第三十八節:最後の戦いを始める青年

「ザスディーン将軍っ‼」 


 漆黒の大槍に胸を貫かれたザスディーン将軍は大量の血を吐き出す。

もう助からない、致命傷だった。

だが、何が起きたのかアサラ達にはわからなかった。

この大槍はどこから現れたのか。

その答えを、アルヴァとザスディーンは知っている。

この漆黒の大槍は、ある人物の魔力を凝縮して生成されたもの。


「か・・・、感じる! とてつもなく強い魔力がっ‼」


 人間離れした魔力を持つアサラが、震えあがるほどの魔力の持ち主が近づいてくる。

漆黒の大槍が投げ込まれた方向、アルヴァ達が立っている通路の先からゆっくりとその者は歩いてきた。


「愚かなりザスディーン・・・。

一度は我の統治を拒み、 そして裏切り者を仕留めきれず、

それでもその武に免じて、すべてを許していたのだがそれも今日までの事・・・。

貴様はもはや、用済みだ」 


「へい・・・かっ・・・!

がはぁっ‼」


 ザスディーンの胸に突き刺さっていた大槍が消え、穴のあいたその胸から血が噴き出しザスディーンの身体は倒れた。

ようやくわかりあえるはずだった男の死に、アルヴァの胸からは悲しみと怒りの感情が湧き上がる。


「ザスディーン将軍‼

くっ・・・、ルシファス‼ 貴様ぁっ‼」 


「まさか、あれが・・・?」


「あれが・・・、あの人が魔王ルシファス・・・?」


 アサラ達にとって、おとぎ話の中でしか知らなかった魔王の姿はきっと恐ろしい異形の怪物なのだろうと思っていた。

しかし、そこに現れたその姿は、その想像とはまったく異なる姿・・・、

あやしく揺れる黒い髪、全てを見通しているように澄んだ黄金の瞳、星空の輝きを思わせる鎧を身に纏ったその姿は、

美しい、これまで見た事もないほど美しい男の姿だった。

アサラは、もし敵でなかったらその美しさだけで心を奪われてしまっていたかもしれないと思うほどの危うさを感じる。

男のその佇まいだけで、かつてフルシーラ王の口より語られた魔王ルシファスが元は天界の神であったという伝説が真実である事を確信するのに充分だった。


「きたか、アルヴァよ・・・。いや、勇者アルヴァと呼ぶべきか?」 


「すべてお見通しか・・・!」 


「ああ。先ほど貴様がこの魔界に戻ってきた時、そこから感じた力から、私はすべてを悟った。

感じるぞ、今の貴様から。あの憎き、勇者カノンと同じ力がな・・・!

今思えばあの日、我を眠りから目覚めさせたのは貴様の中に眠っていた勇者の力だったのだな」 


 その通りだとしたら、なんという運命だろうか。

まるで、今日ここで魔王と戦う為にアルヴァ自身が魔王を目覚めさせたようだ。

そう思いながら、アルヴァは刀の柄を強く握る。


「ああ、そうかもしれないな。

だから・・・! 俺が終わらせにきた‼」


「俺達も一緒になっ! たあぁーっ‼」


「はあぁーっ‼」


 アルヴァのその言葉を待ち構えていたようにリーウェンとルクストが飛び出し、ルシファスへと攻撃を繰り出す。

微動だにしないルシファスの身体の寸前で、リーウェンの拳とルクストの槍先は見えない何かに止められる。

ふたりの攻撃は目には見えないルシファスの魔力の障壁によって防がれていた。

まるで埃を払うようにルシファスが手を軽く振ると、ふたりの身体が宙に浮き回転しながら地面へと叩きつけられる。


「ぐあぁっ‼」


「ぐうっ‼」


「我が魔力よ! 炎となりて、敵を裁け‼ ダムナティオ デ フラムマッ‼」


 次に砲弾のように放たれたアサラの魔法を、魔王は指先一本で止めてみせた。

あまりにたやすくそれをやってのける魔王は、アサラが放った炎の魔法を鼻で笑う。


「この程度・・・、この私に魔法など効かぬ・・・!」


「そんなっ‼」


 通用しないとはいえ注意を逸らす事に成功しているその瞬間を狙い、アルヴァは魔王へと刀を振るう。


「てああぁっ‼」 


「むん‼」


 魔王はその掌から瞬時に魔力を凝縮して漆黒の大盾を生成し、アルヴァの刀を受け止める。

そして、それを構成している魔力を暴走させる事で盾を破裂させ、その衝撃でアルヴァの身体を大きく仰け反らせた。


「くっ‼」


 魔王が目の前でやっている事はすべて魔力によるものだった。

だが、いくら魔力があってもアサラには同じ事はできない。

それを可能にする魔王のあまりの絶大な力を感じながらも、アサラはいつでも魔法が放てるように次の動きに備える。


「その刀・・・。そうか、その刀が聖剣フラガソラスだったのだな。

まさか、こんな近くに隠れていたとはな。

勇者カノンめ、我への憎しみを込めたのか、

力を失った聖剣を妖刀にして正体を隠していたなど盲点だったぞ。

だが、その刀さえ受けなければ貴様らなど我の脅威に値しない」 


「それはどうかな?」


 そうアルヴァが笑みを浮かべると、先ほど地面に叩きつけられたばかりのリーウェンとルクストが再び、魔王へと同時攻撃をしかける。


「ていあぁっ‼」


「おおおぉっ‼」


「我が魔力よ! 風となりて、我が同志に守護の力を‼ テンペスタース アグレーゴ アルマートゥーラ‼」


 アサラが放った風の魔法は、仲間の身体を包みその動きを加速させる。

加速したリーウェンとルクストの攻撃は、ルシファスに張った魔力の障壁ごとその身体を押し飛ばす。


「くっ!」


「はあぁっ‼」


 リーウェンとルクストの後ろから、そのふたりの間を通してアルヴァが風の刃を放つ。

一歩間違えれば仲間に当たりかねないその位置から放たれた攻撃はルシファスにとっても予想外であり反応が遅れた。

だがアルヴァが放つ風の刃、すなわち疾風刃しっぷうじんは直線的な攻撃の為に紙一重で躱せると判断したルシファスは、風の刃がその身に到達する寸前に半歩横へ移動する。


「ぐあっ!」


 しかし、躱したはずの風の刃は寸前で軌道を変えて、魔王ルシファスの上腕を抉る。

アルヴァが放った風の刃は疾風刃であって疾風刃ではない、同じ技の挙動でありながらその軌道を変える別の剣技だった。


「バレド流剣術 飛燕刃ひえんじん。油断したな、ルシファス」


「どうだ、魔王様よ!」


「我らの力、あなどるなっ!」


 勇者カノンとの戦い以来の傷をその身に受けたルシファスは、笑みを浮かべながらアルヴァ達の姿を眺める。


「これは驚いたな、地上の人間が魔族とこれほどの連携を見せるなど・・・。

貴様らは、その男が何をしたのか知っているのであろう?」 


「それがどうしたのよ。

私達にとって、アルヴァはこれまで一緒に、そして今一緒に戦っている大切な仲間よ!」


「随分と信頼されているな、アルヴァよ。

その人間どもに負い目は感じないのか?」 


「もちろん感じたさ。

でも、それでもこいつらは俺を信じ、俺と一緒に戦ってくれているんだ!

言ったはずだぞ、ルシファス!

俺がお前を目覚めさせなければ、俺がいなければ、バレドの里が滅びる事もなかった。

地上を危機に晒す事もなかった。ゼクシアが、死ぬ事もなかった!

だからこそ俺が、こいつらと一緒にお前を倒すんだっ!」


「はははははっ‼ 滑稽だな!

天界の神々にとって、貴様ほど優れた傀儡くぐつはいないだろう」


 仲間達と並び立ち力強くそう答えるアルヴァの言葉を、魔王は嘲笑う。


「俺が、傀儡だと・・・?」


 かつてはルシファス直属の剣士だったアルヴァだからこそ感じる、ルシファスのその笑いはただアルヴァ達を見下しているだけのものではなかった。


「そうだ。

勇者とは、天界の神々が描いた物語を演じ、それを神々が眺め楽しむ為の傀儡だ。

貴様自身も覚えがあるのではないか? 何者かの意思に踊らされている事に!」


「まさか・・・!」


 言葉を失うアルヴァの姿を見て、アサラはかつての船上でのアルヴァとの会話を思い出す。

たしかにアルヴァは、その事を悩んでいた。


「そうだろう、天界の神々よ⁉ 

今もこの傀儡を通じて、私の声が聴こえているのだろう⁉

私を嘲笑っているのであろう⁉

だが、それもここまでだ! 私は今度こそ地上を支配し、貴様らのいる場所へと辿り着いてみせるぞ‼」 


 突如、天を仰ぎ遠くへ響くようにそのような言葉を放つルシファスに、リーウェン達は眉をひそめる。


「なんだこいつ、いきなりひとりで!

誰に話しかけているんだ?」


「天界の神々・・・?」


「勇者が神々の傀儡 ? 何を馬鹿な事を・・・!」


「貴様達、地上の人間もそう変わりはしない。

なぜなら地上は、魔界による天界への侵攻を防ぐ為の防壁として生み出された世界なのだからな」


「防壁だと? どういう事だ⁉」


 あくまで自分達を嘲笑う態度を見せるルシファスの言葉に、リーウェンが怒りをぶつける。

ルシファスは余裕を見せながら、言葉を続けた。


「奴らは我の真似事をしたのさ。

天界を追放された我は魔界を生み出し、そこに魔族という命を育ませた。

再び、天界へ侵攻する為の兵力として。

だが、それを知った奴ら天界の神々は魔界から自然の恵みを奪い、地上を、そして貴様ら人間を生み出した!

魔界と天界の狭間に、防壁として!

そして、奴らは今も地上を盾に安全な天界で、魔界と地上が争う姿を見て楽しんでいるのだ!」


「いいかげんな事を! 私達は神に愛されたからこそ、あの美しい地上を与えられて、魔法だって・・・!」


「貴様らはその魔法も神の恩恵と信じているのだろう?

我から見れば、その力はかせだ。

自然の恵みに乏しい魔界に生きる魔族には魔法は必要なものだ。

だが、貴様ら地上に生きる人間は違う。

人の身に宿る魔力を動力とする魔法には限界が存在する。

ゆえに、その力に依存した地上の人間はそこで進歩を止めた! 人間が、天界の脅威となる力を手に入れないように!

人間の魔法など、貴様ら人間が、地上の大地に、海に、空に、太陽に宿る絶大な力の存在に手を出さない為の枷だ!

見せてやろう。 貴様ら人の身に宿る魔力では絶対に到達できない力を!

神の使う魔法をっ‼」


 そうしてルシファスが掌を天へと向けると、アサラがそれを見た瞬間に解読不可能と判断するほど複雑な紋様が描かれた赤い魔法陣が何もない空中に現れた。

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