第2話 猪獅狩 槍矢
翌日の、私立光ヶ丘学園高等学校。偏差値はそれほど高いわけではないが、この辺りの一定以上の収入のある親を持つ子供たちはほとんどがここに通っているとまで言われているほど、歴史のある学園だ。
いわゆるお金持ち学校の一つではあるが、実際には奨学金制度もしっかりと整っているので、必ずしも親の収入のみで入学の是非を問われるものではない。むしろ私立でありながらかなり自由な校風で有名で、髪色やピアスの有無だけでなく制服の着崩しすら自由。それゆえここに通う生徒たちの見た目は、まさしく十人十色となっている。
そしてここが、
「ソーヤ、はよー」
「んー、おはよー」
「え? なに? 朝からゲーム中?」
「ちょっと待ち。今真剣勝負中」
「マジかー」
ただし二人の成績には、大きな差があった。
槍矢は学年の中で中の下ほどの成績だが、対する刀也は……。
「なーなー、ソーヤ。お前一組の小鳥遊と仲いいってホント?」
「それまだ言ってんの?」
「だってあの一組の、しかも小鳥遊って模試学年一位だったスーパーエリートの御曹司じゃん?」
「んー? あぁ、まぁ、うん。そうかも。割と家、広かったし」
「家行ったことあんの!?」
「あるけどー?」
「小鳥遊グループの
「えー? なんかめーっちゃ広くて、めーっちゃ綺麗で、めーっちゃいい匂いした」
「ソーヤの説明分かりづらい!!」
そうなのだ。金髪にピアスと派手な見た目の槍矢と、黒髪にメガネの真面目そうな見た目の刀也では、クラスも違えば趣味も得意分野も性格も、何もかもが違っていた。
であるにもかかわらず、二人が校内で時折立ち話をしている姿が目撃されているものだから。周りからすれば、一体どんな繋がりがあるのか不思議で仕方がなかったのだ。
当然、夜な夜な『
「でもさー、見た目お堅そうじゃない? お坊ちゃまだし、跡取りだし」
よっしゃ! 勝った!! と槍矢が小さくガッツポーズを出したそのタイミングで、話に加わってきたのはクラスの女子たちだった。
「分かるー。なーんか、あーゆー人ちょっと苦手ー」
「えー? そう? 私は割とタイプなんだけど」
「出たよ。黒髪メガネ好き」
「え、最高じゃない? しかもイケメンだし!」
「イケメンは認める。でもそれなら、ソーヤもイケメンだと思う」
「それは、ある」
実際、槍矢は時折カットモデルを頼まれるくらいには、顔が良かった。しかも性格も明るいので、基本的に人に嫌われることがない。
「うわー、出たよ。女子の顔面評価」
「あはは。でも二人ともサンキュ」
「もーさぁ。そう答えられる時点で、ソーヤはイケメンなんだよね」
「ホントホント。言われ慣れてます、って感じ?」
「実際言われ慣れてるし?」
「うっわ、出たよ。マジもんのイケメンしか言えないセリフ」
「くっそー!!俺だって……俺だってそんなセリフ言ってみたい人生だった……!!」
「安心しろって。人間、顔じゃなくて中身だから」
「それをソーヤに言われるのが一番悲しいんだよー!!」
うわーん! と泣き真似をするクラスメイトの肩に、槍矢は慰めるようにポンと手を置く。そんなやり取りを見て、一緒に喋っていた女子たちだけではなく、クラスのほとんどが笑顔になっていた。
こんな普段のやり取りでクラスの中を明るくするのが、猪獅狩槍矢という存在だった。何よりも誰も傷つけない、相手によって押すべきところと引くべきところをしっかりと見極められるのは、一種の才能とも言えるのかもしれない。そしてだからこそ、彼の周りには常に人が集まり笑顔が絶えない。
だが。
まさかそれか、裏目に出る場面があるなどとは本人も含め、誰も予想していなかっただろう。何せ本来であれば人懐っこく世渡り上手と、同級生だけでなく先生たち大人にも気に入られるような性格のはずなのだから。
いや、正確に言えば『
『異形』が狙うのは、誰からも愛されている幸せな人物。平たく言ってしまえば、嫉妬の対象となり得る人物。
そもそも『異形』について今現在判明している範囲で言えば、アレは一定の条件下で人間の負の感情が寄り集まった姿だとされている。そして人間の感情であるからこそ、体中に様々な人の顔を持つのだ。その全てが、寄り集まった一つの負の感情を表しながら。
そして何よりもそれが厄介なのは、感情に則した行動を取ることだった。例えば、怒りならば痛みを、憎しみならば苦しみを、妬みならば不運をといった風に、自らが通り過ぎた場所に無節操にばら撒いていくのだ。
さらにその感情の強さで被害の大きさが変わるというのだから、見つけ次第『麒麟』のメンバーたちが討伐したいと思うのは必然だったろう。
だが悲しいことに、誰もが『異形』と戦えるわけではない。それは『麒麟』のメンバーであったとしても同じことだった。
覚醒理由も選別方法も、いまだ不明の特殊な能力。それに目覚めた者だけが、それぞれの武器を手に『異形』と戦うことが可能になる。ただの高校生だった槍矢や刀也が夜な夜な『異形』と戦っているのも、彼らがその能力に目覚めた者達だったからだ。
何より槍矢に関しては、その見た目と性格上嫉妬を集めやすい。そのせいで妬みが寄り集まった『異形』に、ある日突然襲われたのだ。そしてその際に、何の前触れもなく突然能力が目覚めた。ある意味で幸運でもあり、不幸でもあったのだろう。
唯一救いだったのは、彼が根っからのゲーマーだったことだろう。しかも一番の得意分野がガンシューティングゲームだというのだから、まさに遠距離で戦うことに優れていると言える。彼の武器がガンコントローラーのような形をした銃であるのも、頷けるというものだ。
「なーなー、今日の放課後ゲーセン行こーぜ?」
「オッケー。全国一位の実力、見せてやるよ」
「ソーヤって、勉強はできないけどゲームはプロ並みだよな」
「得意分野があるって大事だろ?」
「うっわ、超前向き!」
泣き真似から戻ってきたクラスメイトの言葉に即座に返事をする姿は、どう見ても普通の男子高校生にしか見えないのだが。まさかクラスメイトたちも、現実世界でまで腕を磨いているなどとは想像もしていないことだろう。
したくても出来ない想像であることも事実ではあるが。
「あ! ゲーセン行くなら私らも一緒に行っていい?」
「ちょうど欲しい景品があるんだよねー」
「クレーン?」
「そうそう、クレーン」
「あれ? なんかちょっと乗り気じゃない? ソーヤってクレーン苦手?」
少し心配そうに覗き込んでくるクラスメイトたちに、槍矢は腕を組みながらう~んと一つ唸ってから告げる。
「いや、苦手っていうか……何回もトライする前提なのが、あんま好きじゃない」
「マジかー」
「でもやるよ?だって欲しいんでしょ?その景品」
「マジ!?」
「マジマジ。その代わり五回くらいはかかるけど、いい?」
「ぜんっぜん!! むしろそれで取れるなら御の字!!」
「じゃ、そっちも行くかー」
「やったぁ!!」
「もーホント、ソーヤ最高!!」
キャッキャと女子たちが盛り上がったと同時に、教室の中にチャイムが鳴り響く。いつの間にか既に教壇に立っていた教師が、お決まりのセリフのように「席につけー」と告げていた。
これが本来の、高校生としての猪獅狩槍矢の日常。昨夜の出来事の方が、余程イレギュラーなはずなのだ。だがそのイレギュラーが日常になってしまうほどに、今は『異形』が大量発生している。
唯一救いだったのは、どの『異形』も夜にしか活動しないというその一点のみだろう。
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