第十五節:琥珀色の瞳の青年

「あら、剣士様。このようなところで夜風に当たっていたら、風邪をひきますわよ」


 その夜、フルシーラ城のバルコニーにひとり出ていたアルヴァにアサラが声をかけてきた。


「アサ・・・レフィア姫」


 ドレスに身を包んだ王国の姫君はアルヴァの隣で共に夜風に当たりながら、やや不機嫌そうな顔で話を続ける。


「いいわよ、今までどおりアサラで。 旅の仲間じゃない。

それよりどうしたの、こんなところにひとりでいて。 お城って息苦しい?」


「いや、不思議とそうでもないよ。 なんだろうな、俺が仕えていたのはどこかの王国だったのかな」


「他の王国って言ったら、エルミリア王国? たしかに技術に優れたあちらの国だったら、刀の製造にも詳しいだろうし・・・。

でも、それならうちの騎士達にバレド流剣術とかの事を知っている人がいてもいいと思うんだけどなぁ・・・」


 未だ、バレド流を知る者は見つからない。

フルシーラ城に来て、剣術に詳しい騎士、歴史に詳しい学者なども協力してくれたが、その中にアルヴァの記憶の手がかりになるようなものはなかった。


「ここでも、俺の事を知っている人は見つからないのか・・・。はぁ・・・」


「夜空を眺めてため息だなんて、まるで本に登場する恋するお姫様みたいよ?」


 そんな事を本物のお姫様はからかうようにアルヴァに言う。

だが、アルヴァがこのバルコニーにひとりで夜風に当たっていたのは理由があった。


「夜空を眺めていたら、なんか思い出せそうな気がしてな」


「なにそれ」


「夜の方がなんか落ち着くんだ。 逆に、昼はなんか嬉しい」


「よくわからないけど、だいたいの人は静かな夜の方が落ち着くんじゃない?」


「そうじゃない。 そういうんじゃなくて、なんか思い出せそうな気がして・・・」


「あの女の人の事を考えていた?」


 アルヴァが失った記憶の事を考えると、必ず頭に浮かぶひとりの人物。

夢の中に出ていた、あの黒い刀を持っていた、銀髪と赤い瞳の女性。


「・・・ああ。今でも名前すら思い出せないけど、俺にとってあの女は何か特別な存在だった気がするんだ・・・。

こうして、何かを思い出せそうな気がするたびにあの真っ赤な瞳を思い出す」


「瞳・・・、ねぇ。 そういえばアルヴァは綺麗な琥珀色の瞳をしているよね」


 そう言って、アサラはアルヴァに顔を近づけて、じっとその瞳を覗く。

王国の姫君を相手に、誰かに見られたらとんでもない勘違いが起きそうな状況だ。


「琥珀色? ああ、自分の瞳の色なんて、気にした事なかった」


「とても綺麗な・・・、私のお母様と同じ瞳の色」 


「そういえばお前、母親が・・・」


「うん、病気で・・・ね。私、小さかったからお母様の事って覚えている事少ないの。

でも、お母様がしてくれたお話は今でもよく覚えている。 私の知らない、外の世界の胸が躍るようなお話の数々 」


「だからお前、旅に・・・」


「もちろんそれだけじゃないのよ?

ほら、私って次期国王じゃない? 国王が人々の生活を知らずに人々の気持ちになれる気がしないっていうか・・・。

なんていうか、このまま王位を継ぐのが怖いの。

私はもっと知りたいのよ、外の世界の事を。

だから、一緒にまた旅をしよう!」


 アサラは、そう言いながらアルヴァの瞳をまっすぐ見つめ続けていた。

アルヴァはアサラの瞳から、まっすぐに純粋な気持ちを感じていた。


「一緒に、か・・・」


「あれ? もしかして、オジャマだった?」


 バルコニーに現れたふたり目の来訪者の存在に、アサラは驚いてアルヴァから離れ、その来訪者の方へ向く。


「リーウェン、あなたいつからそこにいたのよ」


「今来たところだよー。 メシは最高に旨かったけど、ベッドがふかふかすぎてなんか落ち着かない」


「ふふっ、わかったわ。 侍女に伝えておく」


「そんな事より、お姫様が旅の剣士と愛の逃避行をする相談が聴こえたんだけど?」


 からかうように妙な笑みを浮かべながらリーウェンはアサラとアルヴァの顔を交互に見る。


「おい、馬鹿な冗談はよせ」


「ははっ! それもいいかもね!」


 王国の姫君は笑いながらそんな事を言っているが、もしそんな事になったらアルヴァにとっては冗談では済まされない。


「俺をお尋ね者にでもするつもりか」


「安心しろ、その時は俺も付き合ってやるって! 俺はお前らが気にいったからよ!」


「よけいな事はしないでほしい!」 


 リーウェンに続く、3人目のバルコニーの来訪者はルクストだった。

仲間との談笑を護衛騎士に邪魔されたアサラは、とたんに顔をしかめる。


「まーた、うるさいのがきた・・・」


「いいかげんにして下さい、姫様!

陛下に言われた事をお忘れですか!」


「あ~!しつこいよ、ルクストは!

幼馴染だからって、一国の姫に、次期国王のこの私に、そんな意見して何様のつもりよ!」


「わ・・・私は姫様の幼馴染であると同時に姫様の護衛なのです!

姫様が危険な目にあったら、このルクスト・・・!」


「じゃあ、ルクストも一緒に行く?」


 その言葉にルクストは一瞬言葉を止めた後、再び声を荒立てる。


「う・・・。そ・・・、そういう事を言ってるんじゃありません!」


「おい、こいつ今ちょっと考えたぞ」


「あ~! もういいから、ほっといて‼」


 反抗期の娘が家族との会話を避けるように、会話を打ち切りその場を去ろうとする。


「あ・・・! ひ・・・姫様! どちらへ⁉」


「寝室に行くのよ! ついてくるな!」


 ルクストはその場で立ちすくみ、肩を落とす。

幼い頃からの付き合いである自分よりも、短い付き合いの旅の仲間と談笑している姫の姿にルクストは歯痒さを感じていた。


「姫様ぁ・・・」 


 そんなふたりの姿に、アルヴァは自分も誰かと意見が衝突した過去があるような気がした。

いや、そうではない。

あるのだ。

あのザスディーンと名乗る剣士と戦った記憶。

アルヴァは過去に、誰かを裏切っている。


「なあ、リーウェン」


「ん、どうした?」


「王様に逆らうのって、やっぱりお姫様でもよくない事だよな」


「まあ、そりゃそうだろうな。

でも、それはそれであの次期国王様に恨まれるぞ?」


「俺・・・、なんか前に、誰かに逆らった事があるみたいなんだ・・・」


「そりゃあ、誰でもあるんじゃないか? そういう事。なあ?」


 落胆していたルクストは、リーウェンに声をかけられ舌打ちをしながら我に返る。


「知らん。 とにかく、お前らは明日になったら黙って城を出ろ。

いいか、絶対に姫様に余計な手を貸すなよ?」


「それはそれであのお姫様、またひとりで旅に出ちゃうんじゃない? そっちの方が危ないんじゃないのぉ?」


「う・・・、それは・・・」


 ふたりの姿を横目に、アルヴァはまた夜空に視線を戻していた。


「大変なんだよな、誰かに仕えるってのは・・・」

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