第十八節:勇者伝説を聴く青年

「アルヴァ、リーウェン。

よくぞアサレフィアに協力しこの城を、民達を守ってくれた・・・。

心から礼を言おう・・・」


 戦いを終えた アルヴァ達は、再び謁見の間へ訪れる。

王は玉座から立ち上がり、アルヴァ達の手を握り感謝を言葉を告げた。


「いやいや、お気になさらずに」


 泥と返り血まみれのリーウェンはあの後、無数のゴブリンを倒し、さらには変異種の大型ゴブリンとも戦っていたが兵士達と協力しそれを見事に撃退していた。


 戦いを終えた後は、共に戦った兵士達から絶大な信頼を得て凱旋パレードのように兵士達に担ぎ上げられて城に戻ってきたものだからアルヴァ達は目を丸くしたものだった。


「ルクスト、お前もよく働いてくれた。 見事な戦いであったぞ」


「ありがたきお言葉です」


「お父様、今回の魔物の襲撃。 あれは明らかに・・・」


 王がその場にいる者達への労いの言葉を終えたのを見て、アサラは今回の襲撃についての話を始める。

魔物達は何か目的があって王都へと攻め込んだ。

その行動は、野生の魔物の意思とは思えなかった。


「うむ。 魔物は金鎚を探していたようだな。

ならば、何者かがこのフルシーラ城を狙い魔物を操ったと見て間違いないだろう」


「・・・! お父様には、魔物が言っていた金鎚に心当たりがあるのですか?」


「これを見るがいい」


 そう言って、フルシーラ王が取り出したのはいつの時代のものかわからないとても古い箱だった。

そして、それを開くと中には黄金に輝く美しい金鎚が入っていた。


「黄金の金鎚? それはいったい・・・」


「名を、太陽の金鎚。 我がフルシーラ王家に受け継がれし秘宝である」


「なぜ、魔物がそのようなものを・・・?」


「これは、伝説の勇者カノンがこの地に残した神器なのだ」


「伝説の・・・、勇者?」


 魔物が繁殖するこの時代の中、大昔にも同じような事があったと伝えられている。

それが、勇者伝説の時代である。


「おいおい、それってあれか?

むかしむかし、魔界から魔王が魔族の軍勢と共に地上に攻めてきて、

それを勇者が先頭に立って地上の人々が立ち上がり、人間と魔族の大きな戦争があったっていう・・・。

そんなの、誰でも知っているおとぎ話だろ?」


 リーウェンは首をかしげながら、そう口にした。


「本で読んだ事はあるけどそんな話だったっけ?」


 アルヴァも勇者伝説については記憶を失ってはいたが、港町で怪我を治している間にそれについての本を読んでいる。

だが、アルヴァが読んだ本では魔族というものは登場せず、魔王が操る凶暴な魔物との戦いを主軸に物語が描かれていた。


「著者によって内容に差異はあるけど、だいたいはその内容ね。

魔王を倒し世界を救った勇者はその後、どこかへ姿を消してしまったという内容も有名ね」


 リーウェンとアルヴァの疑問に対してアサラは補足を入れる。

つまりは、多数の著書が存在するほど有名な伝説という事だ。


「おおむね、それが史実だ。

地上と魔界、すなわち我ら地上に暮らす人間と、魔界の住人、魔族との戦いは約千年前に実際にあった出来事なのだよ。

かつてその時代、魔界より降り立った魔王軍との戦いの中心にいたフルシーラ王家、そしてエルミリア王家にはその記録が多数残っている」


 その場にいる何人かが、そう真面目に語る王の言葉に驚いていた。

実在したとされるそれを、その場にいる者を含めて現代ではただのおとぎ話だと信じている者が多数いるのである。


「では陛下、まさか今回の件はその、魔族によるものとおっしゃるのですか?」


 その内のひとりだった ルクストが信じられないかのように王へと問いかけ、

王はそれに対して曇りのない表情で頷いた。


「私は、そう考えている」


「その、魔物が狙っていた太陽の金鎚というのは何なのですか?」


 アサラも、勇者伝説が実在した出来事である事は理解してはいた。

だが、それと金槌になんの関係がるのかは見当もつかない。

王はその太陽の金鎚を手に静かに語り始めた。


「元は邪神として天界に暮らす神のひとりであった魔王ルシファスは、神々の王に反旗を翻し、やがて天界を追放され異界の牢獄へと閉じ込められたという。

しかし、魔王はそこで魔族、そして魔物を生み出し自らが支配する新たな世界、魔界を生み出した。

そして、天界の神々への復讐として、神に愛されたこの地上を蹂躙する為、魔界とこの世界、地上との間に扉をつくり、この世界へと侵攻した。

その時、地上の人間に手を差し伸べてくださった太陽の女神エルディナの加護を受けた勇者カノンは、天界の金属ビトラダイト、そしてこの太陽の金鎚を女神エルディナより授かった。

やがて、ビトラダイトを太陽の金鎚で鍛え、神をも殺す事のできる聖剣・・・、すなわち我ら人間が唯一魔王の命を絶つ事ができる聖剣フラガソラスが生み出されたと伝えられている」


 アサラ達も勇者だけが使う事ができる伝説の聖剣については知っていた。

おとぎ話にも登場するからだ。

だが、その誕生の経緯と聖剣の名前を知るのは初めてだった。


「じゃあ、奴らの目的は魔王を殺す聖剣の誕生を防ぐ為・・・?」


「伝説の勇者が手にしていたその聖剣は今どこに?」


 剣士としての性分なのか、聖剣という存在に興味を感じたアルヴァは王へと問いかけた。


「わからん。 記録では、聖剣を手にした勇者カノンは人間と魔族の戦いの最終局面、わずかな仲間と共に魔王を直接討ち取る為に魔界へと攻め込んだ。

その時、敵の軍勢を止める為に聖剣の力を使い地上と魔界を繋ぐ扉を閉めたという。

そして戦いは終わり、勇者カノンはそのまま帰る事はなかった」


「まさか、勇者カノンは魔界で魔王ルシファスに敗れた? それが勇者伝説の真実?」


「いや。 その後、地上と魔界を繋ぐ扉は二度と開く事はなかった。

ゆえに、勇者は魔王と相討ちになったのではないかと考えられている」


「だから、多くの伝承では魔王を討ち取った勇者は、その後どこかへと姿を消したと伝えられているのですね」


「いや、でもさ。その話が本当なら、魔王がいないなら、地上と魔界の扉は閉じたままじゃないのか?

それなら、魔族が地上にいて、魔物を操っているってのもおかしな話だろ。

それに、その聖剣ってのは魔王を殺す武器なんだろ?

その誕生を防ぐ為に動くなんて、魔王がまるで生きているみたい、な・・・」 


 勇者伝説をおとぎ話だと信じきっていたリーウェンはまだ信じられないかのようにその疑問を口にしていたが、やがてある出来事を思い出す。

それは、アルヴァにも心当たりがあった。


「闘技大会に出たあの魔物、言っていたな。

『もうすぐ来る魔王様』って・・・」


 闘技大会に現れたジャソールと名乗っていた魔物は、『武勲』の為に決勝戦で対戦相手であるアルヴァの命を狙った。

その『武勲』の意味も今なら理解できる。

魔物が口にしたその言葉について語ると、フルシーラ王は血相を変えた。


「それはまことか⁉ ではやはり、魔王ルシファスは生きているのか?

勇者カノンは、魔界での戦いに敗れたというのか・・・?」


「お父様! もし、これが真実ならば!」


「各地で起きている魔物の異常繁殖は、地上と魔界を繋ぐ扉が開く兆しなのかもしれない・・・。

エルミリア王国に報せを出さなければ。

そして聖剣だ。 なんとしても、聖剣を生み出さなければいけない。

だが伝説では、聖剣フラガソラスを扱えるのは選ばれし勇者のみ・・・」


 フルシーラ王のその言葉によって、場の空気が張り詰める。

戦いに勝利し喜んでいたが、本当の戦いはまだ始まってすらいないというのだ。

その中で沈黙を破るように、アサラが口を開く。


「お父様、改めてお願いします。

どうか私が旅に出る事をお許し下さい」


「姫様! いいかげんにしてください! ましてや、こんな時に・・・!」


「いいだろう」


「陛下ぁ⁉」 


 王はこれまで、娘の旅への憧れに対して最も厳しかった。

護衛騎士という立場からその意志を代わってアサラの監視を続けていたルクストは、王のその突然の快諾に声を裏返して驚いていた。


「この地上を守る為、我々フルシーラとエルミリアは力を合わせ戦わなくてはいけない。

エルミリアへの使者、そして聖剣フラガソラスの復活と、それを扱う新たな勇者を探し出す、それらの使命を任せられるのは、フルシーラ王家の者であり、今の世界を渡り歩く事ができる力を持った者であるべきだ。

そうなれば、お前以上に適任はいないだろう、アサレフィアよ。

この太陽の金鎚はそなたに預ける。受け取るがいい」


「はい、お父様」


 アサラは王の顔をまっすぐと見ながら、太陽の金鎚をその両手で受け取る。

思えばアサラは、こうして父親とまっすぐ目を合わせたのは久しぶりだった。

それは、旅をしたいという願いを持つ娘の、自分を心配する父親へのうしろめたさがあったのかもしれない。

その想いに気づいたように、王は優しい表情を見せた。


「力強い、良い顔になったな。

妻に先立たれた私にとって、お前だけが私の宝のつもりでいた。

だが違う。 我らの王国にとって民こそが宝なのだ。

このたびの戦い、お前はそれを理解し、行動した。

お前の事を思い、この城に閉じ込めていたが、それでは民の為にはならない。

お前の力、この地上を守る為に活かしてほしい。

そして、世界を旅し、学んでくるがいい。

我々が守るべき、この世界の事をな」


「お父様・・・、ありがとうございます」


「アルヴァ、リーウェンよ。

迷惑でなければどうか、これからも娘を支えてほしい」


「俺の記憶が戻るまでは、一緒に旅をする約束なので」


「いいね、いいね。 伝説の勇者に、魔族との戦い! スケールの大きな話になってきたじゃねえか!」


「二人とも、これからもよろしくね!」


「ルクスト、護衛騎士としてお前も同行しろ」


 その様子にひとり困惑していたルクストへ王はそのように告げ、ルクストは我に返った。


「しょ、承知しました・・・!」


「役に立たなかったら置いていくから、よろしくね! ルクスト!」

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