第三十二節:蘇る聖剣と青年

「なんだこの槍は・・・。私が今まで振るっていたのはなんだったのだ?

ここまで思い通りに、力が切っ先にまで伝わるとは・・・。 気のせいか間合いも半歩ほど広がったように感じられる・・・」


「すげえなこりゃあ・・・。ほとんど重さを感じねえ!

いや、むしろ素手よりも素早く拳を打てる。 なのに、なんだこの打った瞬間にズシリと拳に伝わるほどよい重さは!」


 数日後、新調された武器を手にしたルクストとリーウェンは嬉々としてそれを振るう。

それはまさに、ふたりの為に作られその身体に自然と馴染む逸品だった。

ゼクシアとの戦いで自分達の未熟さを感じたふたりは、少しでも強くなろうと毎日のように稽古を重ねていたが新しい武器はそんなふたりに大きな手応えを与えた。

その様子を満足そうな顔でリガルは眺める。


「気に入ってもらえたようだな」


「ありがとうございます!」


「こりゃあ、岩どころか鉄の塊だって砕けそうだぜ!」


「さて・・・、そしてこいつだ」


 リガルが手を置いた台の上に置かれた一本の刀。

自らの愛刀であるそれを、アルヴァは手に取った。


「妖刀、オウマガトキ・・・」


 それを見たリーウェンが驚いたように駆け寄ってくる。


「おいおいおい、おっさん! この前の話を聴いてなかったのかよ!

なんも変わってねえじゃねえか!

この刀が聖剣だったんだぞ⁉ 聖剣に打ち直してくれるんじゃなかったのかよ⁉」


 心配する仲間達の一方で、アルヴァは落ち着いた様子で刀を鞘から抜いた。

刀身の黒い輝きは、以前にも増して吸い込まれるような美しさすら感じる。


「いや、見事に鍛え直している・・・。 見た目はさほど変わらないが、これは・・・」


「あっさりと持ち上げて、鞘から抜いたな・・・。 って事は、あんたのお師匠様の考えは正しかったわけだ」


「え?」


「おい、騎士の兄ちゃん。 ちょっとその刀、持ってみろ」


「あ、はい・・・。 アルヴァ、少し借りる、ぞ⁉ おぉ⁉」


 リガルに声をかけられたルクストが、アルヴァからオウマガトキを手渡された途端にそのあまりの重さに耐えられなくなりそれを地面に落とす。


「ルクスト! あなた、何をふざけているの?」


「ふ・・・、ふざけてなどいませんっ! なんだ、この重さはっ!

こんなもの、振れるはずがないっ‼ アルヴァ、お前こんな刀を使っていたのか⁉」


 ルクストは両脚を踏ん張りながら、地面に落としたオウマガトキを持ち上げようとしたが多少浮かせるのがやっとで、武器として使う事はおろか持ち運ぶのも難しいといった様子だった。

仲間の中で一番の腕力を持つリーウェンもそれを見てオウマガトキを手にしようとするが、やはり同様だった。


「いや、オウマガトキはそんな重い刀じゃ・・・」


 そう言って片手でオウマガトキを手にするアルヴァに、リーウェンとルクストは目を丸くする。


「おい、これってまさか・・・」


「ああ、俺も驚いたよ。 打ち終わった途端にそうなった。 鞘に納めるのがひと苦労だったぜ。

んで、鞘に納めたら今度はピッタリ抜けなくなっちまったんだけどな」


「聖剣フラガソラスを扱えるのは、伝説の勇者ただひとり・・・。 まさか・・・!」


 アサラのその言葉に息を呑むアルヴァは、オウマガトキの鍛え直したリガルの顔を見る。

リガルは神妙な顔でアルヴァの手にある生まれ変わったオウマガトキの姿を見ていた。


「それほどの刀、妖刀になるほど込められた強い想い、それに持ち主であるあんたにとっても、そいつは特別な刀だろう。

そいつを潰して聖剣にするなんて事は、俺にはできなかったよ。

だからせめて、太陽の金鎚を使って鍛え直した。 結果がこれだ。

たしかに見た目はこれまで通り黒い刀身の妖刀だが、その刃には間違いなく聖剣の力が蘇っている。

そしてあんたは、そいつを鞘から抜いた・・・」


「俺が、勇者? 魔族の俺が・・・、選ばれた勇者だというのか?」


 自分の中に勇者カノンの血が流れていると知っただけでも、アルヴァは複雑な気持ちだった。

魔族として生まれ魔族として育ち、魔王の配下となった後、自分達の故郷が勇者によって立ち上げられた可能性があるという疑いをかけられた時も、記憶を失うまで魔界の為に戦う魔族である事に変わりはなかった。

だからこそアルヴァは記憶を取り戻した後、仲間達が自分を受け入れてくれる事に常に負い目はあった。

だが今、仲間達と共に魔王ルシファスを討つというアルヴァの決心が、使命であったかのように運命が動いている。

それは、アルヴァの気持ちをより困惑させる。


「やっ・・・、たぁーっ‼」


「よっしゃああっ‼」 


「ついに、聖剣と勇者が・・・! これで、我らは魔王と戦う事ができる!」 


「そんな、いきなり勇者だなんて言われても・・・」 


「これでもう、気にする事はないんだよ!」


 子どものように大喜びしながら、アルヴァの手をとる仲間達に戸惑いながらもアルヴァの言葉をアサラが遮る。


「アサラ?」


「アルヴァは勇者なんだよ! この地上を守る為に現れた人間達の味方なんだ!

アルヴァはもう、私達と一緒に戦う事に、魔族としての負い目を感じなくていいんだよ!」


 アサラは嬉しかった。

アルヴァが魔族だった事、魔王の配下だった事、そして魔王を目覚めさせた張本人であった事、それらの事実をたとえアサラ達が受け止めたとはいえ、魔界との戦いに怯える地上の人々が知ればきっとアルヴァを憎む。

だけどアルヴァが勇者になれば、地上の救世主となれば、アルヴァはきっと地上の人々から迎えられる。

共に魔界と戦い、地上が平和になった後もずっと仲間でいる事ができる。

それがアサラにとっては、勇者の復活以上の喜びだった。


「それと最後に・・・、王女様にはこれを」


 アサラ達同様に笑みを浮かべるリガルは、白い布に包まれていた一本の杖を取り出す。

表面に複雑な細工で装飾されているそれを、リガルはアサラへと手渡した。


「これは・・・、魔法の杖?」


「なんと美しい銀色の輝き・・・。これもリガル殿の作品ですか?」


「いや、魔法の杖は俺にとっちゃ専門外だ。

こいつは昔に、とある仕事の代金替わりにもらったものでな。

最初はこれを素材に新しい武器でも作ろうと思ったんだけどなあ、

調べたらクルケリオンっていう伝説の魔法の杖だって事がわかったんで

いつの日かもし伝説の勇者様の聖剣を打たせてもらう事があったら、その仲間に使ってほしいと思ってとっておいたんだ」


「クルケリオン⁉ これが⁉」


 クルケリオンと呼ばれる銀色の杖を手にしたアサラが声を出して驚く。

聴いた事もないその名前に、アルヴァは首をかしげながらアサラへと問う。


「知っているのか?」


「伝説の勇者カノンの魔法の師、湖の大賢者マハリドが愛用していた魔法の杖よ。

一説では、これも天界の神から与えられた神器だなんて話もあるけど・・・。

まさか、現存していたなんて・・・!

おそらく、この地上でこれ以上の魔法の杖はないわ。

凄い・・・、これなら今まで使えなかった魔法もきっと使えるようになる!」


 幾度となく窮地を乗り越えてきた魔法使いのその言葉にアルヴァ達は、心強さを感じる。

そして同時に、こうして準備が整っていくと共に戦いが近くなっている事をアルヴァ達は感じていた。


「伝説の魔王、伝説の勇者、伝説の聖剣、それに伝説の魔法の杖かよ。

なんだか、凄い事になってきてるな」


「これから伝説を成し遂げようって奴らが何を言ってやがるんだ。

俺はしっかりと仕事をしたぜ。 だからよ、あんたらはどうかこの世界を守ってくれ! 頼んだぜ」


 リガルのその言葉に、アルヴァ達は頷く。

彼らが背負う使命感はもう、彼らだけのものではなかった。

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