愛猫は今日も冷蔵庫の上で寝る
文虫
第1話
はじめまして、私の名前はきなこと言います。
とある人間の家で暮らしているメス猫です。
私を養ってくれている人間は男と女の二人います。
男は私をきなこと呼んで、女は私を猫と呼びます。
私の両親は野良猫で、今どうしているのかは分かりません。
何年か前の冬に親とはぐれて、彷徨って、凍えているところを男に助けられて、それからずっとこの家で過ごしています。
決して大きな家ではありませんが、不自由なく暮らせています。
未だに怖くて外には出れていません。
男がいない時間も多いので少し退屈に感じる時はあります。
そんな生活で私は食べることとと寝ることがとても好きです。
男がお皿に入れてくれるカリカリとした食感の食べ物はすごく美味しくて、毎日食べるのがとても楽しみです。
それにパリパリとしたお菓子のような食べ物も、ドロっとしたツナのような食べ物もあり、どれも本当に美味しいです。
男は満面の笑みで頭を撫でながらお皿に食べ物を入れてくれるのですが、女はねだってもご飯を与えてくれないので、男が家に帰ってくるまでお腹がペコペコで寝るに寝れないのがちょっとした悩みです。
子供の頃から一緒に暮らしている男とは違い、女は短い付き合いなので仕方ないことなのでしょうか。
男がお皿に食べ物を入れる時間はとても幸せで、ついよだれが垂れてしまうほどです。
私がいつも冷蔵庫という大きな箱の上で寝ています。
冷蔵庫の上は平らで暖かくて、とても寝心地が良いのでお気に入りです。
男が冷蔵庫を開ける時に毎回、可愛いと撫でてくれるのも気に入っている理由の一つです。
それでも夜は寒いので、男の寝ているところに行って男のそばで寝ます。
暗くて寂しいという気持ちもあるのかもしれません。
私は女があまり好きではありません。
一日中一緒にいるのに見えていないかのように振る舞い、私を無視します。
それに、家を出ていったかと思えば知らない人の臭いをまとって帰ってくることもあり、その臭いの元を家に入れさせることも珍しいことではなかったです。
私はそういう時、冷蔵庫の上で息を潜めていました。
私のことを可愛がってくれる男のことが大好きです。
休みの日には私が寂しくならないように一緒にいてくれます。
パソコンを触っている男の足の上に乗って寝る時間は幸せな時間です。
男はたまにお風呂に入れてくれます。
お風呂は気持ちよくて、サッパリするので好きです。
外で彷徨っていた時に降ってきた雨に比べて、とても暖かくて優しく感じるので怖さよりも安心感を覚えます。
私は男が大好きでした。
ある休みの日に男が珍しく朝早くに出掛けた時、女が家にいない中で、男は忙しなく、家の中をずっといじっていました。
私に構う暇もなかったようなので、私は仕方なく平日のように冷蔵庫の上で寝ていました。
それからしばらく経ったある日、男がこれまで見たことがないくらいすごい剣幕で女に怒鳴っていました。
女も負けじと怒鳴り声をあげ、今にも手が出そうなほど激しい喧嘩でした。
私は怖くて冷蔵庫の上で縮こまっていたと思います。
男が何に関して怒っていたのか正確なことは分かりませんが、女がよく連れ込んでいた別の男のことか、もしくは日頃の女の私に対する態度に怒ってくれたのだとしたらちょっと嬉しいなって思ったりします。
しばらく言い合ったあと、女は家を出ていきました。
私は困惑しました。
いつも明るい男が部屋の隅っこで下を向いてうずくまってしまったからです。
私はお腹が空いたので、男に歩み寄ってねだったところ、唐突に抱き抱えられました。
男は泣いていました。
抱きしめられるのは悪い気分ではなかったですが、男の涙はあの日を思い出させるほどに冷たいものでした。
数日後に女が家に帰ってきて、たくさんの荷物を持ってでていき、それから女は二度と帰ってきませんでした。
私に冷たくする女がいなくなるのは私は嬉しかったのですが、その日を境にどんどん男から生気が失われていきました。
ツナのような食べ物がでなくなったのはこの頃だったように思います。
男は次第に家でパソコンを触る時間が長くなり、外に出なくなりました。
部屋にこもりっきりでしたが、たまに出てきては頭を掻きむしって床に伏して涙を流していました。
パリパリとしたお菓子のような食べ物がでなくなったのはこの頃です。
女が出ていって一年が経ったくらい、男は完全に外にでなくなりました。
頬は痩けてパソコンを触ってはフラフラと幽霊のように家の中を歩き回るようになり、抱きしめられた時に以前のような暖かさを感じません。
男はお風呂に入れてくれなくなり、お風呂に入らなくなりました。
ある朝に男はパソコンを見て、突然狂ったように泣き叫びはじめました。
この日、私はお腹が空いたと男にねだったのですが、イライラしていたのか怒鳴られてしまいました。
とても怖かったので私は冷蔵庫の上に逃げました。
その後男に必死に謝られて、ご飯をいつもよりたくさんくれました。
しかしその日を境にご飯の量が減っていきました。
一回の量がだんだんと減っていき、それから食事の回数が減っていきました。
当然お腹が空いて男にねだるのですが、男は泣きながら私を抱きしめるのです。
ごめんなぁ、ごめんなぁと泣くのです。
それからしばらくした後、電気がつかなくなりました。
部屋の中を照らすのは、外からの明かりと男が使うパソコンの光だけになっていました。
ついに食べ物が出なくなってしまいました。
私の容貌も男と似たようなものになっているとと思います。
どれだけ鳴いても水しかくれないのでもう鳴くこともありません。
本当に久しぶりに男が外に出ていきました。
男は部屋に戻った途端靴も脱がずに玄関で倒れ込んでしまい、びっくりしたのです。
どうやら私の食べ物を買ってきたようです。
数日ぶりの食べ物と綺麗な水は今まで食べたもののなかで一番と言えるほど美味しかったです。
その日はパソコンをいじる男の足の上でゆっくりと過ごしました。
男は保護施設を調べていたようです。
しかしひとしきり調べたあと、別の作業に取り掛かっていました。
とても幸せで、私の大好きな男が戻ってきたと思いました。
男は次の日も早くに家をでていきました。
昨日買ってきた紐のようなものも持っていました。
出ていく時に男は冷蔵庫の上で寝る私を優しく撫でてくれました。
ボソッと呟いたごめんという言葉が少し引っかかりました。
男は窓を猫一匹分だけ開けて出ていきました。
そんなことしたら寒いじゃないですか。
早く帰ってきて下さいね。
男がもう帰ってこないことをまだ私は知りません。
私は一体どうなってしまうのでしょうか。
暖かいはずが無い冷蔵庫の上で今日も寝るのです。
愛猫は今日も冷蔵庫の上で寝る 文虫 @sannashi
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