第十節:風を斬る青年
「この激戦の中、ついに今年のチャンピオンを決める時がやってきました‼
第六十四回ハールイス闘技大会、決勝戦‼ 今回、決勝に残った二人は両者ともに初出場にして両者ともに剣士!
旅の剣士、アルヴァ‼ そして無敵のチャンピオンリーウェンを破った鉄仮面の剣士、ジャソール‼
このふたりの強さについては、今日ここにいる皆様には、もはや説明不要!」
日が沈み始め、
今日一日声を出し続けている彼を含めて大会を盛り上げた人々を称えるように会場内が拍手で包まれる。
舞台の上ではこれから始まる闘技大会の決勝戦を戦うアルヴァと、ジャソールと呼ばれた仮面の剣士が向き合っていた。
「さあ、いよいよ決勝戦の始まりだ! 両者準備は万全か⁉
観客の皆様、待ってくれと言ってもこのふたりの戦いはもう止められないぞ!」
レディ・・・、ファイト‼」
試合が始まると同時に、ジャソールは甲冑に身を包んでいるとは思えない速度で剣をアルヴァに向けて叩き込んでくる。
ジャソールの剣とアルヴァの刀が激しい打ち合いを繰り返し、やがてジャソールの剣の動きを読んだアルヴァはその剣を刀で受け流して仮面に一撃を与えようとするが、ジャソールは受け流されたはずの剣でアルヴァの刀を受け止める。
「フゥー・・・」
鍔迫り合いとなり、ジャソールは獣のように唸る。
「アァーッ‼」
吠えたジャソールは、蛇のような動きをした腕でアルヴァの首を狙って連撃を放つ。
一撃、二撃と続いた剣を刀で受け流したアルヴァは、続く三撃目の伸びる突きを素早く距離を取って躱す。
「オマエ、ニンゲンデハ、ナイノカ・・・?」
自らの攻撃を軽々と防ぐアルヴァに対して、ジャソールはそんな事を口にした。
大会中に彼がまともに言葉を発したのは、これが初めてだ。
「は? なにを言っているんだ? それはお前の方だろ? 妙に動きが柔らかすぎないか?
それに、腕の長さが変わるように見えるのは俺の見間違いか?」
「チガウノカ? ナラ、オマエハ、イラナイ。オマエヲ、コロシテ、オレハ、ブクンヲ、アゲル!」
「武勲?」
やけに舌足らずで低い声を上げるジャソールの言葉にアルヴァは妙な違和感を抱く。
アルヴァは、ジャソールの剣から殺意を感じていた。
まるで、この闘技大会決勝戦という大舞台で最初から人を殺すつもりでいたかのように。
彼がどこかの衛士や騎士なら、この闘技大会で人を殺してしまえばそれは武勲にはなりえない。
ならば、彼の言う武勲とはなんの事だろうか。
「ガアァーッ‼」
猛獣のような声をあげて、まさに獲物の首に喰らいつく猛獣のようにその身体を浮かせてジャソールはアルヴァへと襲いかかる。
アルヴァは消えるように素早くジャソールの背後へ回ると、その背後に重い一撃を放った。
「グウッ!」
呻き声をあげたジャソールの身体はそのまま飛んでいき、舞台の下へと落ちた。
「どうでもいいけど、余裕こきすぎじゃないか? さっきの奴はわざとお前の動きに付き合っていたみたいだけど」
ジャソールの剣には多くの違和感があった。
まるで、相手が最初から自分より弱いものと決めつけているような。
自分の強さに自信があるというより、すべての対戦相手を見下しているような戦い。
そこから生じる隙を突く事は、アルヴァにとっては容易い事だった。
「場外! 場外です! 決まったーっ‼ 勝者アルヴァ‼
第六十四回ハールイス闘技大会の優勝を今! 旅の剣士アルヴァが勝ち取ったーっ‼」
大会進行者の声の宣言によって、会場は今日一番の歓声に包まれる。
だがその時、舞台の下に落ちたジャソールの身体に変化が起きた。
甲冑に包まれたその中身が膨れ上がり、ついには甲冑を音を立てて破り姿を現したそれは空を舞い舞台の上へ、アルヴァの前へと戻ってきた。
その様子を見た観客達が一斉に歓声を止める。
「こいつは・・・!」
「グアーッ!」
低く不気味な雄叫びをあげて、ジャソールは甲冑の中の姿を現した。
仮面と甲冑で素性を隠していたその正体は人間ではなく、生物の姿すらしていなかった。
「なんと! ジャソール、甲冑を破りその中から現したその正体は、魔物だーっ‼
しかも、その姿は全身黒ずくめ、脚はなく、まるで霧のような・・・。
これはいわゆるエレメントモンスターと称される魔物です!
こ・・・、これは大会始まって以来のサプライズだ~‼」
会場がざわめく中で、大会進行者の声が再び響き、ジャソールと名乗っていた魔物がアルヴァへと襲いかかる。
戦いは思わぬ形で続行される事となった。
「ウガァーッ‼」
「ちっ・・・!」
空中から覆いかぶさるように体当たりを繰り出す敵の攻撃をアルヴァは躱すが、敵の攻撃は止まらない。
「ていあーっ‼」
その時、追撃してくる魔物とアルヴァの間にひとりの男が拳を振りながら割って入る。
男の突然の出現に、魔物は追撃を止めて再度アルヴァとの距離をとった。
「オマエ・・・、ジャマヲスルナ・・・!」
それは、準決勝戦で魔物に敗れたリーウェンだった。
まだ治療の途中だったのか身体には包帯を巻いているが、まるでそんなものはないかのように戦いの続きでもしに来たのか魔物に向かって構えをとる。
「おいおい、もう勝負は着いたんだぜ。 リベンジは来年にとっておこうって思っていたんだけどな、お前が魔物でルール無用なら、ここでやっても文句はねえよなぁ‼」
「おーっと! リーウェン、ここで戦いに乱入! アルヴァとリーウェン、
チャンピオンタッグによる魔物討伐エキシビションマッチの始まりだーっ‼」
闘技大会の英雄の乱入により、会場のざわめきは再び歓声へと戻る。
一瞬でこの事態の空気を変えてしまったその男にアルヴァは声をかける。
「おい」
「あ、悪いな。 手助けとか気を悪くするタイプ?」
「いや、それはいい。 それより、見世物になってるぞ」
「いいんじゃないの?
この闘技大会で勝ち上がってきた俺達がお客さんの前で魔物に遅れをとったら、恰好なんてつかないだろ!
たぁーっ‼」
そう言って、豪快な蹴りを魔物の身体に喰らわせるリーウェンだったが、その攻撃は魔物が持つ霧のような身体の一部を吹き飛ばす。
「グ・・・フフフ・・・」
だが、魔物は不気味な笑い声をあげる。
その霧の身体は、あっさりと元の形に戻っていた。
「あれ、あんまり効いていない?」
「エレメントモンスターは実体を持たないモンスターだ。 斬っても殴っても、ろくに効かねえよ」
「なるほど。まともに戦うなら、魔法使いとかじゃないとダメってか。
さっきまでの甲冑と剣はただ操っていただけってわけだな。どうりであんなグネグネした動きしてたわけだ。
それより、お前。 ずいぶんと詳しいじゃねえか」
リーウェンのその言葉にアルヴァは我に返る。
アルヴァは、自然とそのモンスターの特徴を口に出していた。
たしかに、そうだ。
なぜ、こんな事を知っているのだろう。
少なくともこんなのと戦った記憶なんて、アルヴァにはない。
それとも、アルヴァには記憶を失う以前にも、このような魔物と戦い、
あるいは、その剣で倒した事があるのだろうか?
「オラオラオラオラオラァ‼」
『効かない』という言葉をまるで聴いていなかったかのように、リーウェンは拳の連打を魔物の身体へと放つ。
その拳は魔物の霧の身体を貫くが、魔物の身体はあっさりと元の形にまた戻る。
だが、再生するその身体にリーウェンは拳を打ち込み続け、それによって魔物の動きは止められていた。
「グゥ・・・、ウットオシイ・・・」
「お、まったく効いていないってわけじゃなさそうだな」
「グハァーッ‼」
次の攻撃を繰り出そうとするリーウェンに対して、魔物はその口から吐き出した赤い霧をリーウェンに吹きかけて動きを止める。
「うわ、なんだこの霧! なんかピリピリする!」
リーウェンの攻撃を止めた魔物は、その攻撃が届かない空中に身体を浮かせてアルヴァ達を見下ろす。
「ツヨイニンゲンノ、オマエタチヲ、タオセバ、キット、モウスグクル、マオウサマノ、ハイカニナレル・・・」
「魔王様? 何言ってるんだ、こいつ? 人の言葉がわかる魔物ってのはそんなおとぎ話を信じてるのか?
そうだ、お前! 魔法とか使えないのか?」
「いや、使えない」
敵の身体は実体を持たない為、打撃などでは有効な傷を負わせる事ができない。
さらには空中に浮く為に、距離も取られやすい。
そうなれば、魔法による攻撃が一番の有効手段ではある。
だが、アルヴァは魔法を使えない。
厳密には、記憶を失っていて使い方がよくわからない。
「よし、わかった! なら、俺の風を切るような拳で何発も殴って仕留めてやろう!
ていやーっ‼」
どうやら、リーウェンも同じように魔法が使えないようで、再び格闘術による攻撃を魔物へ繰り出す。
その時、アルヴァはそんなリーウェンの姿よりも、今リーウェンが発した言葉から何かを思い出しそうになった。
「風を・・・、切る・・・?」
風を切るような攻撃。
いや、むしろその言葉通り、アルヴァの刀で風を斬る事ができたらどうだろうか。
それは、あの霧の魔物にも通用する攻撃手段なのではないのだろうか。
「たぁーっ‼ とぉーっ!」
身体を浮かしてリーウェンから距離を取っていた魔物だったが、リーウェンはその跳躍力を活かして魔物の身体に打撃を入れる。
すぐに再生する魔物だったが、繰り返される攻撃に再度動きを止められていた。
「ググググゥ・・・! オマエハ、アトマワシダァ‼」
「あ、おい! そっち行ったぞ! なに、突っ立ってるんだ⁉」
魔物がリーウェンを避けて、アルヴァに接近してくる。
「風を・・・、斬る・・・。 風を・・・」
敵が近づいてくる。
斬っても、有効な傷は与えられない。
だが、アルヴァには今、あの霧の魔物を斬れるような気がした。
いや違う。
アルヴァには、あの魔物を斬る手段がその身体に染みついていた。
「グアーッ‼」
「危ない!」
魔物が雄叫びをあげてアルヴァへと迫ってくる。
リーウェンは止めに入ろうとするが間に合わない。
「はぁーっ‼」
アルヴァは、迫りくる魔物にまっすぐと向き合う。
構えたその刀で空を斬り、素振りと呼ぶには鋭すぎる一振りを放つ。
その剣先からは、鋭い音と共に形を持たないものが矢のように放たれた。
「ガァッ⁉ ア・・・アァ・・・!」
魔物の身体に直撃したそれは、アルヴァの刀から放たれた一撃。
風の刃となって矢のように飛んだそれは、魔物の霧の身体を真っ二つにした。
「オマエ・・・、マサカ・・・、ウガアアアァーッ‼」
魔物の身体は再生せず、魔物の絶叫と共に破裂音をあげてその霧の身体は飛散した。
「あーっと! アルヴァ選手の刀から放たれた風の刃が、魔物ジャソールの霧のような体を一刀両断!
勝者は! 我ら闘技場が誇るチャンピオンタッグ、アルヴァとリーウェンだーっ‼」
闘技大会の英雄達の勝利を会場すべてが歓声と共に祝福する。
鳴り止まない歓声の中で、リーウェンは間近で見たアルヴァの放つ妙技に目を丸くしていた。
「風の刃・・・? 魔法か?」
観客席で戦いを見ていたアサラもまた、アルヴァの放った技に驚いていた。
アサラはこの町に来るまでの間、何度もアルヴァと共に魔物と戦っていたがアルヴァはあのような技を使った事はない。
それに、魔法使いであるアサラにはわかっていた。
アルヴァの放ったそれが、魔法ではない事も。
そんな中で、アルヴァだけがこの技の正体に気づいていた。
記憶を失ったアルヴァ自身、これをどこで、誰から習得したのかは思い出せない。
だが、アルヴァは思い出していた。
この技が、長年の鍛錬によって身に着けた自身の技である事を。
この技を幾度もの戦いの中で使用していた事を。
アルヴァは、その技の名前を思い出した。
「バレド流剣術・・・、
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