第54話

「なによ、私の顔ばっか見て。クリームでも付いてる?」


知らないうちに、遥香をじっと見ていた。


「い、いやなんでもない」


急いで目を逸らす。

ヤバい、いつもと違う新鮮な遥香の事をつい見てしまっていた。

いくら偽彼氏になったとはいえ、こっちもなるべく普段通りに接しようとしていたのに、これだとペースを崩されてしまう。


「そんなにビックリしなくてもいいのに」


「だよな、ごめん」


「別に謝る事でもないのに」


「それもそうだな」


しかも、いつもより優しいし話しやすい。


「お前さ、いつもこうゆう風に過ごせばいいのに」


気づけば、そう口にしていた。


「えぇ!?いつもって………………はぁ!?」


遥香は、顔を赤くしながらオドオドとし始めた。


「だってさ、下ネタを好きな一面さえ出さなきゃ、お前――超可愛いぞ?優しいし話しやすいし。なんて言うの?過ごしやすいっていうのかな」


「ちょ…………かわっって……………優しいって……………はぁ………?」


「え、おかしい事言ったか?俺」


「あんたそんな恥ずかしい事、なんでそんなにすまし顔で言える訳!?」


持っていたクレープの包み紙を、俺の顔めがけて投げてきた。


「いきなり何すんだお前っ!俺そんな恥ずかし事――――――――――」


と、言いかけた時、先程の発言が脳裏に蘇った。

一語一句、その言葉を思い出すと、次第に顔が沸騰し始めた。


「――――――――――言ってたな……………………」


「ほら!あんただって顔赤くなってるじゃない!」


「確かに、めちゃ恥ずかしい事言ってたかもしれない」


「そうよ、ちょっと嬉しかったけど………………でも今じゃない!」


「だよな……ごめん………………って今じゃない!?」


「あ………………………」


遥香も、自分の言葉で地雷を踏んだからか、赤い顔をさらにもう一段階濃くした。


「この話は一旦終わりにしないか?」


まだ続くと、どちらも脳が沸騰してしまう。

それに、俺の精神も持たない。

このペースのまま、可愛く見えている遥香とこんな会話をしていると、うっかり好きと言ってしまいそうになる。


でも、これは文化祭マジックというやつで、何かの錯覚に違いない。

決して好きにはなっていないはずだ……………多分………………

クレープを食べ終わると、口を拭きながら、


「私がこんな事言うのはなんだけど、明日もよろしくね?」


「なぜ唐突に」


「だって忘れたら困るじゃない」


「だから、もっと前置きを作ったから本題に入ろうな?」


反応に困るだろうが。


「それはいいじゃない」


「なにもよくないんだが?」


「硬いわねー。女の子にモテないわよ?」


「う、うるせーわ」


痛い所を突かれてしまった。


「フフッ、でもあんたはそのまんまでいいんじゃないの?」


「最初の意味深な笑いはなんだ」


「その性格でも、この世で一人くらい好きになってくれる人がいるとは思うわよ?」


「だといいんだけどな………………」


「絶対いるわよ!誓うわ」


「お前に誓われても、意味ないんだが?」


俺達は2人で小さく笑うと、今日一番の笑顔で、


「それより……………………本当に明日もよろしくね!葵!」


その笑顔は、紛れもなく本物であった。


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