第三十三節:夜空の下の少女と青年
波に揺れる船、その甲板の上で仰向けになって寝転ぶアルヴァはひとり夜空の星々を見ていた。
エルミリア王国を発ち1週間、陸地が遠く離れた海上の闇夜を月の光が優しく照らす。
夜空は、アルヴァの生まれ育った太陽を持たない魔界を思い出す。
人間の味方になった今でもアルヴァは魔界での日々を思い出し、魔界の平穏を願っていた。
「まーた、ひとりで夜空を眺めちゃって」
アルヴァがその声と近づいてくる足音の方へ顔を向けると、寝間着姿のアサラがそこにいた。
月に照らされた笑顔を見せると、静かにアルヴァの横で同じように仰向けになったアサラは夜空を眺める。
「そういえば、魔界はいつも夜なんだっけ? やっぱり、魔界が懐かしい?」
「いや、魔界の星空はこんなに綺麗じゃないよ」
地上の夜空、特に陸地から遠く離れた海で観る夜空は数えきれないほどの星が夜空を照らす。
魔界の空にも星はあるが、魔界の創造者である魔王によって生み出されたとされる青い炎を纏って闇を鈍く照らす不気味な星々しかアルヴァは知らなかった。
「そっか・・・。うん、本当に綺麗だね。
海の上の星空がこんなに綺麗だなんて私、旅に出るまで知らなかった」
そう言葉にするアサラは、心からそれを喜んでいた。
世界を救う使命を持った過酷な旅だが、アサラは仲間達と共に憧れだった旅をしている今が幸せだった。
「お前と出逢って、旅に出て、色々あったな」
「うん、そうだね。色々あった・・・。
辛い事、苦しい事もいっぱいあったけど、私は・・・楽しかったよ」
「俺もだ。 お前達のおかげで、今の俺がいると思っている」
嘘偽りないアルヴァの言葉に、嬉しさと同時に恥ずかしさのようなものを感じたアサラだったが、夜で表情を悟られにくい事に安心する。
「勇者として戦うの、やっぱりまだ不安なのかなと思ったけど大丈夫そうね」
「不思議と受け入れている自分がいるよ。
でも同時に、どうして俺が、俺なんかが勇者なんだろうって考えている自分もいる・・・」
「アルヴァの中に・・・、もうひとりのアルヴァがいるって事?」
誰よりもこの旅の中で、その感情と意志を揺さぶられたアルヴァの苦悩はアサラも理解しているつもりではいた。
だがそれも、勇者としての使命が彼の心を救ってくれる。
そうアサラは願っていたが、アルヴァの中ではまだ整理しようにも整理できるものではなかった。
「俺は魔族だ。
だけど・・・、俺は記憶を失って自分を人間と思い込み、今もその感覚が抜けない。
まるで、魔族の剣士アルヴァの意識を、今の俺が塗りつぶしているかのように・・・」
「今のアルヴァと、前のアルヴァは違うって言うの?」
たしかに、ゼクシアを失って記憶を完全に取り戻してからのアルヴァの雰囲気は、以前よりもどこか大人びている。
だけど、それは記憶を失う以前の経験を失っていたから、それまでがどこか少年らしさがあっただけだとアサラは思っていた。
「というより・・・、今の俺の意思は本当に俺のものなのか?
誰かに誘導されたものなんじゃないか? そんな馬鹿みたいな事を考える事があるんだ」
「自分の意思が自分のものじゃないって・・・。 だって、アルヴァは今まで自分の意思で・・・」
アルヴァは里の仲間の為に魔王を裏切った、そして今は地上の仲間の為に魔王と戦う事を決心している。
そこに何も変わりはないと、アサラは信じていた。
「少なくとも、ゼクシアをこの手で殺したのは俺の意思ではない」
ゼクシア。
アルヴァがその名前を口にする時に見せる哀しい表情は、アサラの胸を締め付ける。
アサラは、自分のその感情の意味を理解していた。
「ごめんなさい・・・」
「いいんだ。
俺は今、ゼクシアを殺してしまったからこそルシファスと戦う決意ができている。
それでいいんだ・・・。それなのに、俺は・・・」
「アルヴァ?」
アルヴァの声からは、色々な感情が感じられた。
だがアサラがその声から最も強く感じたのは、アルヴァが何かを疑っている事だった。
「どうして俺は、自分が魔族だなんて当たり前に染みついた記憶を、ゼクシアを殺すまで思い出せなかったんだろう?
どうして、一番大切なものを思い出した時に、すでに俺は、そいつを殺してしまっていたんだろう?
それに俺はザスディーン将軍との戦いに敗れて魔界の海に落ちた。
なのに、次に目覚めたのはこの地上の海だった。
まるで誰かが俺が勇者になるように・・・今、こうなるように、そう誘導したんじゃないかって考えていて・・・。
な? 馬鹿な話だろ?」
そう言ってアサラの方へ顔を向けるアルヴァに、自分が今どのような表情をしているのかわからないアサラは背を向けながら答える。
「ごめんね・・・、なんて答えればいいのかわからない・・・。
もし、そんなものがあったら、あなたにとってはとても残酷な事で・・・、
でも、私達にとっては、そのおかげであなたと・・・」
「悪い。 忘れてくれ。 結局、俺はゼクシアを殺した罪の責任から・・・、逃れようとし続けているだけなんだ。
そんなもの、ルシファスを倒すしか方法がないはずなのにな」
アルヴァは魔界の為に戦っていた。
だけど、その為に蘇らせた魔王に狙われた故郷を守れず、愛する人に師をその手にかける業を背負わせてしまった。
そして自らも、その愛する人をその手にかけ、今は守るべきはずの魔界を敵にしている。
アサラがどれほど寄り添おうとしても、アルヴァの心の傷が完全に癒える事はない。
嫌な事はすべて潮風が飛ばしてくれたらいいとアサラは願い、船はフルシーラ王国を目指し闇夜の海を進んでいた。
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