第三十一節:遺書を読む青年

「遺書? それじゃあ、あの姉ちゃん、最初からああするつもりだったのかよ・・・」


 リーウェンがそれを口にして仲間達がアルヴァを心配し悲壮感に包まれる中、アルヴァはその手紙に向き合い静かにその内容を読み始める。

そこには、魔王軍に残る道を選んだ事への後悔、そして自らの里の仲間をその手にかけたゼクシアの苦悩の言葉が書かれていた。


「これをお前が読んでいる時、私はお前の隣にはいないのだろう。

お前と袂たもとを分かった事を私は何度も悔やんでいる。 だが、私の手は汚れきった。

私はもう戻れない。私にはこの道を進むしか、お前との誓いを果たす事ができない。

私がもし志半ばに倒れた時、お前がこの手紙を読んでいる時は、せめて最後だけはお前の為に、お前が進む道しるべになるよう、この手紙と、師父より預かった手紙を残す。

師父の手紙を読み、お前が進む道を決めたのならば、ここに記した場所へ行け。

お前の、願いを果たす為に」


 その手紙に描かれた簡易的な地図をアルヴァはアサラに手渡した。

アルヴァの気持ちを考えると胸が張り裂けそうになりながら、アサラはそれを確認する。


「ここに記した場所・・・?

これって、フルシーラ王国極東の森? どうして、こんな何もないところの地図を・・・」


「もう一通には、お前のお師匠さんの手紙には何が書かれているんだ?」


 ゼクシアの手紙に書かれた「道しるべ」が少しでもアルヴァの心を癒すものであると願いながら、ルクストはそれを問う。


「ああ・・」


 それに応えもう1通の手紙を読み始めるアルヴァだったが、その表情はそこに記されている内容が信じられないといった様子だった。


「今、私の目の前にはゼクシアがいる。 これから、私はゼクシアに殺される。

我が弟子ゼクシアの、魔王陛下に対する忠誠の証の為、この命を差し出す。

心残りは、此度の件で滅んだバレドの里とそこに暮らしていた民達、

そして彼らを守る為に戦い、散ったアルヴァだ。

だが私は信じている。 アルヴァよ、お前は生きていると。

いつの日か、この手紙がお前に渡る事を願い、ここに我らバレドの里に隠された真実を明かす。

そして、この手紙を書き残す猶予をくれたゼクシアに、心から感謝したい。

此度の件で魔王陛下が推察したように、勇者カノンこそバレドの里の開祖。

バレドの民は、魔界の辺境で魔族との間に子を成した勇者カノンの遺志を継ぐ一族なのだ。

魔王陛下との戦いの末に折れて力を失った聖剣フラガソラスは、

太陽の光が届かない魔界ではその力を取り戻す事はできなかった。

地上へと帰るすべを失った勇者カノンであったが、そんな彼を救ったのは魔族の女性とその家族であったと聞く。

魔族との間に愛を育み、子を成した勇者カノンであったが、魔王陛下への敵意が消える事はなかった。

聖剣と魔王陛下が蘇った時、次こそは確実に魔王陛下の命を絶つ為に、勇者カノンはバレド流剣術を生み出した。

だが同時に、その剣技の研鑽と長きに渡る魔族達との共存生活は勇者カノンを変えていった。

魔王陛下を殺す事で、育んだ魔族との絆を断たれてしまう事は決してあってはならないと。

やがて、バレド流剣術に秘められた理念は、魔王陛下を殺す事から、魔界の平和、そして人間と魔族が遠い未来に共存できる世界の創造を目指す事へと変わっていった。

力を失った聖剣フラガソラスは里の外部と内部、その双方からその存在を隠す為、別の剣へと打ち直された。

妖刀オウマガトキ。 バレドの里に伝わりし刀。

アルヴァ、お前がバレド流剣術の全ての技を極めた時に託した刀こそが、聖剣フラガソラスなのだ。

そしてアルヴァよ。お前こそが勇者カノンの血を引く者。

お前は、私が教えるまでもなく自らの意思で魔界統一を、魔界の平和を願った。勇者カノンの遺志を継いだのだ。

お前こそが勇者カノンの理念を実現してくれると信じている。

アルヴァよ、お前の道を行け。 お前の信じる道の先に開祖、勇者カノンが望んだ未来があると信じている。

私達は、お前が進む道にすべてを託す」


 その内容を聴いた者、それを口にしたアルヴァを含めたその場にいる全員が言葉を失う。

そこに記されていたのは、手がかりを失ったと思われていた勇者と聖剣についての重大な事実だった。

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