第三十六節:将軍と再戦する青年

 魔王城に忍び込んだ一行が石畳を踏む足音が、静かな城内に響く。


「ねえ、なんかおかしくない?」


 不気味な静寂の中で、アサラが口を開く。

広い城内を進む一行は、まだひとりも魔族の姿を見ていなかった。


「ええ、ここまで来て遭遇した見張りは石像型の魔物が2体・・・。

少々、守りが薄いように感じられます」


「なんだよ、まさかこっちの動きがバレていて、誘いこまれてるってのか?」


「どうやら、そのようだな」


 そう口にした先頭のアルヴァが脚を止める。

一瞬魔物かと思うほど鍛え上げられた体躯の巨漢の戦士がアルヴァ達の進行を妨げるようにそこに立っていた。

手には一般的な人間の身長ほどの長さの大剣が握られているその魔族の戦士は、アルヴァの良く知る男だった。


「ザスディーン将軍・・・、どうしてあなたがここに・・・」


「ザスディーン? じゃあ、この人がアルヴァに傷を負わせた戦士?」


 かつてアルヴァが故郷の里を守る為に戦った際、魔王の刺客としてアルヴァと戦った魔王軍幹部。

そしてその時、アルヴァはその男に敗れ、死の淵を彷徨い記憶を失った。

その鍛え上げられた巨体を見ただけで、只者ではない事が理解できる。

だがそれ以上に、アルヴァほどの剣士が敗れた相手という事実がアサラ達の身を強ばらせる。

その戦士は、歴戦の風格を思わせる勇ましい声でアルヴァの問いに答えた。


「我らが主は、すべてを見通している。

貴様がここに攻め込むと主より聴き、私はここにいる。

今度こそ、貴様の息の根を止める為にな・・・!」


「ザスディーン将軍、そこをどいてください。

俺は、できればあなたとは戦いたくはない」


「私とは戦いたくはないだと? その程度の覚悟でここに攻め込もうとは、貴様には心底失望したぞアルヴァ!

それに、その者達は人間だな? よもや本当に貴様が人間などと手を組み、我らが主に戦いを挑むなど・・・。

そして今、その刀を持っているという事はゼクシアを討ち取ったという事だな?

どこまでも外道に堕ちたな、アルヴァよ。

いや。これもあの時、貴様を仕留める事ができなかった私の罪か・・・」


「ザスディーン将軍・・・」


 かつては、アルヴァにとってザスディーンもまた信頼し合っていた仲間だった。

アルヴァはできる事なら今でもザスディーンとは戦いたくはないと思っている。

だが、ザスディーンがアルヴァに向ける視線は、裏切り者であるアルヴァへの明確な怒りと敵意があった。


「アルヴァよ! あの世で、自らの行いを悔いるがいい!」


「この野郎! さっきから聞いていればアルヴァの事を!」


「手をだすな!」


 一番に前へと出ようとしたリーウェンを、アルヴァは腕を広げて制止する。


「アルヴァ?」


「何を言っているのよ、アルヴァ⁉ あなた、あの男に一度負けているんでしょ⁉

ここは、皆で戦いましょう!」


「姫様の言うとおりだ、俺達がなんの為にここに・・・」


 仲間達と共に戦う。

アルヴァも、そう決めていた。

だが、アルヴァは戦おうとする仲間達に首を振った。


「ここに来たのはルシファスを倒す為だ。

あの人と戦う為じゃない。

戦うというのなら、この戦いは俺ひとりで戦わなくてはいけない・・・」


「何、ばかな事をっ・・・!」


 動揺する仲間達を背に、アルヴァは刀を抜いてザスディーンの方へと向き合う。

その背に漂う意志の強さに、アサラ達は脚を止めるしかなかった。


「少なくとも、あの人はひとりで今ここにいる。

かつて、ルシファスが復活するまで魔界統一に最も近いと言われていたあの人が今、

俺を倒す為にひとりでここにいるんだ。

だから・・・ザスディーン将軍とは、俺ひとりで戦う!」


 近づいてくる剣士アルヴァの姿に、ザスディーンもまた剣を前に構え口元に笑みを浮かべる。


「ほう、よくぞ言ったぞ。

だが・・・、どちらにしても結果は変わらないだろうがなっ‼」


 向き合った両者は一瞬で距離を詰め、激しく剣を打ち合う。

ザスディーンの巨体の前では、アルヴァの体格はまるで子どものようだった。

しかし、アルヴァはザスディーンの力強い剣に一歩も引く事なく素早い攻撃を次々と繰り出し、

ザスディーンもまたその巨体に見合わない素早さでアルヴァの攻撃のすべてを剣で受ける。

アサラ達が目にするふたりの剣士の戦いの次元は、達人などという表現も浅はかに思えた。


「あなたの怒りはわかる。 たしかに俺は、あなた達を、魔族を裏切った。

でも、それはっ・・・‼」 


「黙れっ‼」


「ぐっ・・・!」


 鍔迫り合いとなっていた刀をザスディーンがその腕力で、アルヴァの身体ごと強引に押し飛ばす。

すぐに体勢を立て直したアルヴァは、ザスディーンへと再び剣を放つ。


「バレド流剣術! 天刃嵐てんじんらん‼」


 アルヴァがどんなに素早く打ち込んでもザスディーンはそのすべてに反応する。

鍔迫り合いになれば、体格と腕力で勝るザスディーンが有利。

ならば鍔迫り合いに持ち込めないほど強力な一撃を、受けようとするザスディーンの剣に叩き込んでザスディーンの体勢を崩せばいい。

舞うような動きで回転と風の刃を加えたその一撃は、受けるザスディーンの剣より素早く力強い一撃のはずだった。

だが、ザスディーンの振るう剣は、それまでとはまるで異なる素早さと力強さでアルヴァの剣技を正面から軽々と打ち返し、あまりの力強さにアルヴァの身体は浮き、十数歩後ろまで押し飛ばされる。


「うああぁっ‼」


 その様子を見ていたリーウェンとルクストは驚愕する。

アルヴァの放った剣技は押し負けるようなものではなかった。

実際に同じ技をゼクシアから受けた事のあるふたりだったが、アルヴァの剣技はゼクシアの放ったそれよりも遥かに速く鋭く、精度に優れた強力な一撃だった。

しかし、ザスディーンはそれを軽々と打ち返している。


「なんだ⁉」


「今の技は・・・!」


 アルヴァ達が目にするザスディーンは変則的な上段の構えをとっていた。

見た事もないその構えだったが、向き合うとそこにはまるで隙が感じられない。


「グラナダ一刀流、雷鳴の構え。

せんを極めたこの構えの前ではすべての剣技は児戯と化す。

アルヴァよ、貴様はたしかに強い。だが、この私こそが魔界最強の剣士。

貴様が剣士である以上、私に勝つ事はできない。

ましてや、かつての信念を捨てた今の貴様などではな」


 グラナダ一刀流。

それが、魔界最強の剣士ザスディーン将軍が扱う剣術。

もちろん、アルヴァもその名は知っている。

勇者伝説のその後、その剣術は魔王不在の魔界の戦乱の歴史に幾度となく名を轟かせ、現代においてその正統継承者であるザスディーンがグラナダ一刀流歴代最高の使い手と呼ばれている事こそが、彼が魔界最強の剣士とされる最大の理由。

そして、アルヴァはかつて、戦乱の歴史の中でグラナダ一刀流の使い手がこの雷鳴の構えによって止む事のない敵の攻撃を三日三晩防ぎ続けたという逸話があると聴いた事があった。

だが、どんな技にも必ず綻びは存在する。

アルヴァはひるむ事なく前へと走り出し、ザスディーンの頭上へ飛び上がる。

頭上からの連続攻撃は、躱す事ができてもそのすべてを打ち返す事は至難。


「バレド流剣術! 雨突あまづきっ‼」


「無駄だっ‼」


 アルヴァの空中からの雨のような突きの連続のすべてを打ち返したザスディーンの剣はアルヴァの身体へと伸びる。

身体をひねってなんとか躱すアルヴァだったが、身に着けていた胸当てに当たり体勢を崩す。


「うぐっ・・・!」


 着地に失敗したアルヴァは床に身体を強く打ち、身を転がしながら距離を取る。

そして、そして片膝をつきながらもまたザスディーンへと向き合う。

身体への直撃こそ避けたものの、ザスディーンの剣を受けた鉄の胸当てにはまるで引き裂かれたような穴が空いていた。


「アルヴァ‼」 


「もう我慢できねえ! 俺はやるぞ‼」


「ああ! 私もいくぞ‼」


「くるなぁっ‼

・・・こないで、くれ・・・!」


 アルヴァのその言葉に、リーウェン達の脚が止まる。

驚異的な強さを持つザスディーンに、アルヴァひとりで戦わせる事は仲間達にとって心苦しいものだった。

だがそれ以上に、魔族でありながら人間の仲間である事を選んでくれたアルヴァが、ひとりで戦うと決めた相手との決闘の間に入るのは武術を心得るリーウェン達も許されない事であるのは理解している。

だがこれは、地上と魔界の命運を懸けた戦いのはずだ。

ザスディーンに対して相応の敬意がなければ、できる事ではない。

それは、アサラ達を不安にさせる。


「アルヴァ・・・、どうしてそこまで!」

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