布団の中の世界

文虫

第1話

 時計の針が11時を示してから数分後、私は枕に未だ湿り気を帯びた頭を下ろしていた。

 昨日寝るのが遅くなって電車内や授業中でも睡魔に襲われて一日何にも集中出来なかった。


 その反省を活かして今日は早めに寝床についたのだ。


 いつも通り目覚ましを準備して、掛け布団を被らず上に寝転んだ。

だが何故か私は掛け布団の上では寝れない体質らしく、眠れない。

ごろごろと転がって体勢を変えてみるが、眠れない。


 仕方ない、動こう。


 掛け布団を掴んだ瞬間、ある考えが頭をよぎる。

ん?明日体育あったっけ、あったな、あったわ。


 心の中でため息をつく。

このまま寝ても明日の朝見つければいいだけ、そんな考えが頭をよぎるが、私はやらなきゃいけないことは先にやっておきたいタイプなのだ。


 はあ

 今度は現実でため息をついて起き上がる。

座った状態で一度めをつぶってみたら、気のせいかもしれないが、なんだか今なら寝れそうな気がした。


 体操服を見つけてさっさと戻ろう。

ベランダで上下並べて干してあるのを見つけたため、探し出すのには苦労はしなかった。

探している最中は、今日アプリで見た読み切り作品のことを思い出していた。


 いつも連載作品ばかりで特に読み切りは手をつけないのだが、今日はなんだか気になって読んでみたところ、非常に面白かったのだ。


 いわゆる異世界転移を題材とした作品だ。

現実世界と違って、自分で好き勝手世界を作ることのできる異世界作品を綺麗に読み切りに落とし込めていた良作だった。


 よくアニメや漫画は所詮妄想の産物だとか茶化す人がいるが、貴方みたいな人がいるから現実世界は面白くないのだと言いたくなる。


 ふぅ。

ため息をつく。


 すぐにネガティブな方向に思考が働いてしまうのは私の悪い癖だ。知識を得るというのはいいことのように思えるが、ものによっては悪いものになる。

何も考えずにアニメを楽しんでいたあの頃に戻りたい…。


 余計な考えを息と一緒に吐き出したあと、すぐに思考を元に戻す。


 それにしても読み切りの女の子は可愛かった。

儚げで現実感の無い、精霊のような女の子、常に落ち着いていてお淑やかに笑うのだ。

惚れちゃう。


 どんな種類の創作も、最も重要なのは、キャラクターの魅力値だと言える。

世界観が崩壊してて、シナリオが終わってたとしても、キャラさえ良ければなんとなしに見れるものだ。


 そういった点から言っても、限られた尺のなかで、キャラクターの魅力を出しつつストーリーを進める読み切りを書くのは非常に難しいものに思える。


 やはり私には早いのだろうか。


 気がつけば体操服を腕にかけて放心していた。

しまった、傍から見たらヤバい人だ、さっさと中に入ろう。


 部屋に戻り、体操服をベッドの傍に置く。

こんなことをしていると明日起きた時に忘れて後悔してしまいそうだが、今は寝転びたい欲求にかられている。


 さっきの反省を活かしてちゃんと掛け布団の中に入る。

ベランダで放心してしまっていたため、さっきまで寝ていた布団がとても暖かい。

私はおもむろに右向きに寝転んだ。


 私は何故か仰向けでしか寝れない体質らしく、この状況で右向きに寝るというのは、無意識的に私自身が眠ることを拒否しているのかもしれない。


 自身の行動を頭の中で小説の地の文で記し、さらに無意識的にという言葉を入れてしまう自分がなんだか恥ずかしい。


 先程まで上に寝転がっていた掛け布団に顔を埋めて悶える。


 創作をしてみたいという気持ちはあるが、絵も漫画も上手くない私には小説の道が1番近いと思えた。

しかしいざ書こうと思ったら全く書けない、文章力とかそういう話ではない程、書けない。

ということで普段から地の文の練習をしているのだ。


 まあそんなことで上手くなったら苦労はしない。


 はあ。

ため息をつく。


 そういえばさっきのベランダのもそうだが、こうやって地の文を考えてる間、周りからどう見られているのだろう。

やはり変な人に見えるのだろうか。


 1度我に返った時に視線の先が女子に向いていることに気づいて冷や汗が止まらなくなったことがある。

あの時から色々気をつけるようになった。


 思い返せば、中学時代に比べて高校では随分女子との会話が減ったように思う。

もう少しコミュニケーションをとっても良かったと後悔している。

言い訳のように聞こえるかもしれないが、中学で勉強しなさ過ぎて焦って勉強していたら、いつの間にか人との話し方というものを忘れていたのだ。

そのおかげで今の高い成績があるのだ、そう思うことにする。

大学では人脈が大事だと聞くし、頑張ってコミュニケーションを図ろうではないか、うん。


 期待していた訳では無いが、アニメのキャラクターのよう女の子はまあいないものだ。

髪の色とか、見た目の話をしているのではない、中身の話をしている。


 男女共に最近の若者というのはどこか諦めが早い、もしくは一生懸命という理念を嫌う。

何かに対して実直に進むことのできる人物は性別関係なく魅力的なものではないだろうか。


 絵を諦め、漫画を諦め、小説に逃げ、いざ始めると全く書けずに落胆している阿呆の言葉だと思うと笑えてくる。


 はあああ。

一際大きなため息をつく。


 2つ目の人格でもあるのかと思えてくる程辛辣なことを言う自分自身に頭を抱える。

自分自身だからこそ、図星だということがよく分かるのだ。


 ある意味自覚できるだけマシなのかもしれない。

せめてもの擁護を3つ目の人格と思しき自分自身が言ってくれる。


 ありがとう自分、ここで私は大人にならないといけないのだ。

そうだ、都合の悪いことは気づかないフリをしよう。


 自分にとって良いことには気づき、悪いことには気づかないフリができるのが大人というものだ。

そういう人間に、私はなりたい。


 しかし私は将来何になるのだろうか。

未来の話をすると鬼が笑うと言うが、未来のことを想像している時ほど憂鬱な時はない。


 少し先のことを考えるだけで定期テストが何回か、その次に大学受験、大学生活に就職活動、もう何になるかというより以前から考えるだけで面倒くさくて鬱病になりそうだ。

いや、鬱病は頑張りすぎてなる精神病らしいから正確ではないな。


 あーあ。

ため息混じりにゴロリと仰向けになる。


 当然目の前に広がっているのは青い掛け布団だけだ。

呼吸確保のために空けている隙間から流れてくる空気が綺麗で美味しい。

気が遠くなる未来の話は、気高い志を持たない私には頭が痛い。


 はあ。

また1つため息をついて、目を閉じる。


 もう少し人生を楽しめたらいいのに


 目を開ける。


 よし、面倒なことからは目を逸らして、アニメのことでも考えよう。


 読み切りは最終的に主人公がヒロインを助けて終わるストーリーだった。

どんな形であれ女の子を助けるというのは世界中の男子の夢であろう。

車に撥ねられそうな女の子を、買い物袋からりんごを落とした女の子を、悪漢に襲われそうになっている女の子を、様々なシチュエーションで女の子を助けるクールな自分を妄想する。


 ただしよほどでなければ実際には出来ない、創作はそういった夢を見せてくれる。


 考えていて虚しくならないのか、実際に出来ないと決めつけているから、私はいつまでも妄想止まりなのだ。


 あー聞こえない聞こえない。


 掛け布団の中にくるまって固まった身体を伸ばしてほぐす。


 ん?


 足先に違和感を感じる。

布団を持ち上げ足元を見ると、猫がいた。


 どしたお湯。


 お湯。

猫の割に滅茶苦茶お風呂がすきなこと、寝る時に液体のようにだらけることが由来だ。


 確実に先に寝ていたのは私の方なのに、覗いた時のあたかも私が先にいたんだからどけよと言わんばかりの視線は、お湯の元野良としてのプライドのようなものなのだろうか。


 わけのわからないことを考えているうちに、お湯はなんと私の足を枕にして寝ていた。


 超可愛い。

その一言に尽きる。

猫が世界一可愛い生物だということを差し置いても、お湯の可愛さは宇宙一だと言える。


 飼い主は皆総じてそう言うものだとよく言うが、お湯は本当に宇宙一可愛いと思う。


 普段は嫌われてるのかと勘違いしてしまうほどの冷ややかな態度のお湯だが、寝ぼけている時の甘えてくる感じの可愛さといったらそれこそビッグバンが起きてもおかしくないくらいだ。


 あー足から、足から可愛さが伝ってくる。

可愛さに侵食される。

自分が若干の猫アレルギーであること、あとで痒くなって後悔すること、それらを踏まえても可愛さが勝つ。


 ところであなたが、可愛い、猫、この2つの言葉から連想するものはなんだろうか、ちなみに私は猫耳少女です。


 猫耳に限らず、犬やうさぎなどの獣人と呼ばれるジャンルを確立した天才は、ノーベル平和賞を貰うべきだと思う。

しかし、あくまで個人的な意見だが、猫耳をつけることで可愛いジャンルが変わっているような気がするのだ。

動物的可愛さとでも言うのだろうか、どちらかと言うと猫耳をつけた少女ではなく、擬人化した猫のようなイメージになる。まあ可愛いことに変わりはないのは確かなのだが。


 いわゆるケモナーと呼ばれる人々からすればどう見えているのか、たまに気になる。

残念なことに私はそういった嗜好を持ち合わせていないため分からない。


 こういうことを考えていると性癖の世界は広んだなと思う。

聞くところによると性癖は元々人の性的嗜好を指す言葉ではないらしい、しかしここは分かりやすいように性癖と呼ばせてもらう。


 世の中の広さ、そして上には上がいるということを知るのに人の性癖ほど適した世界はないだろう。

あまり不用意に足を踏み入れると精神的ショックを受け、人間不信になるかもしれない恐ろしい世界でもある。

特殊性癖やら異常性癖やら、生まれつきのものだからあんまりそういうこと言うのは良くないけど、ケモナーが一般的な性癖に感じてしまう程の性癖も確かにあるのだ。


 そう、性癖とは宇宙なのだ。

果てしなく続く闇、しかしキラキラと輝く星空、性癖とは宇宙なのだ。



………………………宇宙ってなんだろう。


 夜の静かな布団のなかで、ふとそんなことを思う。

宇宙とはなにか、この世界とはなにか、自分とはなにか、歳に見合わない壮大なスケールの考え事は、本当に自分自身が何者であるかわからなくなってしまう。


 男女問わず思春期あたりの年頃にありがちな思考、おそらく誰でも経験はあると思う。


 ちなみに私はこういうことを考えるのが好きだ。

あまりにも果てしなさすぎて、悩み事や嫌な思考が一気に吹き飛ばされるからだ。


 私の未来なんてちっぽけで下らないことだと思い出させてくれる。

私は所詮塵以下の存在で主人公なんかじゃないと分からせてくれる。


 今日の読み切りの主人公だって、へたれで失敗だらけのどうしようもない奴だと読んでいる間ずっとイライラしていたが、最後の最後に世界を救った。

命をかけてヒロインを守った。

それはもう、主人公だ。


 自分の命をかけることなんてできないし、世界を救う使命なんて背負えない。

人間みな主人公だと、聞くことがある。そうかもしれない。


 だが、私が主人公になれるのは、この狭い布団のなかくらいなものだ。


 はっ。

ため息ではない、嘲笑だ。


 大した努力もしていないのに諦めて布団の世界に閉じこもる。

なんてしょうもない主人公なんだろうか。


 ははは。

まあいいや、もう寝よう。


 掛け布団から頭を出す。

ずっと布団のなかでこもっていたせいか、とてもスッキリして気持ちがいい。


 枕に頭を落とす。

深く深呼吸して、目を閉じる。

ああ、今なら寝れるかもしれない。


ピピピピピピピ


 そんな私の眠りを妨げたのは、目覚まし時計のアラームだった。


 嘘だろ。

時間を確認すると、壊れたわけではないことがわかる。


 そんなにこもってたのか。

仕方ない、起きよう、じゃあなお湯。


 一度お湯を撫でてから、ベッドを下りる。


 これは今日も一日中眠気に襲われる日になりそうだ。


 はーあ。

そのため息はどこか楽しそうだ。


 明日こそは早く寝ないとな。


 そう言って、私は体操服を鞄にしまった。

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