復讐の狂門19 『名誉決闘③』
ヴォルゼイオスの言葉通り先輩や同級生に襲撃されることはおろか、狙う素振りすら見ることはなかった。理由は不明だが“魔法貴族”としてのコネでも使ったのだろう。周囲の気配を読み取ってみれば偶然を装った“誰か”が後をつけているのが手に取るようにわかる。
もちろんその“誰か”に敵意はない。むしろズィクト達を守っているのだから、わざわざ威嚇して相手の気を悪くさせる必要もないだろう。
そうと気を取られているうちに、ヴォルゼイオスが辿る道を見てズィクトが内心で「まさか」と呟く。
そこには覚えがある——正確には目前を進む魔法貴族の少年と同じ
「第一決闘場か」
「ああ。本当は訓練場にするつもりだったがな……だがオマエのことは決闘という形で叩き潰したいと思ってな」
ここまでくればヴォルゼイオスの目的は火を見るより明らか。あの時、半端な終わりを迎えた訓練の続きだろう。もっとも場所を訓練場ではなくなったが。
「着いたぞ」
「……こんな一般人相手に大層なことだな」
開かれた扉の先は物音ひとつしない不自然な空間が支配していた。ただ、さほど驚きはしなかった。決闘場が無人なのもきっと“魔法貴族”とやらの力を利用した結果なのだろうから。
そんな納得を見せて、さてどうしようかと脳内に決闘回避プランを巡らせる。
彼との決闘はズィクトの望むところではない。できれば穏便に済ませるのがベストだ。
「俺との決着が目的なら気を急がせる必要もないだろう。これから嫌でもぶつかり合う機会はあるはずだ」
「それじゃあ遅い。オレには今すぐにでもオマエと
「理由?」
ズィクトの疑問を無視してヴォルゼイオスが歩き始めた。
声をかけても止まるような雰囲気ではなかったため、大人しく後に続くと次第に見たことのある後ろ姿が目に入ってきた。
「アイツは……」
レモン色の髪を耳にかけ、腰には髪と同じく黄色を基調にした魔法剣が携えられている。着用しているのは緑の制服——
無情なことにその特徴に当てはまる人物をズィクトは知っている。つい最近知ってしまった。
エクスティンを思い出しながら重く口を開く。
「ルーデウッド・バサカー」
「ん? 名乗った覚えはないけど……」
ルーデウッドは特に驚いた風でもなかった。むしろ浮き彫りになった笑みには喜色すら馴染んでいた気がした。
あの事件のあとに少年は彼の情報を独自に調べた。苦労することなくルーデウッドの情報は湧いて出てきたが——彼の評判は散々なものだ。
と、どれも不名誉な異名を授けられ、尚も奇行に走る正真正銘の奇想天外児。
「貴方はある種の有名人ですから」
「ま、そうだわな。んで? ヴォルゼイオス公、話はつけてんだろ。審判は受け持つから早く始めようぜ」
本来ならば決闘において審判を任せられるのは教授か監督生なのだが、22時を超えた今、そんなルールは無効となる。さらに言えば決闘なんてものも申し込む必要はなく無理矢理にでもズィクトを襲えば済む話なのだが、それはヴォルゼイオスのプライドが許さなかったのだ。
「わかっている。おい、ズィクト・スパーダ。今回は訓練の時とは違い、呪文も魔法剣もありだ——殺害もな」
「……受けるなんて言ってないぞ?」
ヴォルゼイオスがふんっと高慢に笑った。
「勘違いするな。
「……」
やられた——と拳を強く握りしめて決闘場に来るまでの道のりを振り返った。ずっと取り囲むように尾行してきた“誰か”の本当の役目はズィクト達の護衛ではなく、決闘を快諾させるための脅し道具だったのだ。
やりあうなら間違いなく相手は先輩だろう。それも複数人の。それを相手にこちら側はズィクトと魔法貴族の少女、そして不思議ちゃんの三人。ローズリアの実力は未知数だが、勝てる見込みは限りなく零に近いことだろう。
「まさかそんな手を使うとは思いませんでしたわ。恥を知りなさいヴォルゼイオス・ウルガータ……!」
「え〜と、ダサいよ〜……ヴォル、ヴォル——なんとか君」
「ヴォルゼイオスだアホ女!」
少女二人からの罵倒は心にくるものがある。隣でヴォルゼイオスとのやり取りを眺めていたズィクトは静かに唸り、観念したと言わんばかりに息を吐いた。
「決闘方式はなんだ?」
「名誉決闘だ」
すでに決めていたのか、その物言いに迷いはない。
名誉決闘は所謂「喧嘩」だ。例をあげるならズィクトが入学初日に行ったのも名誉決闘で、双方の意地を通すだけの最も単純な決闘となる。
ウルテイオにおいての決闘申請の合図として、ヴォルゼイオスが己の魔法書を突き出した。魔法貴族らしいと言うべきか、少々豪華な装飾の本が彼の気持ちを表すように妖しく光っている。
そうして二人は定位置に並んだ。
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