第十二節:前王者と仲良くなる青年
「いやー、結局最後も良いところ取られちまったな。
おっと。改めまして、リーウェンだ。見事な戦いだったぜ、新チャンピオン。」
「アルヴァだ。お前もやるな、元チャンピオン」
闘技大会が終わり、控え室に戻ったアルヴァとリーウェンは互いの健闘を称え、握手を交わしていた。
「それよりお前、妙な剣術を使うんだな。 どこで習ったんだ?」
「覚えていないんだ。 なんていうか俺、記憶をなくしていて自分の名前以外何も思い出せなかったんだけど、今日のこの大会の中、戦っている間で、何かを思い出しそうになって・・・」
「ほう・・・、それでさっきの技が出たってわけか。
頭で忘れていても、厳しい鍛錬で身に着けた技術ってのはなかなか抜けないもんだからな。
きっと良い師匠に恵まれたんだろうぜ。 まあ、大変だろうがそのうちに思い出すさっ!」
そう言ってリーウェンは笑いながらアルヴァの肩を叩く。
アルヴァにとって、なんとも親しみやすい男だった。
「バレド流剣術ってのは・・・、知ってるか?」
アルヴァは会話の中で、そんな事を聞いてみる。
先ほどの剣技の中で思い出したその剣術の名。
どこで、誰に教わったのかは思い出せない。
だが、それは間違いなくアルヴァが思い出した自身が扱う剣術の名だった。
「あ、お前が使っていた剣術か?
俺も古今東西、あらゆる武術を見てきたつもりだがバレド流なんてものは聞いた事がないな」
そう言って、リーウェンはかしげた。
「そうか・・・」
リーウェンは若くとも、この闘技大会を2大会連続で優勝しているほどの猛者だ。
そんな彼が、知らないという事はどこかの辺境で編み出された剣術なのだろうか。
「だめよアルヴァ、やっぱりあなたの剣術を知っている人見つからなかったわ」
そう言って、疲れた様子でアサラが部屋に入ってきた。
『バレド流剣術』の名を思い出したアルヴァは彼女に、闘技大会を観戦していた人物の中からその流派を知りそうな人物を探してもらっていた。
「じゃあ、賞金の山分けはなしだな」
「なによそれぇ! いいじゃない、一緒に旅をしている仲でしょ!」
「安心しろ、ねえちゃん。あんた達ふたり、今日は俺の賞金でおごってやる。
このハールイスの名物をたらふく食わしてやるからな」
「おお、さすが元チャンピオン! 気前が良いわね!」
「うん。店では名前で呼んでくれよな」
ようやく思い出した手がかりのひとつ、剣術の流派の名を思い出しても誰もその流派を知らない。
アルヴァの使った剣技は、風を斬った。
そんな事ができるほどの剣術ならば、たとえ辺境で編み出された流派だとしてもそれなりの知名度があっても不思議ではない。
にも関わらず、多くの使い手やそれを知る人物達が集まる闘技大会の会場においても『バレド流剣術』を知る者はいない。
これはいったいどういう事なのだろうかと、アルヴァは頭を悩ませていた。
「姫様‼」
アルヴァの思考を止める扉を壊しそうな勢いで音を立て、ひとりの男が部屋へ入ってきた。
息を荒げながら現れたその男は、鎧に身をつつみ槍を背負った若い騎士だった。
「げっ! なんで、ここに!」
「ようやく・・・、見つけましたよ!」
その騎士は、アサラの姿を確認するとじりじりと距離を詰めていった。
リーウェンがすかさず、その間に入る。
「おいおい、なんだよあんた。その恰好、あんたフルシーラの騎士様だろ? なんか用か?」
「なんだ、貴様は?」
「なんだはないだろ、このハールイスで一番有名な俺に」
そう言って得意気な表情を見せるリーウェンに対し、騎士はしかめっ面を返す。
「貴様など知らん」
「リーウェンだよ、リーウェン! なんだっていうんだ、お前は⁉ 大会では見てない顔みたいだけど?」
「リーウェン? ああ、貴様か。今日の大会で魔物に負けたという元チャンピオンは」
「なにぃ⁉」
鼻で笑う騎士の態度に、リーウェンは腹を立てた様子で騎士との距離を詰める。
「私はこの近くの森に巣食う魔物討伐の任を受け、その帰りにここへ寄っただけだ。
くだらん見世物の闘技大会など興味はない」
「そうか。大会で戦ったフルシーラの兵士はあんまり手ごたえなかったからな。
てっきり恥をかきたくなくて、参加してないのかと思ったよ」
「なに?」
「おい、リーウェン」
空気が悪くなってきた両者が何かを起こす前に、アルヴァは仲裁に入ろうとしたがすでに遅かった。
「はっ!」
騎士は背負った槍を一瞬で抜き、リーウェンへ向かって薙ぎ払いを見せる。
寸前のところでリーウェンは持ち前の身体能力を活かした跳躍でそれを躱す。
柄の先で当てようとしてはいたようだが、騎士のそれは挑発にしては少々やりすぎだった。
「なにしやがる、こいつっ!」
距離をとったリーウェンはそこから飛び込むように、騎士の顔面に対して蹴りを放つ。
凄まじい速度で放たれたその蹴りの軌道を見切った騎士はそれを槍で受け止める。
アルヴァとリーウェンは、その騎士が相当な手練れである事を感じた。
「ほう、見世物の武芸にしてはなかなかやるではないか。
ならば、見せてやろう! フルシーラ騎士、このルクストの槍さばきをっ!」
そう言ってルクストと名乗った騎士は構えを取る。
それに対して、リーウェンも構えを取るが、止められそうにない両者の戦いに堂々と割って入る者がいた。
「我が魔力よ、水となれ」
アサラが軽くそう唱えると、桶の中身をひっくり返したような水が騎士の頭の上から降り注ぐ。
騎士はずぶ濡れとなり、文字通り頭を冷やされた彼は構えをやめた。
「ぶはっ! な、何をするんですか姫様!」
「うるさいっ! 関係のない人に迷惑をかけるなっていつも言っているでしょ!」
両手を腰に置いて機嫌を悪そうにしたアサラがそう言いながら、騎士に近づく。
どうやらアサラは騎士と知り合いのようだが、アルヴァとしてはそのふたりの会話の内容が気になっていた。
「今なんて言った? 姫様?」
「ああ、言ったな」
リーウェンも首をかしげていた。
なぜ、この騎士はアサラを『姫様』と呼んでいるのだろうか。
「だいたい! なんであんた、こんなところにいるのよ、ルクスト!」
「いえ、この町に立ち寄ったところ、闘技大会に参加していた兵士と会い、
その兵士より姫様に似た女性を見かけたと聞きまして・・・」
「あっちゃー・・・、だから大会出場は我慢したってのに・・・!」
「おい、お前の連れのねえちゃんってお姫様なのか?」
頭を抱えているアサラを不思議そうに眺めながらリーウェンはアルヴァに対して問いかけてきた。
「そんな話は聞いていないけど」
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