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『もー、意見がまとまらなさ過ぎて最悪だったの!』
「あはは、それは災難だったね」
友人である佐都子さとこから電話がかかってきたのは、透花がお風呂から上がって髪を乾かし終わるころだった。電話口からでも分かるほど怒り心頭のようだ。透花は冷蔵庫から水のペットボトルを取り出して、2階にある自室へ。
『それに先輩もいなかったし』
「先輩?」
『そそ。その先輩目当てに委員会入った女子がちらほらいて、今日出席してないと知るや否やよ。表立って人気ってわけじゃないけど、水面下で人気あるの』
「さすが共学。バチバチしてるわ」
『当ったり前よ。こちとら血気盛んな青少年少女やってんの。で、そっちはどう?』
「まあ、あんまり変わんないよ。学校行ってアリスの家往復の毎日かな」
作業机のPCの電源を押して、イスに腰掛ける。鞄からスケッチブックを取り出し、今日書いた下書きの一ページを抜き取った。その一ページをスキャナーで下書きをスキャンし、PCにデータを取り込む。
『ほーん? 纏から聞いた話となーんか違うな』
「……纏くんから?」
『なんか急にやる気になった、連日連夜まで作業してるって。どうしたの? 急にスイッチが入った理由は?』
どきりと透花の心臓が跳ねた。今まさに透花の手にペンが握られていることもお見通しなのか、と疑わざるおえない鋭い突っ込みだ。
素直にその理由を答えてもよかったはずだ。しかし、透花の口からあの曲のことを言うのはどうしてか憚られた。心の奥底では誰かにあの曲を教えたくないと思っていたのだ。
「んー、まあ、なんとなくだよ」
『なんとなく? 透花がぁ?』
「……あーまって、なんかメッセ来たみたい!」
誤魔化すには絶妙なタイミングで透花のスマホにメッセージが入る。スマホのロック画面に見慣れないアカウントからメッセージが一件入っていた。どうやらDMで送られたものらしい。スパムか何かだろうか、と思いながらその表示をタップし、メッセージを読む。
「あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
『へっ、な何!?』
透花の大絶叫は、いまだ通話をつないだままの佐都子に大打撃を与えた。が、透花にとってはそのメッセージの方が重要だった。
───未読メッセージが一件あります。───
『あの絵は、俺の曲ですか?』
あの絵とは、透花の思い浮かべている通りなら、あの曲を描いたイラストのことだろうか? それを俺の曲、というのなら。このメッセージを送ってきたのはまさしくあの曲を作った本人ということだ。……見つけてくれたんだ、この人は。私の絵を見つけてくれた。
透花は胸がいっぱいになって、頭の中が混乱していく。酸素が足りない。電話口から自分を呼ぶ声すら遠のいて聞こえるくらいだ。
『……とーか? おーい、透花? 大丈夫?』
「ご、ごめん、佐都子! もう寝るから切るね!」
『へっ? せめて状況の説明を、』
透花は通話終了ボタンを押し、無理やり通話を打ち切った。しんと静まり返った部屋で大きく息を吐きながら天井を見上げる。早鐘を打っていた心臓が落ち着きを取り戻し始めていた。透花はスマホに向き合い、文字を打つ。指先がほんの少し震えた。そうしてたった一言あの人にメッセージを送った。
メッセージが送信されたのを確認して、机の上にスマホを置く。無意識に緊張で力が入っていたのか、頭を使いすぎたのか、急に瞼が重くなるのを感じた。机に突っ伏して、夢の淵を微睡むうち透花の意識はだんだんと沈んでいった。
メッセージの着信音が再び鳴り響いたのにも気が付かずに。
*
紙吹雪が舞っている。
息を吹き込まれるはずだった物語たちは切り裂かれ、黒く塗りつぶされ、無残に床に落下していった。───まるで地獄だ。耳を塞ぎたくなるような咆哮が鼓膜を突き刺す。
二本の足がその無残に散った物語の死体の上で立ち尽くしている。真っ黒な水溜まりが裸足に滲んでいく。足から徐々に視線が上がっていくほど、胸を激しく打ち付けるような鼓動が身体を支配する。
「なあ」
息が苦しい。酸素が奪われていく。暗闇より深い奥底を映したような二つの眼がこちらをじっと見つめていいる。それは、呪いの言葉だ。一生染みついてとれない呪いの言葉。
「お前は俺に───死ねっていうのか?」
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