第二十二節:魔族と出逢う青年

「その姿、その声・・・。やはり貴様、アルヴァなのか?」


 サダムと名乗る魔法使いが、アルヴァの姿を見てそう口にした。


「なにっ・・・?」


「おい、アルヴァの知り合いかよ⁉」


 リーウェンからそう問われるが、アルヴァには一切の覚えがない。

だが、もし本当にこの魔法使いが記憶を失う前のアルヴァの事を知っているならば、あの女性についても知っているのではないだろうか。

だが、問題は目の前の男が、フルシーラとエルミリア両国で起きた事件に関わっていると口にしている事だ。

つまりは、あの女性と動揺に紅い瞳を持つこの男は魔族なのではないか?

だが、目の前にいるその男の姿は・・・。


「人間・・・よね?」


「人間だと? この我が?

我ら魔族を、地上に暮らす貴様ら下等な人間と同じにされては困る」


 アサラのその疑問を、その魔族の魔法使いサダムは人間という種そのものを見下しているように不愉快な顔でそれを否定する。


「おとぎ話だと魔族って角とか牙の生えたもっと魔物っぽい見た目だったけど驚いたな、人間そっくりじゃねえか」


 アサラだけでなく、リーウェン、ルクストも同様に初めて観る魔族の姿に驚いていた。

アルヴァの呼んだ勇者伝説の本では、魔族は登場せず魔王の配下は魔物達だった。

おそらくは、魔族という存在を表現している著書でも、ほとんどの勇者伝説では魔族は魔物と同じ怪物として描かれているのだろう。


「なぜ、魔族が地上にいる⁉」


「貴様らもすでに気づいているのではないか?

我らが主あるじ、魔王ルシファス様の御力によってまもなく扉が開く。

私はその日に備え、ルシファス様の御力によりこの地上に送り込まれ、戦いの支度をしているのだよ」


「おいおいおい、本当にフルシーラ王の読み通りかよ・・・」


「ではこいつが・・・、世界各地で魔物の異常繁殖を起こしていたのか⁉」


 世界の命運にかかわる事実が現れ動揺を隠す事のできない様子の仲間達の中で、アルヴァにとってはそれよりも気にかかる事があった。


「だけど・・・、なぜだっ! なぜ、お前が俺の名前を知っている⁉」


「やはり貴様、アルヴァなのだな?

ザスディーン将軍め、しくじったな。

しかし記憶を失っているのか?これは面白い。

どちらにしろ・・・、ここで死んでもらおう!」


 サダムの掌から雷撃が放たれた。

その動きに気づき、アルヴァ達は咄嗟にそれを回避する。


「詠唱なしの攻撃魔法ですって⁉

くっ!

我が魔力よ! 炎となりて、敵を討て! ダムナティオ デ フラムマ‼」


 対抗するようにアサラが魔法の杖から、敵の全身を焼くような巨大な炎を形成した魔法を放つ。

その炎はサダムへとまっすぐに放たれたが、サダムは不敵な笑みを浮かべてそれを躱す素振りも見せずに

ただ、指先を前へと向けた。


「スクゥトゥマ!」 


 その瞬間、サダムの目の前でアサラが放った炎の魔法は弾けて消えた。

サダムの身体は無傷。

アサラの魔法に対してサダムは魔法の障壁を一瞬で張り、それを防いでみせた。


「嘘でしょ⁉ あんな簡単な詠唱で⁉」


「ほう・・・。人間の魔法など取るに足らないと思っていたが、貴様ほどの魔法使いがこの地上にいたとはな・・・。

だがここは我が結界の中。 我が魔法が最も力を発揮する場所。

そして・・・!」


 遺跡の死霊達が周囲すべての方向から集まってくる。

サダムは、遺跡全体に巣食う死霊を操りアルヴァ達の命を狙うようにそれらを1箇所に集めさせていた。


「やべえぞ、この数!」


「気を付けろ! エレメントモンスターもいるぞ!」


 数えきれない死霊達の頭上には、青い炎を纏った肉体なき魔物も飛び交っていた。

地上を這う死霊はリーウェンとルクストに任せて、アルヴァとアサラは風の刃と魔法で頭上を飛び交う魔物を対処する。


「くっ・・・! バレド流剣術、疾風刃‼」


「バレド流剣術・・・。やはり、アルヴァか」


 アルヴァがエレメントモンスターを切り裂く姿を見てそう呟くサダムは、まるで合唱を指揮するかのように両手を揺らす。

それに応えるように死霊の魔物達は、その数と勢いを増していった。


「てやぁっ‼ くそっ、数が多い!

てかこいつら、痛みとか感じてねえのかよ!」


「それどころか、倒しても起き上がってくるぞ!

なんだこれはっ⁉」


 死霊達に苦戦しながらも前衛で戦うリーウェンとルクストに守られながら、アサラは精神を集中させていた。

いくら数が多くてもそれが死霊ならば、アサラの魔法で対処できる。


「我が魔力よ! 光となりて・・・」


「させるか!」


「きゃあっ‼」


 詠唱なく放つサダムの炎の魔法がつぶてのように飛来し、アサラの行動を妨げた。


「姫様っ‼」


「アサラ‼ くそっ!」


 リーウェンとルクストが動けない状態の中、アサラの近くにいたアルヴァは迫りくる死霊達を薙ぎ倒し、アサラの援護に回る。


「アルヴァ・・・! 時間を稼いで!」


 そう口にするアサラはまた魔法を放つ為か、精神の集中を始めた。

アルヴァは黙ってそれに頷き、アサラの盾になるように守りを固めながら戦う。


「人間の味方をするのか、アルヴァ・・・!」 


「我が魔力よ、大地に宿り・・・」


 再度、呪文の詠唱を始めたアサラの様子に気づいたサダムは両手を広げて、その掌に雷を纏う。


「かぁーっ‼」 


 サダムの掌から放たれた雷は狙いすましたようにアルヴァ達4人の身体を襲った。


「うあああぁっ‼」


「全てを覆い・・・! 魔を・・・、封じたまえっ‼

アッデ ウムブラ ルークス・・・!」


 アルヴァ達も苦痛に顔を歪める中、アサラはその身に痛みを受けながらも魔法の詠唱を止めなかった。


「やめろ、小娘ぇ‼」 


 アサラの魔法を防ぐ為に、サダムはさらに魔法による攻撃を強める。

アルヴァ達もその猛攻の前に傷を負い、徐々に死霊達に追い詰められていく。

だが、アサラはその窮地でも決して詠唱を止めなかった。


「エヴォルーシオ イ・・・、 レネシャーンティア!

インシーニュ デ・・・! ドミネーシオーッ‼」


 詠唱を終えたアサラの全身から眩いばかりの光が放たれる。

その光は、アルヴァ達が立つ地面すべてに浸透し死霊の魔物達の身体を照らした。

すると、足元から放たれるその光を浴びた死霊の魔物達は一体残らず倒れていった。


「魔物達の動きが・・・、止まった⁉」


 その様子に、サダムは怒りと屈辱を覚えたように顔を歪ませる。


「魔法陣なしの結界魔法だとっ⁉ しかも、我の結界の中で、我の魔法を上書きして⁉

ばかなっ! 我の魔力が、こんな人間の小娘に劣っているとでもいうのか⁉」


「おおぉーっ‼」 


 今が好機と、アルヴァ達は一斉にサダムへと迫る。

サダムはその両手を前へと突き出し魔法を放とうとするが、アルヴァはそれを防ぐ為の剣技を放つ。


「バレド流剣術! 双牙斬そうがざん‼」


 まるで二本の刀を同時に振り下ろしたかのような超高速の二連撃。

それは、今まさに魔法が放たれようとしたサダムの両腕を斬り裂き、宙に舞わせた。


「がああああああぁぁぁああっ‼

腕がっ! 我の腕があぁぁぁっ‼」


「とあああぁっ‼」


「おらああぁっ‼」


 痛みと動揺で顔を歪ませ絶叫するサダムに向かってルクストが渾身の力で投げた槍がその腹部を貫き、

それでもなんとか魔法を放つ為に呪文を詠唱しようとしたサダムの首をリーウェンの飛び蹴りがへし折った。


「が・・・、あぁっ・・・!」 


 わずかな呻き声をあげて、サダムは絶命し倒れた。

先ほどまでアルヴァ達を襲ってきた数えきれない死霊の魔物達は地面を覆いつくすかのようにすべて倒れ、遺跡の中は静寂に包まれていた。


「やっ・・・た・・・」 


 その様子を確認したアサラもまた、まるで糸が切れたように地面に倒れた。


「姫様っ! どうしたのですか、姫様っ⁉」


「アサラの奴、気を失っちまった。今の、なんか無理したんじゃねえのか?

おいアルヴァ、手伝え! 一度戻るぞ! アルヴァ⁉」


 意識を失ったアサラの姿にうろたえるルクストと、アルヴァを呼ぶリーウェンの声が遺跡に響く中、アルヴァはその声がまるで耳に届かないかのように目の前に倒れる魔族の魔法使いの亡骸をじっと見ていた。


「サダム・・・? 魔族の魔法使いが、なんで俺の事を・・・。

なんだったんだ? こいつは・・・。

うっ・・・!」 


 その時、激しい頭痛がアルヴァの身体を襲い、ある情景がアルヴァの脳裏に浮かんだ。

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