復讐の狂門6 『魔法史学』
結局、誰ひとり言葉を発することなく、講義は始まった。
「じゃあ一年生の皆んなに質問しまーす! 魔法使いが使う杖は何種類あるでしょーか?」
小さな精霊はそう投げかけたあと、キョロキョロと辺りを見渡した。そして緊張に固まる生徒に気づいて指を向ける。
「じゃあそこの小っちゃい
「——えっ?」
エクスティンが素っ頓狂に瞳を丸めた。
「え、えっと……」
二つの寮生達からの視線が彼の発言を妨げる。後ろの席に座っていたのが仇となってしまったのだ。
いや、それだけではない。
魔法界に来たばかりの彼は未だ“常識”を知らない。それは朝食の時の「両親は非魔法人」という口述から推測できる。
ズィクトがひとり考察した。
「大丈夫? もしかしてわからなかったかな?」
「す、すいませ——っ!」途中でエクスティンが口を閉じた。
生徒たちが不審にその様を見ているとやがて自信なさげに口走る。
「さ、三種類……です」
「大正かーい! わかっているじゃない! よかったわ」
今にも消えそうな少年の体が安堵に弛緩した。そのまま苦笑いを浮かべる隣の少年へひそひそと礼を告げる。
「ありがとうございますズィクト君」
「いいさ。魔法界に来たばかりの君にはどんな問題でも酷だ。今はまだ俺が支援するよ」
実はズィクト、三本の指を立てていたのだ。幸い他の生徒にその行為は勘付かれていない。
と、そこで小さな教授が解説を始めた。
「今言ってもらったように、杖には三種類ありまーす!」
高い声を維持したまま続けて言う。
「一番人気の
教授が黒板に光の文字を照らす。内容は杖の名前と大まかな形。
誰でも知っていることだな——と傍で思う反面、ノートに一字一句違えることのないように書き記すエクスティンを見てその考えを改める。
この考えは彼を不必要に傷つけることなると判断したからだ。
ちょうどノートを走っていたペンが止まった。
「杖は魔法使いにとって欠かせない道具。もしなかったら呪文は使えても威力は落ちるし精度も悪くなる。最悪の場合自爆で死んじゃうから気をつけてねー!」
小さな精霊が目も眩むような笑顔で投げかける。次いで「あ、そうそう」と思い出した様子を見せてポンと手を打った。
「欠かせない道具といえば君達の中にある魔法書ってのもそうだね。んっと……じゃあそこにいる巨乳の君! 出来るだけ短く、そしてわかりやすく説明してくださーい!」
気まぐれな教授の新たな標的は
その生徒は特に驚いた雰囲気も感じさせずに起立する。
「あっ……」
隣で微かに漏れた不安げな音。今思えばエクスティンは座ったまま教授に返答していた。
恐らく彼はその失態に気付いたのだろう。
「わぁ……!」「綺麗!」「あれが天使か」
講義中だというのに、それを忘れた一部の
少し遅れてズィクトもその原因へと面を向け——
「っ」
頭部を強く叩かれたような衝撃を受けた。
そこに立つ女生徒が人間離れした美しさを誇っていたから。
神々しい白銀の髪を腰まで下ろした
立ち上がる、という何の変哲もない動作ひとつで寮など関係なく教室にいるすべての生徒の視線を奪っている。
「はい。魔法書は魔法使いとしての適正を持つ者の身体に宿る——いわば第二の心臓とも呼ぶべき臓器です」
凛とした美声だった。
「そんな魔法書と私達は協力関係にあり、共に生き共に死ぬ一蓮托生の仲だとも言われています。実際魔法書は私達を死なせないために、それぞれの属性の呪文を与えられています」
彼女は優雅に頭を下げると、腰を下ろした。鳴り響く拍手が、白銀の少女に対する皆の評価だった。
「はいはーい! ストップストップ! 拍手なら後でいっぱいしてあげてください」
その言葉を皮切りに拍手は少しずつまばらになる。
少し息を吐いて教授が言った。
「いやーわかりやすかったよー! でもできれば魔法書が成長することとか、油断しすぎると身体を乗っ取られることとかも説明してほしかったかな?」
「お褒めに預かり光栄です。今後は今回の反省点と教授の助言を肝に銘じて精進したいと思います」
「うむ、よろしい。君、名前は?」
どうやらこの精霊は白銀の少女に興味が湧いたらしい。肝心の彼女はやはりというべきか、無表情に即答した。
「フクシア・マギア・インペラートルです」
「あぁ——やっぱ君が噂の皇女だったかー。ウチの校長も人が悪い。わざわざ隠さなくてもよかったのに」
ウルテイオに入学するにあたって、一つの噂があった。
曰く——今年の入学生の中に魔法皇国の第一皇女がいる、と。
今それが事実だと教授の手によって暴かれた。
ざわめく
カオスだ、とズィクトは目を瞑った。
時間は過ぎ、教卓には肩で荒い息を整える小さな精霊がいた。
「まったくアンタ達騒ぎすぎ。さすがのピークちゃんもキツイわー」
先とは打って変わって静まる教室。その空気がなんだか嫌で、ピークが無理に立ち上がった。
「よっしゃ! そこの黒髪の少年!」
「……はい?」と驚きつつも無意識に立ち上がる少年がひとり。
指差されたのはズィクトだった。
「
下手くそな効果音とともに吐かれる問題は、
「伝説とされる
すべての魔法使いが追い求める至高の宝——魔の霊宝についてだ。
だがそれは有名な話。
ズィクトは存外にも易問だったことに身を緩和させながら受け答えた。
「はい。
「現在——
先の皇女よりもずっと少ない拍手が黒髪の少年に贈られた。
「はいはーい! わかりやすかったよ少年」
教授はズィクトを評価して——教室に座る生徒達に声を響かせる。
「今彼が言ったように、
精霊が口をつぐむ。
「
絶対と言い切るその態度に、僅かながら生徒達が瞠目した。
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