第三十節:名工を訪ねる青年

 アルヴァ達は、魔王を倒す勇者と聖剣の新たな手がかりを求めて、名工と名高い鍛冶職人リガルの工房を訪れる。

太陽の女神エルディナの御神体はゼクシアによって破壊されていた。

エルディナ神が一行の前に現れる事はなかった今、勇者と聖剣の手がかりはリガルの知恵に委ねられていた。


「太陽の金鎚・・・。こいつが、伝説の・・・まさか、こいつをこの手に握る日がくるなんてな」


「リガルさん、どうかお願いします。

この太陽の金鎚で、聖剣フラガソラスを作っていただきたいんです!」


 その手に持った太陽の金槌を隅々まで調べているリガルに、アサラはそう頼み込む。

しかし、リガルの顔色は難色を示していた。


「王女様よ、そいつは断る理由なんてなにひとつねえけどよ。

問題はビトラダイトだぜ。俺も長年、ビトラダイトについては独自に研究していたつもりだ。

でもよ、見つからなかったんだ。

ビトラダイトがなくちゃ、聖剣は作れねえ」 


「そんな・・・」


「こうしている間にも、魔界では魔王軍は戦いの準備を進めている。

勇者と聖剣の復活は、間に合わないのか・・・」


 魔王ルシファス直属の剣士だったアルヴァは、魔王軍の強さを知っている。

おそらく、今の状態で地上が魔界と戦っても勝ち目はない。

魔王軍本隊が地上に侵攻してくるより先に、勇者と聖剣の復活が間に合わなければ地上の被害は計り知れないほどの甚大なものになるだろう。

そう暗い顔をするアルヴァ達を見て、リガルは手を叩いて気持ちを高める。


「できる限りの事はやらせてもらおう。 それが、鍛冶職人としての俺の戦いだ。

って事で、兄ちゃん達! てめえらの武器を俺によこせ!」


「え?」


「なぜ・・・、ですか?」


「馬鹿か、お前らはっ! これからお姫様と一緒に魔王軍と戦おうって奴の武器が、貧相だったら笑われるだろうが!

俺が鍛え直してやるって言ってるんだっ! とっとと、よこせっ!」


「お・・・、おう」


「どうぞ」


 そうしてアルヴァ達はひとりずつ、自身の武器を目の前の机に置く。

リガルが最初に手をしたのはルクストの槍だった。


「・・・ほう、良い槍だな。さすがに、フルシーラの騎士様の槍だ」


「そうでしょう、なぜならこれは・・・」


「お前これ、誰かのお下がりだろ」


「うっ・・・!」


 自慢気な様子だったルクストは、それを言われた途端に図星をつかれたように身を縮める。

そういえば以前に、憧れの上官が引退する時に貰い受けたものと言って大事に手入れしていた事をアルヴァは思い出す。


「俺がお前の身長、体重、腕力に見合うように、鍛え直してやる。

次は・・・、籠手? お前まさか、これでぶん殴って戦ってるのか?」


 リガルはため息をつきながら、槍を机に置いて次にリーウェンの籠手を手に取った。


「おうよ! まさに鉄拳! 岩をも砕けるぜっ‼」


「アホかっ! こいつは、そこらの甲冑に使う既存品だろうがっ!

てめえの戦い方があるなら、この籠手もてめえに合わせたものを使おうって気がねえのか⁉」


 リガルの言う事はもっともだった。

リーウェンの使っている籠手は本来、防具として作られたもの。

だが、拳を武器にするリーウェンにとってそれは武器となりえるものだった。

しかし、それに対してリーウェンは「すぐに壊れるから」と特に手入れをしているわけでもない。


「すみません・・・」


 武器の専門家の怒号に、多少武器について意識の低さに申し訳なさを感じていたリーウェンは珍しく萎縮する。


「俺がもっと丈夫で殴りやすいように作ってやるよ。

次は・・・、なんだこの黒い刀は?」


 呆れるような様子を見せていた鍛冶職人は、次にアルヴァの刀を手に取り鞘から抜いた瞬間に目の色を変える。

それは、ゼクシアから手渡されたアルヴァ本来の愛刀、妖刀オウマガトキだった。


「こいつは・・・、妖刀だな」


「はい」


「兄ちゃん、何者だ?

これほどの刀を作れる奴は俺を含めて数人しかいない。

ましてや、これほどの気を込めた・・・、妖刀とくれば俺でも作る事はできねぇ。

しかも、この刀は・・・この世界のものじゃねえな」


 刀ひとつで、まるですべてを見透かしたかのようリガルはじっとアルヴァの顔に視線を向ける。


「リガルさん、それはっ・・・!」


「その通りです。俺は・・・、魔族です。

その刀は魔界の・・・、俺が生まれ育った里に伝わる刀です」


 なんとか誤魔化そうとするアサラだったが、アルヴァは何ひとつ包み隠す事なくその真実を話した。

なんの戸惑いもないその顔を見て、リガルは嬉しそうに口元に笑みを浮かべる。


「ほう・・・。

魔族の剣士が俺達人間の仲間になるってか、面白いじゃねえか。

俺も一度、魔族の武器って奴を鍛えてみたかったんだ。

こいつは俺に任せろ。 新品以上の仕上がりにしてやるよ」 


「うお・・・、物分かりが良い」


「リガルさん、ありがとうございます!」


 アサラ達が胸をなでおろす中で、リガルは嬉しそうに初めて手にする魔族の刀を隅々まで調べていた。


「おい、兄ちゃん。 ちょっとこの刀の柄、外すぞ?」


「え? はい、もちろん」


 リガルはその返答を待つ事なく懐から次々と道具を出し、慣れた手つきでオウマガトキを分解する。

そして、鍔と柄を外した黒い刀身の全容が姿を現した。


「なんだよ、製作者の名前は彫ってねえな・・・、ん?」


 その時、外した柄の中から小さく折りたたまれた紙が落ちた。

手に取ったリガルはそれをアルヴァに手渡す。


「なんだ、これ? 手紙か? 柄の中に隠していやがった」


「手紙? いったい、誰の・・・。

2つある・・・。 あっ・・・! こ、これはっ‼」


「どうした? 何が書いてあるんだ?」


 それを見て顔色を変えたアルヴァにルクストが声をかけると、切ない顔を見せるアルヴァは少しの沈黙を見せ、答える。


「両方とも、俺に宛てた手紙だ。 片方は、ゼクシアから・・・。

もう片方は、師父・・・。 俺の、剣の師匠からだ」


「ゼクシアさんと、アルヴァのお師匠様から? それって、まさか・・・」


「2通とも・・・、遺書だ・・・」

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