第三十七節:奥義を打ち合う青年
ザスディーンも、裏切り者であるはずのアルヴァが正々堂々と1対1の戦いにこだわる事に疑問を抱く。
そして一切の油断を見せる事なく、ザスディーンは自分に向き合うアルヴァの顔をじっと凝視した。
「貴様・・・。 あの時と、同じ目をしているな。
たったひとりでこの私の前に現れたあの時と、同じ目を・・・」
かつてザスディーンは、魔王復活の際に魔王の強さに疑念を抱き魔王軍の傘下に入る事を拒んだ。
だが、その考えを改めさせたのは、使者としてたったひとりでザスディーンの前に現れたアルヴァだった。
誰よりも魔界の平和を願っていた彼は、魔王軍と敵対する最大勢力であった北の大陸が争いを起こし魔王ルシファスの怒りに触れて魔界にかつてない死者が出る事を恐れ、それを防ぐ為にかつてたったひとりで北の大陸の将軍ザスディーンを説得した。
「ザスディーン将軍・・・、俺はあなたなら、あの時と同じようにわかってくれると思っている」
「戯言を・・・! たしかに、私はあの時の貴様の信念に魔界の未来を託した。
一度は魔王陛下とたがえた我らが大陸のゆく道を正し、我らを救ってくれたのは貴様だ。
だからこそ私は許せない! あの時の貴様が、その強い信念が!
我らに敵意として向けられているなど許せるはずがないっ‼」
「もはや、言葉ではわかりあえないようですね・・・」
「貴様の言葉を私に届けたいのであれば、その剣で届けてみせるがいい。
だがそれは! 貴様が、この技を受けきれる事ができたらの話だがな!」
雷鳴の構えを解き、ザスディーンは新たな攻撃姿勢に入る。
アルヴァはそれに見覚えがあった。
その突きの軌道を読み切る事は不可能。
たとえ武器で受けたとしても絡め取られるようにその手に持った武器は弾き飛ばされ、放たれた一撃は敵の身体へと深く突き刺さる。
それはかつて、里を守る為にザスディーンと戦ったアルヴァを死の淵へ追い込んだグラナダ一刀流 必殺必中、不敗の一撃。
「くっ・・・」
「受けよ、我が奥義を!
グラナダ一刀流! 奥義‼
かつてそうであったように、正面からこの剣技を受けようとするアルヴァの刀は弾き飛ばされるはずだった。
だが、衝突する刃によるけたたましい金属音が鳴り響き、ザスディーンはその巨体ごとアルヴァの刀に剣技を跳ね返される。
「なにっ⁉」
「バレド流剣術 守りの型、
あなたの剣技は、見切らせてもらいました」
それは、敵の剣技の軌道をなぞり技の芯を捉えその一点に防御を集中させる事でいかなる一撃をも受け止める守りの技。
アルヴァは、ザスディーンの奥義を一度その身に受けていた。
そうでなければ、たとえこの技を使ってもアルヴァにはその奥義を破る事はできなかった。
「我が奥義を破っただと・・・?
だがっ! 我が雷鳴の構えの前では、貴様の剣技も!
むっ・・・!」
アルヴァはゆっくりとその手に持った刀オウマガトキを大きく振り上げる。
その姿に異様なものを感じたザスディーンは、そこから放たれる剣技を打ち返そうとより集中を高めた。
「たしかに俺の間合いでは、雷鳴の構えで強固となったあなたの広い間合いの内に斬り込む事はできない。
ならば・・・、その間合いごとすべてを斬り裂くまでっ‼」
アルヴァは、ザスディーンの奥義を封じる事には成功した。
だがアルヴァにはザスディーンの雷鳴の構えを打ち崩す事はできない。
たったひとつの剣技を除いては。
バレド流剣術は、勇者カノンが魔王ルシファスの命を絶つ為に編み出した事を起源とする神殺しの剣術。
その剣技はあらゆるものを捉え、形なき風をも斬り裂く剣技が存在するのも、おそらくは魔王の命を絶つ為にあらゆるものを斬れるよう編み出された事による副産物。
そして、斬るものを捉えるその技は、極めれば振り上げた刀に風の刃を無数に捉え纏わせる事も可能。
それを操る剣士にわずかでも迷いがあれば、捉えた風の刃は使い手の身を斬り刻む危険すらもある。
だが迷いなきその剣技が、刀身に纏った無数の風の刃を敵に向かい一度に放つ事ができれば、それはすべてを斬り裂く奥義となる。
「バレド流剣術! 奥義‼
ザスディーンの間合いを飲み込む規模の無数の風の刃が一点に交錯し、その中心にいたザスディーンの全身を斬り裂く。
交錯する風の刃の軌道は、まるで魔界ではめったに見る事のできない咲き誇る華のようだった。
「ぐおおおおぉぉぉっ‼」
その手に持った大剣を落とし、血を流したザスディーンは両膝をつく。
その瞬間、ふたりの魔族の剣士による戦いの勝敗は決した。
「や・・・、やったぁ!」
「よっしゃあっ‼」
アルヴァの勝利に喜ぶ仲間達の声を受けながら、アルヴァは傷ついたザスディーンへと歩み寄った。
ザスディーンは苦痛に顔を歪めながらも、立ち上がろうとしていた。
「ぐ! ううぅっ‼」
「ザスディーン、将軍・・・」
「なるほど・・・、これがバレド流剣術の奥義か・・・。
以前戦った時には使わなかった技だな・・・、あの頃の迷いを捨てたというのか・・・!
だが、ならばなぜっ・・・! 今の技で、この私の首をはねる事もできたはずっ!
なぜ、私を殺さないっ‼ 私に生き恥を晒せというのかっ⁉」
全身を風の刃に斬り刻まれたザスディーンだったが、致命傷は負っていなかった。
アルヴァはザスディーンに対して、最初から殺意などなかった。
「ザスディーン将軍、俺の想いはあの日と変わらない。
俺は魔王ルシファスを倒す。だからその時、ルシファスに代わり魔界を統治する存在が必要なんだ。
そうでなければ、魔界はまたバラバラになってしまう。
あなた以上に適任はいない。だから、あなたには生きてほしい。
魔界に暮らす、すべての民の為に・・・」
ザスディーンは、その姿に初めて逢った頃の魔王の使者として北の大陸に訪れたアルヴァを思い出す。
目の前の剣士は、あの頃と何も変わらない。
たとえ魔王を裏切っても、魔界を裏切ってなどいなかった。
「アルヴァ・・・、貴様は・・・」
もう一度、この人とわかりあえる。
アルヴァはそう信じて、傷つき地に膝をつくザスディーンへと手を差し伸べようとした。
「ぐふうぅっ‼」
アルヴァに対するザスディーンの答えは、ザスディーン自身の呻き声によってかき消される。
ザスディーンの胸には、その背後より放たれた漆黒の大槍が突き刺さっていた。
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