復讐の狂門20 『名誉決闘④』


「始め」


 定位置についた両者を交互に確認して、ルーデウッドが短く吐いた。


「——いくぞ!」


 掛け声と共に勢いよくズィクトの方向——前方へと飛び出したのはヴォルゼイオスだった。あの時の訓練と同じように、手には剣が握られている。

 唯一の相違点があるとしたらその剣が木剣ではなく魔法剣であることだろう。


「はあぁ!」


 力強く横に振られた剣がズィクトを襲う。彼はそれを紙一重で避けて、内心驚愕した。

 

 まさかあの時は手加減していたのか……だとすれば俺は少々魔法貴族を軽んじすぎていたのかもしれないな。


 ズィクトがそんな事を考えている間にもヴォルゼイオスの猛攻は続く。こちらも同じく抜剣して構えた。

 そして、魔法貴族として習わされた剣術でもって払われた彼の剣に意識を集中させた——その時、


風、穿てウェントゥモス・ペネテレイ!」


 懐からぴょいと取り出したワンドを片手に唱えられたのは、風の寮ヴュータ生の扱う魔法——風霊呪文だった。その呪文の通り、風を彷彿とさせる速度で対象を貫かんと迫り来る剣型の鋭い風がズィクトの頬を掠める。

 ヴォルゼイオスが呪文のコントロールを誤ったからではない。刹那的な世界でズィクトが回避を選択したためだった。


「チッ! やっぱオマエ、訓練の時は手加減してやがったな」

「やっぱ……?」


 舌打ちとともに吐き捨てられた言葉を聞いてズィクトが不審に思った。

 気づいていたのか? だがあの時ウルガータにそんな様子はなかった。

 

「オマエみたいな一般人ヤツ魔法貴族オレが本気をだすのもおかしな話だが……ズィクト・スパーダ」


 「オマエにはその価値がある」と悔しげに顔を歪めたヴォルゼイオスを視界に入れて、ほとんど反射的にズィクトが唱えた。


守護せよファンシオ!」


 片手に握られている杖の先から半透明の板が出現する。

 それを見てなお、いいだろう、とヴォルゼイオスが不敵に笑った。


 ついに魔法剣を鞘に収めながら緩慢に杖先を向けた魔法貴族の悪童が、覚悟を決めた兵士の如く猛々しい一声を放つ。

 いつの間にか魔法剣が握られていたその手には魔法書がおさまっていた。


悪風の惑星マルツ・キャネット

「——ッ!」


 ——なんの呪文だ!?

 聞いたことのない未知の呪文と第二の心臓と呼ばれる魔法書の顕現。

 これらの情報からヴォルゼイオスの放った呪文の正体は見えてきた。


 つまりそれは、


「固有呪文か……!」


 苦々しく呟きながらも今の彼にとれる行動は守護せよファンシオで耐えるのみだった。






「ん……あれは……」

「ええ。間違いありませんわ。ゼイオスは固有呪文を行使するつもりでしょう」


 観客席で腰を下ろしている二名の少女が推察する。リリィは興味深げに観察しているが、その逆にローズリアはたらりと嫌な汗が流れているのを自覚した。

 なにせ固有呪文だ。

 その者にしか行使不可能なただひとつの呪文。それすなわち相手の不意をついて戦闘を優位に進める最高の隠し球。


わたくしが見ない間に魔法書が成長したんですわね。貴方

「へぇ〜。じゃあリアちゃんってばもう固有呪文持っちゃってる感じなんだ〜?」

「否定はしませんわ」


 固有呪文は誰しもが所持しているわけではない。たったひとつ、条件があるのだ。

 それは、


「魔法書名を知ることは固有呪文獲得の絶対条件。ですが知ったところで完全に扱いきるのは難しいですわ。ゼイオスは少々根性論でことを運ぶ癖がありますし……不安ですわね」

「ふ〜ん。ま、なんとかなるって〜」

「貴女本当にマイペースですわね!?」


 魔法使いとしての適正は体に宿る魔法書の存在が証明する。はじめは皆、属性の名を冠する「火の魔法書」や「風の魔法書」なのだが——所有者の心身の成長と共に魔法書は固有の物へ姿を変える。そして固有の魔法書が固有呪文を所持者に教え伝えるのだ。


 ふと、リリィの瞳が大きく開かれた。


「おぉー! やるきだねぇ〜」

    

 まるで祭りで打ち上げられた花火を見た幼子のような無邪気さで言った少女。

 そうしてそれが合図となったように、ヴォルゼイオスが悪風の惑星マルツ・キャネットを放った。

 

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