第十七節:危機に駆けつける青年

「おのれ、魔物め! これ以上、進ませるものかぁ!」


 仲間の騎士達が次々と倒れる中、ルクストは槍を手に目の前の魔物へと立ち向かう。

フルシーラ城を狙う巨大な魔物トロールは、すでに城門をも破壊し城へと目前まで迫っていた。


「グオォーッ‼」


 トロールはその手に持った大人10人分の体積はあるであろう鋼の棍棒を振り下ろす。

城を守る為にトロールに立ち向かう屈強な騎士達は、そのひと振りでまるで小石のように軽々と弾き飛ばされた。

ルクストは辛うじてトロールの攻撃を躱したたが、すでに騎士達の陣形は乱されている。

魔物一体に苦戦しているこの状況が歯痒かった。

だが、このトロールは普通とは違う。

強すぎるのだ。

怪力や素早さはもちろんの事、注目すべきはその手に持った武器だ。

たしかに、ゴブリンやトロールは武器を使う魔物だ。

だが所詮、野生の魔物。

ごくまれに人間を襲って手に入れた武器を除けば、その武器は石や木を不格好に削った程度のものに限定される。

だが、今目の前にいるトロールが持っている武器は違う。

その体格に合わせた巨大な鋼鉄の棍棒を、そのトロールは手にしているのだ。

当然、そんな棍棒を人間から奪って手に入れられたとは思えない。


「あんなでかい棍棒あるはずがない! 明らかに、何者かがあの魔物に武器を与えている‼」


「カナヅチハ、ドコダァ・・・! カナヅチヲ、サシダセェ‼」


 棍棒を振り回し、迫るトロールはそう叫んだ。


「金鎚・・・だと?」


 ルクストは、考えた。

やはり、この魔物は何者かに武器を与えられて、おそらくはその者の指示を受けてこの城に攻め込んでいる。

だが、『金槌』とはなんだ。

トロールは、この城に自分が使える武器があるとでも思いこんでいるのだろうか。


「ルクスト!」


 その時、王都でゴブリン達と戦っていたアサラとアルヴァがその場に駆け付けた。

陣形が乱された今、ルクスト達は少しでも手助けが欲しい。

だが、この魔物は危険すぎる。

王女の護衛騎士として、ルクストはアサラをトロールと戦わせるわけにはいかなかった。


「姫様! お逃げください! この魔物! ただの魔物ではありません‼」


 そう言いアサラの方へ視線を向けていたルクストへ、トロールの容赦のない棍棒による攻撃が振り下ろされる。

ルクストは咄嗟に身を避けようとするが、間に合わない。


「たあぁーっ‼」 


 その間にアルヴァが飛び込み、その手に持った刀でトロールの一撃を受け流しルクストを救った。

突然の出来事にトロールは体勢を崩し、怒りの表情を見せている。


「グヴゥー‼」


 同時にルクストは驚いていた。

フルシーラが誇る騎士達を軽々と薙ぎ倒すトロールの一撃を不意打ちとはいえ、このアルヴァという男は受け流してみせた。

闘技大会のチャンピオンとは聴いていたが、実に心強い相当な手練れだ。


「特大のをお見舞いしてやるわ!

我が魔力よ! いかづちとなりて、我が敵を滅ぼせ‼

はぁーーーっ‼」


 離れたところで、アサラはそう呪文を唱えながら杖を高く掲げると、たちまち空が渦巻く黒雲に包まれる。

トロールもその異変に気づき空へ視線を向け、その間にアルヴァとルクストもトロールから距離を取った。


「トニトゥルス アブ サンクリトゥアーリムーッ‼」


 アサラが放つ天を裂く強大な雷の魔法がトロールの身体を貫いた。


「グヴオォーーーッ‼」


 見た事もない規模の落雷による激しい光とトロールの絶叫が止むと、その巨大な身体が黒く焦げ周囲には嫌な臭いが広がる。


「ど・・・どうだ⁉」


 自身が使える最大級の魔法を放ち息を切らしながらアサラは勝ち誇るが、トロールはまだ倒れてはいなかった。


「グヴゥーッ、グヴアアアァゥー‼」


 全身を黒く焦がし白目を向きながら、咆哮をあげたトロールはその怒りをアサラへと向け走り出す。


「うそ⁉ まだ、動けるの⁉」


 アサラの危機と感じ、すぐにトロールの動きを止めようとしたルクストだがトロールの方が速い。

だが、強大な魔法を放った直後で無防備な状態のアサラの前にすでにアルヴァは立ち、迫りくるトロールへ立ち向かった。


「たあぁーっ‼」


 すると、アルヴァはその刀で真正面から振り下ろされたトロールの棍棒を受けた。

ルクストは、言葉を失った。

無理だ、あまりに体格が違いすぎる。

先ほどは、横からの不意打ちだった為にうまく受け流す事ができたが、正面からでは絶対にトロールの巨体に打ち勝つ事はできない。

あれでは、後方にいるアサラごと鋼鉄の棍棒に潰されてしまう。

そう思い、目を逸らそうとしたルクストだったが、どうも様子が違う。

アルヴァが刀でトロールの棍棒を受けたのに、金属音がしない。

いや、アルヴァもアサラも無事なのだ。


「バレド流剣術、凪打なぎうち」


 荒れ狂う魔物の攻撃に相反するかのような音もしないその静かな剣撃は、鋼の棍棒ごとトロールの腕を斬り落とした。

それこそ、アルヴァが戦いの中で思い出していた剣技のひとつ。

巨大な敵を想定し、迎え撃つ敵の攻撃が荒いほどその威力を増す 返しの一刀。


「グオォォォォッ⁉」


 武器を失い、斬り落とされた腕から滝のような血を流すトロールは痛みに叫びながら、ついに両膝をついた。

ルクストはその瞬間を逃さなかった。


「てあぁーっ‼」


 トロールの頭上まで高く飛び上がったルクストは、全力を込めてその喉へ槍を深く突き刺した。

血が噴き出し悲鳴をあげながら暴れるトロールだったが、もはや勝負は決している。

ルクストが槍を引き抜くと、その巨体はまるで切り落とされた大樹のようにゆっくりと音を立てて倒れた。


「・・・カナヅチ・・・、カナヅチヲ、ヨコセ・・・‼

カナヅチヲ、ケンジョウ、スルン・・・ダ・・・‼」


 そう言い残し、トロールは絶命した。

騎士達の勝鬨が響き、それは王都でゴブリン達と戦う他の兵士達にも届いた。

やがて、それを確認したかのように王都へと攻め込んでいた残るゴブリン達もどこかへと逃げていった。

魔物達に怯えていた王都の人々、城の人々は、王女アサレフィア達の勇気を讃え、勝利の喜びに震えていた。

そして・・・、それを遠くから眺めている黒いローブを着た男の姿があった。


「平和に浮かれた人間ごとき、この程度で充分と思ったが・・・。

やはり、地上育ちの魔物では足りないか・・・。

しかし、あれは・・・。まさか、アルヴァなのか?

奴め、生きておったのか・・・!」

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