第二十九節:真実を語る青年
「約千年前、魔界に攻めてきた勇者カノンに、魔王ルシファスは敗れた。
だが、死んではいなかった。 激しい戦いにより勇者の聖剣は折れ、ルシファスの命を完全に絶つ事ができなかったんだ」
アルヴァの口から語られたそれは、地上で語り継がれる伝説には描かれていない勇者の魔界での戦いだった。
「それが、勇者伝説の本当の結末?
勇者カノンが地上に帰ってこれなかったのは、魔王に負けたからではなく、聖剣を失ったからなのね?」
「ああ。そして魔王ルシファスはその肉体を魔界の地の底に沈め、深い眠りについた。
魔王ルシファスの眠る場所は、眠りの地と呼ばれ、俺達魔族はいつの日か再び目覚める魔王の眠りを妨げる事のないように誰も近づかないよう、眠りの地は踏み込む事の許されない禁断の大地とされた。
やがて・・・、魔王ルシファスのいない魔界を統治しようとする権力者達の争いが始まった」
「魔族同士の、戦争だと?」
地上でも、人間同士の争いは存在する。
だが、地上に暮らすアルヴァの仲間達にとって、自分達の暮らす世界とは別の世界で起きる戦争なんてものは想像した事もなかった。
「俺達の暮らす魔界は、この地上のような豊かな自然には恵まれていない。
太陽はなく、空に浮かぶ魔の星達が照らす薄暗く寒い世界。
枯れた大地に生える草木は限られていて、海からは死臭がする。
そんな世界で魔族同士が争いを続ければ、魔界はいつの日か必ず滅んでしまう・・・!」
「そうか。
だから・・・、魔族は豊かな自然を持つ地上を手に入れようとしたのね」
魔族は別に意味もなく地上に攻め込んできたわけではない。
魔族は、自分達が生きる為に戦っていた。
地上の人間と何も変わらない。
それは、目の前にいるアルヴァの姿を見てわかる。
アサラ達は、自分達と何も変わらない彼が魔族だなんて考えた事はなかった。
「魔界を救いたい、魔族同士の戦いを終わりにしたい、魔界をひとつにする・・・。
それが、魔界の辺境、バレドの里で生まれ育った俺の、子どもの頃からの夢だった。
その為に、剣術の腕を磨いた。 そして、いつも俺の隣には・・・・、
俺の夢を誰よりも尊敬し、一緒にその夢を叶えると誓ってくれた、ゼクシアがいた・・・」
「じゃあ、あの女剣士はお前の・・・」
ゼクシアは、アルヴァと同じ故郷で育ち、同じ師の下で剣を学び、そして彼らは愛し合っていた。
アルヴァにとって、ゼクシアはかけがえのない存在だった。
「ちょ・・・、ちょっと待って! 今の話だと、魔王はまだ眠っているんでしょ⁉
それが、今どうして⁉」
眠りについたはずの魔王が目覚め、地上に攻め込もうとしている。
記憶を取り戻したアルヴァは、その理由を誰よりも理解していた。
「成長した俺とゼクシアは、魔界をひとつにする為に里を出た。
そして俺達は、魔界を統治すべき真の魔界の王の帰還を望んだんだ」
アルヴァのその言葉に、場の空気が凍り付く。
それは、仲間達が一番知りたくはない真実だった。
「まさかっ・・・、お前っ‼」
「なんの確証もなかった。 でも、俺はそれに賭けたかった。
眠りの地に踏み込み、そこで大きく割れた大地に向かって俺達の思いを、願いを、言葉にした。
そして、奇跡は起きた。
長い眠りについていた魔王ルシファスが、目覚めたんだ」
「お前が、魔王を復活させたっ⁉」
「嘘っ・・・、そんなっ!」
仲間達に強い罪悪感を抱きながら、アルヴァは言葉を続けた。
すべて言わなければいけない。
たとえ、その真実がそれを知るアルヴァにとってどんなに辛い事でもアルヴァは言葉を続けた。
「俺達は復活した魔王ルシファスに忠誠を誓った。
だが、人間に敗れた魔王に魔界の統治は任せられない・・・、そんな連中もいてな。
俺達は魔王ルシファスの配下として時に戦い、時に交渉し、そしてようやく、魔王ルシファスによる魔界統一が叶った。
そして、地上侵攻へと動き始めた頃に、魔王ルシファスは俺に恐ろしい命令を下した・・・」
「なにを・・・、命令されたの?」
アルヴァは俯いて、身体を震わせながら答える。
「俺達の・・・、
俺とゼクシアの故郷、バレドの里を滅ぼせと、里の民を皆殺しにしろと命令されたっ・・・!」
「なんという・・・。
なぜ、そのようなむごい事を・・・」
「魔王ルシファスを深い眠りにつかせた勇者カノンはその後、姿を消したらしい。
折れたとはいえ、聖剣フラガソラスはどこかに存在する。
ルシファスはそれを恐れたんだ。自分を殺す事ができる、勇者と聖剣の存在に。
だから、魔王ルシファスは自身が眠りについた後すぐに立ち上げられたとされるバレドの里に、不信を抱いた。
バレドの里は・・・、勇者カノンが立ち上げた里ではないのかと・・・。
そして、バレドの民である俺に、改めて忠誠の証として、里を滅ぼせとっ・・・!
家族もっ・・・、友もっ! 師父・・・、俺の、大恩ある剣術の師までも、すべてを殺せとっ‼」
怒りに身体を震わせながら、目に涙を浮かべてアルヴァはその事実を口にした。
自分達の世界の救世主として目覚めさせたはずの魔王に、そのような仕打ちを受けたアルヴァの苦悩は計り知れない。
「だからお前は、魔王を裏切ったんだな・・・」
「俺達、魔族であるバレドの民が勇者の末裔であるはずがないっ‼
たとえそうだとしても、俺達は魔界の為を思い、生きてきた!
俺達は魔王ルシファスこそが、真の魔界の王であると信じていた!
それなのにっ・・・、ルシファスは俺の願いを聞き入れてくれなかった・・・!
だから俺は・・・、魔王を裏切り、里を守る為に戦った。
俺を想うゼクシアの静止も振り切って・・・!
だけど俺は結局、里を守りきる事はできなかった。
傷を負い、追い込まれ、魔王軍幹部ザスディーン将軍にとどめを刺され、海に落ちて・・・。
気づけば、記憶を失って、自分を人間だと思い込んでいた・・・。
あとは、お前達の知っている通りだ」
悲しみに顔を歪ませながら、アルヴァはすべての真実を仲間達に語った。
涙を流し、苦しんでいるその姿は、魔族であってもアサラ達 地上の人間と何も変わらなかった。
「アルヴァ・・・」
「こんな記憶なら・・・、思い出すべきじゃなかったな」
「ではやはりお前は魔族で・・・、俺達、地上の人間の敵なのだな?」
アルヴァは、滅びゆく魔界を救う為に戦っていた。
ならば、豊かな自然を持つ地上への侵略はアルヴァにとっても目的は一致している。
「ああ、そうだ」
「違う! 違うわよっ‼ アルヴァは今までずっと一緒に戦ってきたじゃない!
アルヴァが、私達の敵であるはずがないっ!」
力なくそう答えるアルヴァの姿にアサラは取り乱すが、意外にもリーウェンとルクストは冷静だった。
「お前は、これからどうするつもりなんだ? アルヴァ・・・」
「俺は、魔王ルシファスを裏切った。
もう、魔王軍には戻れない。
そして、魔族の俺は、魔王を復活させた俺は、お前達の仲間にもなる事はできない・・・。
だからっ!」
「アルヴァ?」
アルヴァは腰から抜いた刀をリーウェン達の前に置き、地に頭をつけながら懇願した。
「もしお前達が、魔王を復活させた俺を憎いと思うならば、どうかここで俺を殺してほしい。
今、俺がお前達にできる事は、これしかない! だからっ、どうか!」
アルヴァは、ここにいる誰よりも苦悩していた。
自分を人間だと思い込み、仲間達と共に地上の為に戦っていた。
何も知らず、地上の人間を変わりなく愛してくれた。
だがそれは、本当のアルヴァにとっては敵だった。
今更、その事実を受け入れる事はアルヴァにはできなかった。
「おい、立てよ・・・」
アルヴァの襟首を掴んで強引に立ち上がらせたリーウェンは、その拳でアルヴァの顔を強く殴る。
殴り飛ばされ地面に倒れるアルヴァからは抵抗の意志はまるで見えなかった。
「リーウェン! やめてっ‼」
「姫様・・・」
立ち上がるアサラをルクストは制止する。
アサラには、あれほどアルヴァに友情を抱いていたリーウェンのその行為を許す事ができなかった。
「ルクスト! あなたも同じなの⁉
本当に、アルヴァが私達の敵だと思っているの⁉」
「それを決めるのは、あいつです‼」
そう、アサラを叱るように声を張り上げるルクストも苦悩し、顔を歪ませている。
「アルヴァお前、そんな女々しい奴だったのか?
自分の命をそんな簡単に捨てるような、弱い奴だったのか⁉」
地面に倒れたまま起き上がろうとしないアルヴァを、リーウェンはまた襟首を掴んで立ち上がらせる。
涙を流すアルヴァの顔に、リーウェンは力強い表情で向き合う。
「リーウェン・・・」
「お前もハールイス闘技大会チャンピオンなら、もっと胸をはれ。
自分に自信を持て。
お前が決めて、お前の道を選ぶんだ。
お前は・・・、俺達の敵になりたいのか?」
「なりたくは・・・、ないっ!
自分を人間と思い込み、お前達を仲間と信頼してしまった。
この美しい地上を・・・、魔族との戦いで汚したくないと思ってしまった・・・!」
そう言って泣きじゃくるアルヴァの姿を見て、アサラは胸を打たれる。
旅の間、アルヴァはどこまでも広がる草原に、青い空に、海に、その美しい自然の姿に、旅する事を喜ぶアサラと共に喜んでくれた。
アルヴァは、自分達と何も変わらない。
そして彼は、地上の人間が魔族の脅威にさらされる事を望んではいない。
記憶を取り戻しても、彼の中の気持ちは変わらなかった。
「アルヴァ・・・。 それなら、一緒に戦おう。
ううん・・・、フルシーラ王国王女アサレフィアとして命じます。
あなたが、自分の罪を償いたいと思うならばどうか・・・、その力を私達に貸してください」
「アサラ・・・」
「姫様の想いを踏みにじるようならば、俺がお前を殺してやるぞ」
「ルクスト・・・」
「一緒に戦おう、アルヴァ・・・」
ゼクシアを失い悲しみに暮れて冷え切っていたアルヴァの手を、アサラは強く握った。
アルヴァにとって、そのぬくもりは何よりもの救いだった。
「ありがとう・・・」
アルヴァは涙を流しながら誓った。
地上を守る為に、仲間と共に魔王ルシファスと戦うと。
魔王を目覚めさせた責任は、自分でとる。
もう、ルシファスの思い通りにはさせないと、強く誓った。
その使命が、今のアルヴァにとって生きる意味となっていた。
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