漫画に登場する最悪の男に生まれ変わったはずがヒロインが寄ってくる件
静奈の誕生日からしばらく経った。
あの日、指輪を受け取った静奈はしばらく夢の中でフワフワするかのようにボーっとしていた。
ジッと指輪を見つめたかと思いきや、龍一に視線を向けては照れ臭そうにしながらも綺麗な微笑みを浮かべて再び指輪に視線を戻す、そんなことが延々と続いていたが龍一はその様子すらも可愛いなと眺めていた。
『これはもう結婚の約束ってことで良いのよね? 私がお嫁さんで龍一君が旦那様という解釈で良いのよね? もう返さないわよ? 絶対に絶対に返さないし龍一君から離れて行かないからね? もう一生傍に置いてもらうからね!?』
矢継ぎ早に色々と言われたが、その全てを肯定するかのように龍一が頷いたのも当然の流れだった。
流石に学校に指輪を嵌めていくことはなかったが、基本的にそうでない時はずっと静奈の指には指輪があった。
「マジであんなに喜んでくれて良かったぜ」
今はここに居ない静奈のことを思い浮かべながら龍一はそう呟いた。
既に遅い時間ということもあり後はもう眠るだけ、しかし今龍一の傍には二人の女性の姿がある。
「電話でも嬉しそうに教えてくれたわ。中々やるじゃない龍一」
「そうですよね。それに凄く羨ましいです」
傍に居るのは千沙と沙月だ。
服を着ていない彼女たちはありのままの姿を披露するかのように龍一に寄り添っており、先ほどまで何が行われていたのか想像をするに難くない。
静奈に指輪を渡したことで更に繋がりは強くなったものだが、千沙たちの相手もちゃんと龍一は欠かしていない。
「羨ましいって言われてもな……だけどまあ、千沙と沙月にもその内何か贈り物をさせてもらうさ」
それは既に龍一が決めていることだった。
もちろん咲枝への贈り物も考えているので、静奈の時同様に龍一の心が試されそうだ。
この贈り物は決して静奈に贈ったのだから仕方なく、というわけではなく今までとこれからのことを考えての心からの贈り物である。
「今のアンタ、本当に良い顔をしているわよ。幸せそうで暗さなんか一切見えない、どれだけアンタのそんな顔を見たかったことか」
「それは間違いなく千沙たちのおかげでもある。静奈だけじゃない、お前たちが居てくれるからだろうさ」
それは自信を持って言えることだ。
千沙と沙月も龍一にとって変化のきっかけをくれた存在でもあり、誰かに優しくすることと愛される幸せを教えてくれた一端を担っている存在……何度も言うが龍一にとって彼女たちも既に手放せない存在なのは確かなのだ。
「でも……私は自分のことをズルいなって思います。本来ならこんな形での愛は許されないのに、静奈ちゃんが許してくれるから……龍一君も気にするなって言ってくれるからその優しさに甘えています私は」
沙月はそう言いながら龍一の腕を強く抱きしめた。
自慢の大きな胸が形を歪めるほどに強く腕を抱きしめるその姿にはどれだけの葛藤を抱えているのだろうか、まあ沙月も言ったように龍一も静奈も一切気にしておらずむしろ今の関係を望んでいるので何も問題はない。
世間に認められない愛の形だとしても、当人たちが納得している形なので沙月は何も迷う必要はない。
「龍一」
「分かってるよ」
千沙にポンと肩を叩かれ、龍一は苦笑しながら沙月に体を向けた。
どうでも良い悩みをまだ抱え続ける沙月を逃がさないように、しっかりと背中に腕を回してその唇を奪った。
「っ……ぅん」
驚いた素振りを見せたものの、すぐに夢中になってキスを交わす沙月の様子に千沙は笑った。
「あのね沙月、変に気にしたところでもう無理でしょ。だってそんな風に龍一を求めるってことは何があっても離れられない証でしょ?」
「……そう、ですね」
離れられない、それは決して依存という意味ではなくどんな障害があったとしても龍一を愛することを止められないことを指している。
世間的に認められないことだとしても、既に沙月の心は龍一と静奈の後押しによって既に認めているのだ今の関係性を。
「悩むことじゃねえ。俺たちの関係は俺たちだけのモノだ。だから沙月、これからも俺の傍に居ろ」
「……はいぃ♪」
僅かに不安を抱いても龍一の言葉一つでそれは解けてなくなってしまう。
嬉しさと感動で感情がグチャグチャになったのか、沙月はそれ以降ずっと龍一の横顔を見つめ続けていた。
その様子を見ていた千沙も沙月の様子に苦笑しつつ、彼女同様に龍一から離れられないのは自分もだなと笑っていた。
「本当に立派になっちゃって。孤高の狼を気取っていたチャラ男も変わるものね」
「別に気取ったつもりはないんだが……」
「それでもそう見えてたわよ。だからこそあたしも嬉しいんだから」
チュッと龍一の頬に千沙はキスをした。
その後、当然のように再び蜜のような甘い時間が訪れ、龍一もそうだし千沙も沙月も満足した様子で寄り添って眠るのだった。
さて、このようにして龍一の日々は変わらない。
静奈とのこともそうだし千沙や沙月、咲枝との日々も変わらずに過ぎていく。
その変わらない日々というのが正に幸せで、龍一がずっと心の底から求めていた安らかな時間とも言えるだろう。
「お母さん、そっちの味付けはどう?」
「大丈夫よ。静奈の方は?」
女性たちと体を重ねる時間ももちろん幸せだが、やはりそうでなくても彼女たちと共に過ごす時間も龍一にとっては何にも代え難いものだ。
「……くくっ、悪くねえな本当に」
龍一の視線の先では静奈と咲枝が仲良く料理をしている。
思い起こせば静奈とまだ体を重ねることがなかった頃、バーに現れた咲枝が静奈の母だと知って仰天するような出来事もあった。
あまり驚きを露にすることがない龍一でも、あれだけは本当に心から驚きどうすれば良いのか分からなかったのも一つの思い出だ。
「龍一君?」
「面白そうに笑ってるけどどうしたの?」
「え? あぁ実は……」
今思い出していたことを伝えると、二人もあぁっと声を出し肩を震わせて大きく笑った。
「凄い偶然よね。でもあれが私の決意を加速させた出来事でもあったの」
「先に龍一君とエッチした私に対抗して……ね?」
「も、もう!!」
母は抱けたのに私は抱けないのか、最悪そう言うつもりだったと告白されたこともあって本当に騒がしくも退屈しない日々だった。
そんな日々を送れたのは龍一が龍一として生まれ変わっただけでなく、彼女たちという存在が居てこそ成立した世界でもあった。
「静奈に咲枝も……ありがとうな。お前たちと会えて本当に良かった」
そう伝えた龍一は満足したように手元にあったジュースを喉に通した。
しかし、どうも龍一が心からお礼を言う時の表情は彼女たちの心をこれでもかと刺激するらしく、静奈だけでなく咲枝も一旦手を置いて龍一の傍に歩み寄った。
「ちゅっ」
「ぅん……」
そのまま二人から頬に龍一はキスをもらった。
その後彼女たちから振舞われる美味しい食事に舌鼓を打ち、風呂に入ってゆっくりしてから静奈と咲枝の二人を相手する甘い時間が幕を開ける。
「……すぅ……すぅ」
「……龍一君……♪」
仲良く寄り添って眠る親子を見て微笑んだ龍一は起き上がって窓に近づいた。
空を見上げれば漆黒の夜空に綺麗な星々が輝いており、少し都合の良い解釈かもしれないが龍一のこれからを照らしてくれているようにも見えた。
これから先の未来、どうなるかは分からないが龍一には何も不安はない。
たとえ何があったとしても既に龍一には心の支えが居てくれるし、そしてそれを守っていくための強さも備えているつもりだ。
「本当にどうなるか分からねえ。人は人と触れ合ってこそ変わり、そして支えながらも支えられて生きてくんだな」
龍一にとって過去は忘れられない。
今になっても両親と祖父母の顔がチラつくことはもちろんあるが、もう彼らのことを引き摺るようなことはない。
二度目になるが、既に龍一には彼女たちが居てくれるからだ。
「これからもよろしくな」
そう呟き、龍一は満足した様子で二人の元へと戻るのだった。
「……とはいっても、本当に不思議な体験だ」
全く別の人間、それも漫画のキャラクターに生まれ変わって新たな人生を歩んだことに対する言葉だ。
この一連の流れについてどんな言葉なら一言で説明できるか、それを考えてふと浮かんだ言葉を龍一は言葉にした。
「漫画に登場する最悪の男に生まれ変わったはずがヒロインが寄ってくる件……なんかよくあるネットの小説みたいな題名だな」
龍一は笑ったが正にこれが彼を表す言葉だった。
たとえ最悪の男に生まれ変わったとしても、考え方一つでどのような方向にも人生は変わる。
それこそ龍一にように絶対の答えとは言わずとも、当人たちが望んだ未来を手繰り寄せることも出来る。
これからの彼と、そして彼女たちの未来が幸せであることを祈ろう。
それが生まれ変わった彼と、そしてそんな彼と関わった彼女たちを見守ってきた先の願いなのだから。
~Fin~
【あとがき】
ということで、これにて本作はようやく完結する運びとなりました!
実に三十万文字になるかと言う本作にお付き合いいただき、読者の皆様には本当に感謝しています!
こうしてまた一つの作品を完結できたこと、作者として嬉しく思います。
しっかりと完結させるまでに設定に悩んだり色々ありましたが、それでもこのような形になって安心しています。
コミカライズの企画なども進行していますので、ぜひそちらでも形になったら目を通していただけると幸いです。
改めまして、最初から最後まで本当に読んでくださってありがとうございました。
多くの応援コメント、そして評価をくださった読者のみなさんマジで好き!!
それでは、ばいばい!!
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