・。できる事なら、お前と闘技大会で戦いたかったよ・・・」
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