誕生日に改めてこの愛を

「……やべえ」

「どうしたよ」

「なんだなんだ?」


 それはいつもと変わらない朝の光景、友人である真と要の二人が傍に居た時のことだった。

 龍一はどこかソワソワした様子で時計を見たり、或いはあらぬ方向に視線を向けたりと落ち着きがない様子だ。

 いつもは堂々とふんぞり返っているのが龍一の素であるため、こんな風にいつもと違う様子は二人にとって新鮮だったらしい。


(……なんでこんなに落ち着かねえんだ。いつも通りにすればいいだろうが)


 当然龍一も自身の落ち着きの無さは理解していたわけだが……。

 さて、一体何が龍一をこのようにさせてしまっているのかその理由は簡単で今日の日付が全ての答えなのだ。

 十月十日、今日は静奈の誕生日だ。


「今日静奈の誕生日でな」

「あ~」

「なるほどな」


 二人はすぐに納得の行った表情を浮かべた。

 中でも要はニヤニヤしながら肘でうりうりと揶揄うように当ててきた。


「龍一もこういうことでソワソワすんだなぁ。誕生日プレゼントってことで子供でも仕込む勢いでヤリまくれば良いんじゃね?」

「馬鹿言うんじゃねえよ」


 将来的にはそういったことも考えるかもしれないが、今の龍一と静奈は学生なので節度は守るつもりだ。

 こう言ってはなんだが学生の龍一たちに子供という存在はマイナスでしかなく、まだ責任が取れる年齢でもないのでちゃんとそこは線を引かないといけない。


「でもプレゼントはもう買ってんだよな?」

「あぁ。それも今日渡すつもりだぜ」


 バイト代が全て消し飛ぶとまではいかなかったが、学生にしては高い買い物である指輪を予定通りに龍一は渡すつもりだ。

 これまでずっと静奈とは一緒に居たし彼女のこともかなり知り尽くしたと言える。

 なので渡した段階で静奈が絶対に喜んでくれるだろうことは容易に想像できるというのがあまりワクワク感がないものの、それでも龍一にとって彼女の笑顔が見れると言うのは嬉しいことだ。


(千沙と沙月も気を遣ってくれたからな)


 元々静奈の誕生日はみんなで祝う予定だったが、龍一の渡すものをもしかしたらと察した二人が気を遣ってまた別の日に改めて祝う形になったのである。


『大切な思い出にしてあげなさいよ』

『う~ん、でも静奈ちゃんの喜ぶ姿を直接見れないのは残念ですね』


 千沙と沙月もその点に関してはとても残念そうだったが、一応写真は撮るつもりなので後の様子になるが見せることは出来るはずだ。


「静奈、誕生日おめでとう!」

「おめでと~!」

「ありがとうみんな。とても嬉しいわ♪」


 友人たちに囲まれて誕生日を祝われている静奈はとても嬉しそうだ。

 しかしこうなってくると誕生日の遅い龍一の方が年下ということになり、厳密には違うが静奈の方がお姉さんということになるのも新鮮な気分だった。

 まあどんなことが起こったとしても静奈は基本的に一歩下がるスタイルが常でもあるため、演技でなければ彼女は絶対に姉のように振舞うことはないだろうか。


『龍一君、静奈お姉ちゃんに何かしてほしいことはある?』


 ……………。

 悪くはない、悪くはないのだがやっぱり静奈には似合わなかった。


「今度はため息吐いてどうした?」

「さあてね。俺は一人でシミュレーションするからお前らはどっか行けや」


 そう言ってしっしと手を振ると真と要が肩を震わせて笑い出した。


「聞いたかよ真。あの龍一が女の為にシミュレーションだとよ!」

「本当に変わったなぁ龍一は。おうおう、頑張れよ応援してるから」

「だああああああああ! 良いからとっとと行け!」


 真に至っては微笑ましいような生暖かいような視線だったため、たまらず龍一は大きな声を出して彼らを追っ払った。

 こうやって大きな声を出すと気になった静奈が近づいてくるのも当然だ。


「どうしたの?」

「なんでもねえ……」

「そう?」


 首を傾げた静奈だったが、いつものポジションに居座るように隣の席から椅子を借りて腰を下ろした。

 一応既に龍一は今朝一緒に登校する段階で静奈にはおめでとうの言葉を伝えており今更伝えることでもない。

 その時に今夜一緒に飯を食いに行くこと、そしてその後にもう少し時間を取ってほしいとも約束を取り付けている。


「夜が本当に楽しみだわ。龍一君と一緒なら何でも楽しいし嬉しいんだけどね」

「そう言ってくれるなら嬉しいぜ。ま、プレゼントに関しては期待しててくれや」

「分かったわ♪」

「……………」


 相変わらずの龍一を魅了して止まない笑顔を披露する静奈。

 いっそのこと今から学校を抜け出して思う存分一緒に居たい気持ちにさせられるが落ち着けと心を静める。

 そして時間は着実に過ぎていき、龍一にとって待ちかねた放課後がやってきた。

 一旦帰りは別々になり、夜が近づいた段階で龍一は静奈を迎えに行くために家を出た。


「よし、行くか」


 彼女に渡すための指輪も忘れていないことを確認し、そしてマスターからのメッセージにも目を通す。


『〇〇前のレストランを俺の名前で取ってる。お前が来たらすぐに通してくれるだろう。静奈ちゃんを盛大に喜ばしてやれ』


 マスターも龍一と静奈の為に一肌脱いで高いレストランを予約してくれた。

 本来なら予約がいっぱいだったらしいのだが、他ならぬマスターの頼みだからとレストランのオーナーが無理やりに枠を取ってくれたようで、本当にどれだけ顔が広いんだと龍一は改めて不思議に思った。


「こんばんは龍一君」

「……おう」


 すぐに彼女の家に向かうと、静奈は玄関の前で龍一を待っていた。

 少し化粧をしているのかいつもよりも更に魅力に磨きが掛ったようにも見え、一瞬とはいえ龍一は見惚れてしまった。


「……ったく、どんだけ綺麗になるんだよお前は」

「今日は私にとって特別だもの、ならいつもより綺麗な私を見てほしいじゃない?」

「化粧なんざしなくても綺麗だっつうの」

「ありがとう♪」


 そんな風に言葉を交わしながら龍一は静奈の手を取って歩き出した。

 そのままいつものように世間話をしながら目的の場所、マスターが予約してくれたレストランの前に立った。


「ここか」

「……凄いわね」


 明らかに学生が二人で来るような場所ではない出で立ちだ。

 本当にここかよと疑心暗鬼になるほどには立派な建物だが、そんな龍一に助け舟を出すようにして入り口に控えていた男性が声を掛けてきた。


「いらっしゃいませ、獅子堂様と竜胆様ですか?」

「……おう」

「は、はい!」

「マスターより話は伺っております。こちらにどうぞ」


 そのままレストランの中に通された。


「ここでもマスターで通ってるのか?」

「えぇ、マスターはマスターでございます。ここのオーナーとは共に戦場を駆け抜けた盟友だと伺っております」


 アンタ何者だよ……龍一と静奈の心は一致した。

 案内されたテーブルに腰を下ろし、龍一は改めて静奈と向き合った。


「なんつうか……ちょっと場違い感があるな」

「そうね。でもさっきも言ったけど、傍に龍一君が居るから嬉しいの」

「そうか。そいつは嬉しいこって」


 高級そうな料理が運ばれ、こいつは美味しそうだとワクワクした様子の龍一に静奈が苦笑したが本当に幸せそうだ。

 お互いにジュースを手に持ち、カツンと音を立てるように合わせて乾杯した。


「改めて誕生日おめでとう静奈」

「ありがとう龍一君」


 一生を通して忘れられないような眩しい笑顔、それを龍一は静奈から受け取った。

 このようなレストランとはいえ、龍一も静奈もまだまだ学生なので美味しそうな料理が並べばそちらを楽しみたくなるお年頃だ。

 雰囲気も楽しみながら、それでもどっちかと言えば料理の方に気を割いたおかげで時間の流れは早かった。


「美味かったな」

「えぇ。同時に改めてマスターって何者って感じだけど」

「確かにな。本当に謎に包まれた人だわ」


 いずれ話を聞いてみたものだと二人は頷き合った。

 そのようにして料理に満足した後、まるで示し合わせたように案内してくれた男性があるものを持ってきた。


「お……」

「わぁ!」


 持ってきてくれたのはケーキだった。


「こちらも用意しておりました。どうぞ」

「ありがとうございます」

「サンキュー」


 どこまでも大盤振る舞いだ。

 そこそこ腹は満たされていたが甘いものは別腹という言葉があるように、龍一も静奈も美味しそうに平らげた。

 さて、これにて食事の時間は終了したわけだが……ここからが本番だ。

 とはいっても朝のように龍一が緊張している様子はない、どうやらこうして静奈と食事をしたことでいつもの調子を取り戻したようだ。


「静奈、お前にプレゼントがある」

「うん」


 一時バレそうになったこともあるが、用意したプレゼントが何かを彼女は知るはずもない。

 果たしてどんなリアクションをしてくれるのか、それを期待するように龍一は懐から小さな箱を取り出した。


「……え?」


 恋愛ドラマなどを見ていたらこの箱が何なのかすぐに検討が付くだろう。

 静奈は呆然としたように龍一の顔と手に持っている箱を交互に見つめ、まるで信じられないといった様子だ。


「流石に気が早いとは思うが、あくまで俺の決意を秘めたプレゼントとも言える」


 パカッと音を立てて箱を開けると、小さな宝石が輝く指輪が現れた。

 口元に手を当てて言葉を失った静奈に龍一はこう伝えるのだった。


「これからもずっと俺の傍に居てほしい。今だけでなく、これからの未来を俺の隣で過ごしてほしい。そして俺をお前の隣に居させてほしい――愛してる、静奈」

「りゅう……いち君……っ!」


 高校生にしては背伸びしすぎたか、そんなことを思ったこともある。

 だが愛する女を喜ばせたい気持ちに嘘はなく、龍一は真面目にこのプレゼントを考えた。

 静奈の瞳から涙が溢れ、その潤んだ瞳には龍一が映っている。

 その瞳に映る龍一はやっぱり笑顔で、そして何より静奈にはその龍一の笑顔はあの時を思い出させた。


『おう!』


 初めて龍一に助けられた時、彼に惹かれる一因にもなったあの笑顔がそこにあったのだ。


 龍一にとっても静奈にとっても、今日という日は絶対に忘れられない思い出の日。

 指輪を受け取った静奈はどこまでも幸せそうで、そしてどこまでも龍一への愛を貫く決意を見せていた。


「凄く……凄く嬉しいわ!!」


 静奈は笑った。

 どこまでも幸せにそうに、どこまでも嬉しそうに。


 それこそが龍一の見たかった笑顔、自分さえも幸せになれる愛する静奈の笑顔だった。

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